第2章 悪役令嬢ルクレツィア 7
「そういうわけでアリア、貴女にも二月後のお茶会に参加してもらうから」
「――はい? まだあたし、先生から合格もらってないんだけど!?」
アリアの淑女教育の進捗は、家庭教師から定期的に報告を受けている。
同い年の他の令嬢に比べると多分野で非常に優秀だが、やや淑女らしい落ち着きと柔軟性に欠けるという評価だ。私から見ても、問題があるのは主に発言のストレートさだ。
空気は読めるのに、思ったことをズバズバ言ってしまう。政治的配慮も苦手で、相手の立場を慮った発言がなかなかできない。
お茶の飲み方や基本的な所作はすでに問題ないレベルまで来ているが、やはり性格的な部分は簡単に矯正できるものではないようだ。
私はアリアの性格を無理に淑女の枠に押し込めて曲げたくはない。最低限のマナーを身につけさえすれば、それで十分だと思っている。
「非公式で私的なお茶会だから、マナーについてはさほど気にしなくても――と言いたいところだけど、私が招待した相手はルクレツィアよ」
アリアは小さく唸った。
アリアの性格的に、ルクレツィアを苦手としているのは想像に難くない。
ただそれでも、アリアの価値観はこのお茶会には必要だ。
「いや、嫌いなキャラってわけじゃないんだけど……ああいう委員長タイプって苦手なんだよね」
「取り巻きAことアデルに比べたら『今』のルクレツィアはまだ、ちょっと融通の効かないお嬢様、ってところかしら」
少なくともルクレツィアは、先日のお茶会で通例よりもバスティオンにとっての『正しさ』を優先した。
アデルが咎めようとした時、彼女は形式よりも結果を重んじる判断を見せた。
これがアンネリーゼが離れた後であれば、アデルと一緒になって私を咎める側に回っていただろう。
「絶対マナーのことでなんか言われ――ねえエリー、もしかして今回の『攻略対象』ってルクレツィア……?」
察しが良くて助かる。
私がここまで気にかけているということから、すぐに答えを導き出してくれた。
アリアの脳の回転は相変わらず速い。
「政治的な絡みとか色々と理由はあるけれども、最大の理由は聖堂送りになった理由がどうにも腑に落ちないというのもあるわね……」
ああ、あの……とアリアも思い出したようだ。
ルクレツィアはアンネリーゼが離れた後も、自分の正しさをより強く主張するようになった。
そして士官学校の演習で正しい統率を強要し、無茶な命令を出した結果、アデルを含む班員複数名が瀕死の重傷を負う事故を起こした。
これに対し、ヴァルモン家をはじめ、モントクレールに友好的な複数の家から強い抗議が殺到した。
そして侯爵はついに決断を下した――娘を聖堂に送ることを。
指揮官のミスであろうとも、士官学校に入学した時点で負傷は織り込み済みのはずだ。それだけで聖堂送りはどうにも結びつかない。
恐らくアルフォンス殿下の筋から圧力がかかった上に、友好的な貴族が中立派の主導権を握るための材料として、モントクレール家の跡継ぎと目されていたルクレツィアの失点を大きく利用したのだろう。
私たちの視点では理由までは描写されていなかったので、憶測ではあるが。
「実際に会った感触だけど、私たちの知るルクレツィアではないわ」
他の令嬢よりかは感情の制御はできているようだったが、苛立ちも焦りも隠しきれていなかった。
お茶会での反応を見るに、食事会で完成しているように私が感じたのは、あくまでも枠組みのみだったという評価が妥当だろう。
「……ルクレツィアかぁ。正直、あんまり乗り気じゃないんだけど……エリーがそこまで言うなら仕方ないか。でもマナーで突っかかられたら、その時はエリーがフォローしてよね?」
アリアが気にしているのは、主に立ち居振る舞いという意味でのマナーだろう。
そちらは家庭教師から及第点が出ているので、非公式のお茶会程度ならば問題ない。
……問題はむしろ発言のストレートさと政治的配慮の部分だが――今回に限り、私はそれを問題視するつもりはない。
「……それにいいの? 多分あたし、ルクレツィアに相当キツいこと言っちゃうと思うけど?」
アリアには伝えないが、そちらは必要以上に加熱しないように、ある程度は制御するつもりだ。
そしてアリアはやはりこちらの意図をちゃんと汲み取ってくれている。
「……ちなみに言い分としてはルクレツィアの言う事も間違えてない――とは思うんだよね、あたし」
「それは私も同感ね。貴族と平民という身分の慣例に従えば、という注釈が入るのだけど」
ただし、少なくとも平民のリーシャを専属にしている点について、表面上はバスティオンの気風を配慮する程度の柔軟さはまだ残っている。
しかしアリアとのこの会話を聞いたら立場を弁えなさい、と忠告するだろう。
士官学校は門戸を閉ざしてはいないが、それでも入学するものの多くが貴族の出で、中には婚約者がいる場合もある。
そのような出自の者に対して気軽に声をかけるのはマナー違反であり、好意を抱くことなど論外だ。
俗っぽく言えば、彼女がいる男子にモーションをかけるのと同義……つまり、余程の自信家か愚か者かのどちらかだ。
アリアは『攻略対象』たちに興味が無いとは宣言しているが、それでも彼らへの対応に不安は残る。
せめて準貴族として扱われるような身分でもあれば、話は別なのだが。
先の話はさておき、ルクレツィアには平民という身分で相対してもらわなければならない。
「――さて、と。これで今回の勝利条件は共有できたわね」
「要はあたしは普段通りにしていればいい、ってことでしょ?」
このぐらい単純に捉えてくれた方が盤面を制御しやすい。
後はルクレツィアだが――案外、簡単なのかもしれない。
確信は持てないが、そう思えた。




