第2章 悪役令嬢ルクレツィア 10
「……単刀直入に伺いますが、エルファリア様、あなたはアデルの件についてどのようにご報告されたのですか?」
庭園の散策中、ルクレツィアは呟くように切り出した。
「父上から、しばらくアデルとの交流は控えるように、とのお達しがありました」
予想通り例の件については、モントクレール侯爵の耳に入っていたようだ。
「両親には報告済みですが……敢えて判断を保留している、というところでしょうか」
返答の意味を測りかねているのか、ルクレツィアは扇で口元を隠す。
「アデル嬢の糾弾ですが、我がバスティオンへの侮辱であると理解したからのルクレツィア様の謝罪であり、私がそれを受け入れたという理解を前提に話を進めます」
立ち話で済む内容ではないので、庭園の東屋へと向かう。ルクレツィアは素直に私の後に付いてきた。
「ルクレツィア様の謝罪、あれはモントクレール家としての謝罪として受け入れただけなのです」
「……わたくしの謝罪で充分、ではないのですか? それに、アデルはエルファリア様に謝罪をしたと記憶しておりますわ」
なるほど、この認識ならばモントクレール侯爵はアデルとの交流は控えるように言うだろう。
理由を添えないのは教育の一環のつもりか。つくづく私はモントクレール侯爵に過大評価されていると感じる。
「――私がアデル嬢の謝罪をいつ、受け入れた、と言いましたか? 私はあの場では、アデル嬢の謝罪に対しては無回答だったはずです」
アデルがバスティオンを糾弾し、それをルクレツィアは諌め、友人の非礼を謝罪した。
そして私はルクレツィアの謝罪は受け入れたが、それはお茶会のホストであるルクレツィアの失態――初めて顔を合わせる他家の令嬢の価値観を、婉曲な形ではなく直接的に否定するような人間を招いた、ということに対してだ。
そして、ルクレツィアの言う通りアデルからも謝罪はあった。
「アデル嬢の謝罪は確かにありました。ですが……私はあの場で、それを受け入れたとは一言も申し上げていません。ただ黙っていただけです。ルクレツィア様がホストとして友人の非礼を謝罪されたことに対しては、受け入れました」
私は静かに首を振った。
「しかしアデル嬢本人の非礼――バスティオン家の方針を、公衆の面前で一方的に咎めた行為については、まだ保留のままです」
ルクレツィアの扇を持つ手が、わずかに止まった。
完璧に整えられた微笑みの奥で、彼女の瞳が一瞬、揺れたのが分かった。
……扇で口元を隠すのは、貴族令嬢としては当たり前の作法――だが瞳を見れば感情は読める。
確かにそれは優雅に見えるかもしれないが、実際のビジネスという戦場ではただの弱点の露呈だ。
否定も肯定もしない――というのは、経験が足りなければ、控えめに評価すると『自己保身的な曖昧な態度』にしか見えない。
「……それは、つまり……わたくしの謝罪では、足りなかったということですか?」
「足りなかった、というよりは――別の問題です。ルクレツィア様はホストとして、友人の非礼を咎め、謝罪をされました。それはルクレツィア様個人の責任として、私は受け入れました」
東屋のベンチに腰を下ろしながら、私は穏やかに続けた。
「……ですがアデル嬢の言動自体は、バスティオン家に対する明確な非礼です。そしてバスティオン家は、ヴァルモン伯爵家がどう対応されるかを見守っている――それが、保留にしている理由です」
ついでに言うとモントクレール侯爵がルクレツィアへと告げた、アデルとの交流の制限は私が何かをしたからではない。
……むしろ、何もしていないからこそなのだろう。
「……では、わたくしの謝罪と、アデルの謝罪の違いとは……?」
「ルクレツィア様の謝罪は、ホストとして招いた客の非礼を詫びるものでした。私はそれを、誠意あるものとして受け入れました――が、アデル嬢の発言は違います。バスティオン家の名誉を損なうような直接的な糾弾。あのような発言は、社交の場では本来、許されることではありません」
ルクレツィアの表情がわずかに強張るのを、私は見逃さなかった。
友人という情が優先されるのは理解できる。
だが、先のお茶会でのアデルの発言は、明らかに『糾弾』――それも、社交の場では決して許容されるべきではない域に達していた。
形式的な謝罪があったとしても、それが本質的な責任の自覚に繋がっていなければ、意味がない。
「……情は大事ですが、それに流されるようなことがあってはならない……わたくしはそう考えていますし、貴族としてもそういう教育を受けてきました」
沈黙の後、絞り出すようなルクレツィアの言葉。
「……ですが、わたくしはいま、『友人のため』という情で、アデルと同じ過ちを犯そうとしていたのでしょうか?」




