第2章 悪役令嬢ルクレツィア 5
「マナシルク、装備、それとバスティオン夫人が精製しているというポーション――いずれも興味深いが、まずは一点。マナシルクについて伺いたい」
取引を希望する品目は予想通り。その中でマナシルクを先に出すあたり、優先順位も明確だ。
装備品の素材として、単なる生地としても一級品の、バスティオン領でしか生産されていないマナシルク。
仲買いの商人を経由せずに仕入れられる可能性に、一縷の望みをかけるのは当然だろう。
マナシルクの流通は閉じている。アガート村と長年の信用で結ばれた行商人を経由する以外、バスティオン領外からは触れられない。
セレンディア商会のような大商会が買い付け段階で入れていないのも、その構造が理由だ。
ただし買い付けの価格が王都やセレンディア商会での最終的な売値に見合っていない。
だが利益配分が一方に偏っている以上、この構造は健全とは言い難い。
「ご存知の通り、現状は領民の自主的な経済活動として成立しています。ですので、意図的な介入は行っておりません――もっとも『成立している』ことと『最適である』ことは別問題ですが」
以前の視察で工場側の意思確認をしたが、新規参入は信用の問題で断っているらしい。
そして王都の売値がどうであれ、日々の生活が充分であることから買い付けの価格にも満足している。
よってバスティオンとしても介入する余地は少ない――現時点では、だが。
たとえバスティオンの証書を持ったセレンディアの商人であっても、村にとっては見知らぬ相手だ。交渉が成立するとは思えない。
特に帝国の襲撃があり、内通者がいたという事実がある。より閉鎖的な姿勢になったとしても不思議ではない。
……なお件の内通者はやはり巡回中に用足しが長かった、そして襲撃当日に門番を担当していた団員だった。内通の罪により、すでに裁かれている。
「……なるほど。利益ではなく、構造の安定を優先しているわけですな」
村と取引をしている行商人を引き抜く、という最も簡単な手法を取らないのは『公正』のため――というより、信用を損なうことの方を嫌っているか。
そして構造が安定している以上、制度による介入は反発を招く。信用を前提に成り立っている以上、それを外から書き換えることになる。
……だが、確実に成立するわけではない、という前提を共有できるのであれば、道はひとつある。
「私は飾り立てて本来の意図を損なうのは好みませんので――率直に申しますと」
私の言葉にルクレツィアが小さく身じろぎするのを、私は見逃さなかった。
「ルクレツィア様を、バスティオン領での私的なお茶会にお招きしたい。そこにアガート村出身の者を同席させるつもりです」
わずかにでも食い込める形――それがアリアという存在だ。
アガート村出身で優秀さ故に辺境伯に引き抜かれ、領都にて高度な教育を受けている。村にとっては自慢の娘だ。
「……私的とはいえ、貴族のお茶会に平民を同席させるのですか?」
ルクレツィアの反応は妥当だ。私的な席であっても、平民を同席させれば場に軋みが生じる。その一点に意識が向くのも無理はない。
一方、侯爵は私の意図をもう一段踏み込んで理解しているだろう。ルクレツィアへと視線を向けた。
「私としては娘との交流をエルファリア嬢が望むのであれば――いえ、むしろお願いしたいと思ってはおりましたが」
「――父上?」
ルクレツィアがわずかに目を見開いた。完璧に整えられた黒髪が、ほんのわずか肩の動きに合わせて揺れる。
「……光栄に存じますわ、エルファリア様。私も、ぜひともお話を伺いたいと思っておりました」
そう言いながら彼女はグラスに指を添えたまま、わずかに上目遣いにこちらを見た。
その瞳の奥には好奇心と――明確な警戒が同居している。
しかし次の瞬間には、いつもの穏やかで優雅な微笑みが戻っていた。
マナシルクに関しては少なくとも侯爵とは認識が共有できたと判断できるが、ルクレツィアはそうではないのだろう。
むしろ『平民を含んだお茶会』で思考が硬直しているようにも思える。その方がかえって好都合だ。
才女の枠は超えていないということか――やはり『経験』がルクレツィアには足りない。
自身が優位ならば攻め続けられるが、私の『反撃』への対応が不十分。
そして、大前提が破綻していることを未だに理解できていないようにも見える。
「続いて、侯爵様が挙げられた品目ですと装備ですが……我が領の鍛冶師の多くはランドヴァルトで商売もしており、マナシルクと違い門戸を閉じているわけではありませんが?」
「……これは偏見である、という前提を共有していただきたいのですが」
侯爵がわずかに目を細めて続けた。
「我が国の果てで販売されている武具が、王都の鍛冶師のものより劣っているという風潮が、まだ根強く残っているようでしてな」
私は小さく頷いた。
セレンディア商会が高級品として扱っている武具よりも優れた切れ味や精度を持っているのだが、バスティオン領の職人たちはあまり外部の評価を気にせずに黙々と作り続けている。
冒険者視点で見ると見栄えがあまりよろしくない。行商人の護衛という依頼をこなすならばある程度の見栄えも武器となる。
そして事実、見栄えのいい装備が護衛の行商人は野盗に襲われづらいという風潮もある。
見た目の豪華さでレッドドラゴンが倒せるのなら苦労はしないのに、とは思う。
所詮は強さを『見せる』ことと『発揮する』ことの区別すらついていない市場なのだろう。
ただそれでも魔物狩りや傭兵を専門とする冒険者の一部は、良い武器を求めてランドヴァルトまで足を運んでくる。
「まずは我が領で活動する高位冒険者たちを中心に、少量の優先供給を行って実地での評判を見てみたい。エルファリア嬢のご意見を伺いたいのだが……どうだろうか?」
マナシルクのように利権が絡むようなものはともかく、この程度の取引であればお父様から任されている。
「まずは少量での試験供給ということで当家も問題ありません。ですが……実際に使われる冒険者の傾向を事前にお教えいただけますと、より適した武具を選定できるかと存じます」
ショートソードとメイスを中心に試験供給を行うことで話はまとまった。
選定は侯爵家側で行い、決まり次第文書で連絡をくれるという流れだ。少量での先行テストとしては、まずまず妥当な線だろう。
自分と同い年の令嬢が臆することなく柔軟に提案し、合意を結ぶ。
ルクレツィアは優雅に微笑んではいるが、その視線は私と侯爵を往復するだけだ。
――この光景を、侯爵は娘に見せたかったのだろう。




