第2章 悪役令嬢ルクレツィア 4
モントクレール領は商業が栄えている――ということは、同時に食文化が栄えており、商会や貴族が賓客をもてなす際にはフルコースを提供するのが通例だ。
贅を尽くした料理――というわけではない。料理を段階的に出せば、客の反応も教養も無理なく測れる。
フルコースとはそういうもの、という解釈もあるぐらいだ。
賓客をもてなす形式として、モントクレール家にとってこれ以上に都合のいいものもないのだろう。
……そう考えると、バスティオン家の場合は演出という面に欠ける。だがその分、本題に入るまでが早いので良し悪しだが。
前菜は玉葱が主役のマリネ。トマトと少量のフレッシュチーズがトッピングされ、オイルも良質なものを使用している。
酸味と玉葱の甘みの調和にまとまりがある。これは出来たてではなく、あえて時間を置くことで馴染ませているのだろう。
「お口に合いますかな?」
侯爵は穏やかな笑みだが、ここで求められている回答はただの味の感想ではない。
「はい。トマトと……レモン。ドレッシングのオイルと合わせて、カヴァレリッツォ子爵領のものですね。バスティオンではあまり見かけません。仕込みが丁寧……非常に調和の取れた一品だと思います」
「エルファリア嬢ならここに何を足そうと思うかね?」
「……希少品であることが前提ですが――黒胡椒。もう一段、引き上げられます」
酸味に胡椒は合う――経験則だが、外したことはない。私の返答に侯爵は一瞬、片眉を動かす。
「父上、発言の許可を頂きます――エルファリア様、その選択に至った理由を伺っても?」
早速動いてきたか。あからさま過ぎた視線は挑発行為の一種のつもりだった、と。
「……赤胡椒と黒胡椒では、役割が異なります。この一皿のように調和を重視する構成では」
これが理想に殉じた歪な聖女――『悪役令嬢』ルクレツィア・セレンディア・モントクレール。同じ年齢の貴族令嬢か、と疑いたくなる。
アリアに敵対するライバルではあるが、その思想は貴族としてはあまりにも高潔すぎた。
言っていることは間違いではない。だからこそ平民のアリア――そしてプレイヤーには受け入れがたい。
そしてその素養は、この時点ですでに完成されているといっても過言ではない。
だからこそ――自分が優位と感じているから、こうまで攻めてくるのだろう。
「では――赤胡椒を使うのであればどのような料理だと、エルファリア様はお考えで?」
「白身魚のポワレに、軽いクリームソース――その仕上げにひとつまみ」
モントクレール領の食文化に合わせた回答に、ルクレツィアのゆるやかなウェーヴのかかった黒髪が僅かに揺れる。
侯爵同様、穏やかな笑みを浮かべてこちらを伺うルクレツィアの感情は読めない。だが――アリアよりは思考が読みやすい。
この料理談義にしか見えない会話の真意は至って単純。
……回りくどいが上手いやり方だ。
しかし――同時に、既にルクレツィアは破綻している。
たかが九歳の令嬢が、夕食会という場に招待されている意味を理解していない。
「エルファリア嬢、そちらのドレスは――王都でも見たことの無いデザインですが、マナシルク製でしょうか?」
侯爵夫人の言う通り、王都でもあまり見たことがないデザイン、というのは正しい。
最高のデザイナーが、私に合うようにと仕立ててくれたものだ。
子ども過ぎず、かといって背伸びした感じではなく、九歳のエルファリアが着て最も似合う色とシルエット。
お茶会に参加することを決定してから、何枚も何枚もリーシャ経由で見せられた。
……衣装を自作していた、というだけのことはある。アリアのセンスは確かだ。
「是非とも紹介していただきたい方ですね。王都でも、あまり見かけない完成度ですもの」
「幾分自由奔放な方で……仕立ては気が向いた時にという性分ですので」
あら残念、と侯爵夫人はふたりとは違い、素直に感想を口にする。
「ブローチも綺麗な翡翠……こんな大きさのは商会でも取り扱いは稀ですのに」
「母上、発言の許可を……魔力の流れがありますね。装飾品というよりは――恐らく、魔道具でしょうか」
お母様ほどの鑑定眼は持ち合わせていないようだが、ただのブローチではないことを見抜くとは。
「――では、その流れから導かれる機能は?」
「……防御系の付与。毒や麻痺も考えられますが――この場であれば、毒への耐性と推察しますわ」
ルクレツィアが導いた答えは正しい。そしてそのことに気を悪くした様子は侯爵家には見られない。
……この程度は織り込み済みか。バスティオンが軍の家である以上、備えを怠るはずがない。
「エルファリア嬢、仮に同じものを当家が購入したい、と言ったら?」
「……当家としても扱いを定めきれていない品です。売却という形が適切かどうかも含めて、検討させていただければと」
この場で売却しても支障はないだけの数はある。そしてこのブローチはアリアも所持している。
だが――これは戦略級の魔道具だ。毒殺という最も効率的な暗殺が一切通用しなくなる。
安定して供給できるのであれば、王家は今すぐにでも私に爵位を与えるぐらいの『危険物』だ。私としてはハイドラ狩りの副産物でしかなかったのだが。
だからこそ、簡単に手放せるものではない。その辺りも侯爵も織り込み済みだろう。
「――ご歓談中失礼致します。本日のポタージュでございます」
白色のポタージュが、音もなく並べられる。敢えて品名を出さないということはそういうことだろう。
果実水で口内をリセットしてからポタージュを一口含む。
恐らく花キャベツ。癖のない素材を選んでいるのは、流れを乱さないためだろうか。温度と塩も抑え気味。
「……こちらは花キャベツですね。前菜のマリネもそうですが、旬のものを選んでいる。流れを崩さないための構成でしょうか」
さすがに食材の旬を覚えているわけではないが、前菜と合わせた構成から見て、時季に沿って組んでいると考えるのが自然だ。
特にポタージュのよう素材が主になる料理であれば、敢えて外す理由はない。
「……なるほど。お見事。仰る通り、当家の料理人は時季を外すことを良しとしません」
時季を外すのは意図がある場合に限る。そこまで含めて言及した以上、こちらがどこまで読んでいるかも知られたはずだ。
料理でも調和を優先する――この家の基準はそこにある。
「……どうやらバスティオン家とは良き隣人となれそうですな」
「――ええ。互いに、理解を前提にできるのであれば」
私と侯爵は、グラスに互いに手を添えた。
――どこかで見たことのあるやり取りになってしまったが、言葉にするまでもない合図だ。




