第2章 悪役令嬢ルクレツィア 2
いよいよ出立の日がやってきた。
用意されていたのは箱馬車。華美ではないが品格のある装飾に、まだ他領では普及していない板バネ。
随行する護衛三名も精悍な顔立ち。中央が好みそうな見栄えのいい騎士ではない。いかにもお父様らしい。
「手土産、本当にあれでよかったの? 私もアリアも持っているようなものなのに……」
「……リーシャ。それ、王都なら平民ひとりが一月は暮らせる値段よ」
厳密にはリーシャが持っているのは、反物にしたあとの切れ端から作られたハンカチだ。素材そのものは同じだが。
このぐらいの品の方が初対面の相手には品格も価値も過不足がない。それにバスティオン家は軍事一辺倒ではないという証明となる。
通常、このような他領への訪問は移動時間は礼儀作法の復習や訪問先との関係性を復習する時間となるだろう。
窓の外で緩やかに流れていく街道の風景を眺めながら、どういう『攻略』をするのかを計算する。
お父様に伝えた今回のお茶会への参加の理由は『中立派のお茶会が最も均衡が取れた戦場』としている。ただ『攻略対象』はただひとり、ルクレツィアのみだ。原作通りの策謀家なら与し易いのだが。
街道は護衛の冒険者を連れた行商人の馬車と、時折すれ違う程度には人の往来がある。だが、それでも人の流れには間がある。
……あの林は危ない。野盗が隠れるにはちょうどいい。バスティオン家の家紋が入った馬車を襲うような愚かな野盗はまずいないが。
私は窓を少しずらし、声だけで護衛のひとりに林の探索を命じる。バスティオン領でも野盗が発生しないとは限らない。拠点にしやすそうな場所であれば調査すべきだ。
「……これも含めて、というわけね」
どれだけ期待されているのやら。そろそろ普通の令嬢なら今頃馬車の中でメイドにドレスの話をしている頃合いだ。
護衛が遅れて合流。異常なし。主要な街道を記した地図に『拠点形成の可能性あり』と付け足す。維持は難しいが、短期の潜伏には十分だ。
「派手じゃないから使う人は少ないけど、あの林なら【ソーンバインド】で動きを止められるわよ」
「そうね……まあ、貴女のように搦め手が得意な魔法使いは探す方が難しいのだけど」
基本的に魔法使いが目指す方向は攻撃役だ。特に冒険者にその傾向が強い。
だがリーシャは違う。行動を封じることで活きる相手と組む前提で動いている。環境次第で変わる有用な魔法を即答できる時点で、リーシャは優れた観察眼を持っている。
ここまで割り切った運用は、ベテランと見做される銀等級の冒険者でもそうは見ない。お父様が好む魔法使いの運用だ。
原作ではそもそも『冒険者志望だった』という設定すら開示されていないので、どこでどういう教育を受けたらこういう発想になったのだろうか。
私の僅かな仕草にも反応を示しながらも、貸し与えた兵法書を読むリーシャ。
アリアのように常時前線に置く役割ではない。だが、状況次第で差し込める手としては有用だ。選択肢は多い方がいい。
「これも今回のお茶会の武器になるかしら」
ランドヴァルトから数刻だが板バネのおかげで振動が少ない。疲労を持ち越さない移動手段は、それだけで選択肢を増やす。
他領の貴族も実用性を認めれば、導入を求める声は出るはずだ。現状ではバスティオン領でしか生産されていない。扱い方次第では、悪くない材料になる。
食事も揺れがほぼ無いので車内で済ませられる。だが、馬の疲労は無視できない。周囲を遮るものが無く、すぐ横に沢もあるこの辺りで一度休ませる。
青草を食み、沢の水を飲む馬たちを横目に、用意させた折りたたみの簡易椅子に座り、早めの昼食を済ませる。
行商人たちもちょうどこの辺りが休憩地点なのだろう。ところどころ青草が短い。先ほど同様、情報を地図に書き込む。整備すれば価値になる。
護衛たちもリーシャも食事を終えた。手早く出発の準備を整え、再び馬車へ。本日の宿泊先はバスティオン領最後の宿場町。このペースなら夕方前には着く。
この宿場町は近場の森で採れるキノコが名産。領都でも流通していて庶民の間でも広く食されている。
――キノコ料理、どんなのが出るんだろう?
……食というのは恐ろしい。『エルファリア』を宣言していたはずなのに『エリー』が顔を覗かせてしまった。
モントクレール領にはひとつ、バスティオンに友好的な子爵領を通過する。他領の事情とはいえ観察は怠らない。
広い平野部と豊富な水源から、農業が盛んなのも自然だ。
調べによると領民の八割近くが農業従事者。そのため兵を割ける余裕は少ないのだろう。
護衛が即時に排除したが街道でニ度、群れからはぐれたと思われるゴブリンやフォレストウルフといった魔物と遭遇した。
どこかに魔物の巣があるはずだが越権となる以上、私たちが直接介入していい事案ではない。
ならば責任のある者に対処させるのが筋、モントクレール領への関所の警備兵に伝えた。
いよいよモントクレール領。領都――ルアーヴルに近づくにつれて行商人の馬車が増えていく。交易の中継点ともなると人の流れが途切れない。それだけ商業が活発な証だ。
商人たちの表情も明るい。モントクレール家が信仰する『公正』を尊ぶ聖女リムノスの教えが領民にも行き届いているのか、取引は円滑に進んでいるのだろう。
信用が回っている――だから人が集まり、より発展する。
またあちらの隊列は旅芸人の一座だろうか。人が集まるということは、娯楽も需要が高まる。
総じて性質的にはバスティオン領とは真逆だ。人が集まり、消費が回り、娯楽が成立する――だからこそ、来た甲斐がある。
「さて――ここからはリーシャ、貴女には活躍してもらわないと」
「私が……ですか?」
専属とはいえ元々は田舎出身の庶民、それに正規のメイドとしての教育を受けたわけでもない。リーシャの疑問も当然だろう。
私が彼女を通して売りたいのは化粧――アリアが持ち込んだ技術だ。
私の年齢での化粧は華やかさではなく、愛らしさを強調するものが貴族の間での慣例。
せいぜい唇の血色を調整する程度で済む、美形揃いのエルフの血を引く私では効果が分かりにくい。
その点、リーシャは最高の広告塔だ。元から線の細い美女だったが、アリアの化粧のおかげで私の側に控えていても違和感がない。
……専属メイドにした時点ではここまでの役割は考慮していなかった。
ともあれ、美容に興味のある令嬢やそのメイドであれば、必ず目に留める。
直接的な技術の指導に関しては近い未来の話、まずは先行してのお披露目だ。
ルアーヴルへの入市のために並ぶ商人や冒険者を尻目に、私の乗る馬車は門番に軽く確認されるだけでそのまま門を通過。
「……これは、凄いわね」
石畳の歩道と、馬車同士が余裕をもってすれ違えるだけの広さがある幅広の土の道路。
白い漆喰の壁には鉢植えが吊るされ、色とりどりの花が通りを飾っていた。
遠目にも用途が分かる看板が掲げられているのも、迷わせないための工夫だろう。
ランドヴァルトとは異なる発展の形を取った街だ。商業都市と城塞都市で優劣を決めるのは無意味だが。前提となる目的が違う。
ただ、私が平民だったのなら憧れるのはルアーヴルだっただろう。生活という観点では、こちらの方が恵まれている点が多い。
教育が落ち着いたらアリアを連れての訪問もいいかもしれない。アリアならこういう街並みはきっと喜ぶ。
……平静を装っているが、リーシャがやや浮足立っているのを見れば、どれほど魅力的な街かは察せられる。
行商人の護衛のためだろう、冒険者の姿も多い。この規模の人の流れがあれば、拠点を構えれば安定した収入は見込める。
そして護衛が主な収入源であれば、装備需要も対人寄りになる。バスティオン製の武器が売れる余地があるのか、これは明日の視察の時間に行う。
見るからに高級そうな宿屋の前に、他家の家紋の入った馬車が停まっている。見覚えのある紋章――確か、男爵家のものだったはずだ。
一方、私はモントクレール侯の屋敷へと案内されている。
ルクレツィアか、侯爵か――いずれにせよ、バスティオンとの関係構築を優先順位の上位に置いているのは確かだ。
原作で深く描写されていていないため断言は出来ないが、ルクレツィアとはせいぜい顔見知り程度だったはず。
このように何度も関係性を深めたい理由を考察しているが、そのいずれも確信が持てない。
……あるいは、揺さぶりをかけているのか。
「……仮説で仮説を組み立てていくのは精度が落ちるわね」
いずれにせよ、今日の夕食会で情報は出る。そこを待つべきだ。




