第2章 悪役令嬢ルクレツィア
ありがたい事に私へのお茶会の誘いは私的なものも含めると、多数申し込みがある。
淑女教育のお手本として――あるいは、屋敷を抜け出して教練所に通い詰めるような、刺激的な逸話を期待してのことだろうか。いずれにせよ見世物には違いない。
教練や視察を理由に断ってきたが、ここまで付き合いが悪ければ、バスティオン家に友好的な貴族との関係悪化は避けられない。
アリアの教育も順調に進んでいることだし、そろそろ出席するべきだとは思っているが。
「――失礼します、エルファリア様」
私室のドアをノックする音と、穏やかな大人の女性の声――リーシャだ。
専属メイドとして私の身の回りの世話を担当している――そういう扱いだが、私は一人で着替えられないような令嬢ではない。
実質的にはアリアとの橋渡し役だ。アリアを行儀見習いとして迎え入れたが、教育の段階が違う以上、日常的に顔を合わせる状況にはない。
それこそ『今日のご飯が美味しかった』とかそういった些細な感想でも、リーシャを通して伝わってくる。
「今日のアリアの講義は……確かお化粧だったかしら? アリアなら私よりも上手にこなすでしょうね」
「ええ、興味津々だったみたい。それに、私のお化粧の先生はアリアだもの」
あの子どこでお化粧を学んだのかしら、とリーシャは不思議そうに言う。
私室に限っては、リーシャに敬語を使わせていない。敬語によって失われる感情も重要だと、先日の一件で理解した。
さすがに私の専属ともなると、屋敷の他のメイドたちからの目も違う。身なりは常に完璧に整っていなければならない。
村での生活を考えると化粧をする余裕も、文化も無かったのだろう。
それが領都にやってきてからは血色も良くなり、そしてこの世界の水準から見れば数段先を行く、コスプレイヤー仕込みの自然な化粧。
おかげで誰が見ても私の専属と納得するだけの美貌に仕上がっている。
「私の方でも各分野の講師に確認したけれども、アリアは平均的な貴族の子女よりも優秀のようね」
歴史や詩といったものは新たに覚える必要があるが、既にアリアは異なる体系の教育を受けているようなものだ。
そして更に化粧のように、分野によってはこの世界の水準より遥かに上を行っているものもあるだろう。ただ、やはり作法――というより気配りの面での粗が目立つそうだ。
意識改革に有効な言葉は思いついているので、次に顔を合わせた際にはそれとなく言うつもりだが。
「大変みたいだけど、村にいた頃よりは活き活きとしているわ――それで、エリーにお手紙が」
十中八九お茶会のお誘いだ。正直なところ読むだけで疲れる。
時候の挨拶に自領の自慢、詩の引用で勿体をつけて、ようやく本題。もういっそのこと参加可否だけ確認する形でいい。
特にこういうのは中央の貴族に多い。そしてその分、文面の端々から見下している意識が透けて見える。
バスティオンは自領でも充分と言える程度に経済発展はしているが、国庫からの支出は他領よりも多い。
今まではまだ小競り合い程度、そしてアガート村の一件以降、いわゆる冷戦状態のためにそれに見合った結果が出ていない、と判断する貴族もいるのは当然だ。
そういう貴族の子女からのお茶会のお誘いは、当人にそのつもりは無くとも私が見世物となる。特に弁えないようなものが相手だった場合、貴族間の分断の一端ともなりかねない。
バスティオンに友好的な地方貴族も、方向性が違うだけで結果は似たようなものだ。これが私がお茶会の誘いを断り続けている理由。
たかがお茶会一つでここまで考える必要があるのだから、貴族というのも厄介なものだ。それでも招待状ひとつひとつに目を通して返事をする必要がある。
マナシルクで誕生日祝いにドレスを仕立ててもらった自慢話。マナシルクの産地も理解せずに書いているのだろう。
領内の剣術大会の幼年部で優勝した自慢話。少なくともアリアと同程度になってからにしてほしいものだ。
大半――特に中央貴族のものは心を引くような内容ではなかった。とはいえ、そろそろ選り好みもしていられないのだが。
「……これは、面白いわ」
時候の挨拶は合っているし、自領の自慢話も過度ではない。だが引用している詩が引っかかる。
今の季節は春。詩を引用するのであれば愛を称えるような詩であるべきだ。だが引用された詩は美しいが、その内容は離別の詩。
意図的な引用なら、離別の先を匂わせている。一歩間違えれば教養が足りないと断定されるような大博打だ。
添えられた署名を見て、私は彼女ならやりかねない、と判断する。
取り巻きを用いて、あるいは自らアリアにこの国の、貴族にとっての『常識』を突き付けてくる悪役令嬢――ルクレツィア・セレンディア・モントクレール。彼女の名前が署名されていた。
母方の血縁にモントクレール領の大商会、セレンディア商会を持ち、貴族主義の思想で追い詰めてくる。
そのうえ自身も高位の魔法使いに匹敵するだけの魔法を使えるということもあり、アルフォンス殿下の婚約者候補筆頭として見られていた。
……もっとも。原作ではダウンロードコンテンツ適用後ならフリーシナリオで使えるが、スキルのかみ合わせがあまりよろしくない。いわゆる趣味枠だ。
そんなゲームのメタ知識はさておき、モントクレール侯爵家は中央と地方、その両方から距離を置いているいわゆる中立派だ。セレンディア商会の商売を考えるとそう振る舞うしかないのだが。
我がバスティオン家とは関係に乏しい。つまり、本来なら招待される理由がない。
私が顔を出すにはちょうどいい距離の関係性だ。中央のように敵意を向けられることもなく、地方のように過剰に持ち上げられることもない。
そして――同時に、ルクレツィアとの関係をいずれかは築こうとは考えていた。
私がアリアに宣言したのは『真の意味でのハッピーエンド』。攻略対象ではないが、原作でも重要な役割のルクレツィア。
彼女の結末は断罪こそされないものの、あまり後味がいいものではない。形式だけ整えたような処理で、納得できる類のものではなかった。
私の『独りよがり』ではある。だが彼女の思想はそもそも間違えてはいない。歪んでいるのは、磨き方の方だ。
アガート村の件のような単純な話ではない。だがルクレツィアとの関係を構築できれば後に選択肢が増える。
「……リーシャ、貴女が不在でもアリアは大丈夫かしら?」
「ええ、一人で身支度もできるし、他の使用人との距離感も築けている。それに――多少のことなら自分で対処できるわ」
私と同じ結論。モントクレール領へは馬車で片道三日で、滞在を含めれば全行程は十日ほどになる。リーシャには私に随行してもらうため、その期間はアリアと離れることとなる。
その間、アリアをどう動かすか――むしろ、この機会をどう使うか。
……自分自身をどう運用するか。その判断ごと任せる。
「まだ一月先の話ではあるけれども、旅の準備をしておきなさい。必要ならば資金も出すわ」
護衛に関してはお父様と要相談だ。もちろん私は自分の身は自分で守れるが、対外的な見栄えを考えるとそうもいかない。
今回に限りライルは不適切だ。剣や槍を得意とする、騎士として見える者がいい。
道中とはいえいつもの私服のままだと簡素すぎるので、フリル飾りのあるもの。それと、装飾品のひとつぐらいは付けておくべきだろう。
魔法で対応可能なので、護身用の武器は今回は持たない。もちろん【ストレージ】がある以上、目に見える武装は不要なのだが。
それに、私が自分の身を守らなければならない状況になった段階で護衛たちは失格だ。
他にも考えること、手配しなければいけない物が多い――だが、嫌な時間ではない。チャートを組む時間に近い。
楽観視こそできないが、少なくともルクレツィア側には私と何らかの関係を結びたいというのは確実だ。
……しかしルクレツィアに会いに行く、と言ったらアリアはどんな反応を示すのだろうか?




