1.5章 結果と責任 後編
ただの村娘とその母親。本来なら客人待遇で領主邸に迎え入れるのは異例極まりない。
そのぐらい貴族と村人という身分には、たとえ私が気にしないにしても明らかな差がある。
「今回の視察において私の護衛を務めたライル・ウェグナーにとって縁浅からぬ者で、滞在中に私が恩を受けた母娘――そういう位置付けで、客人として扱っています」
大筋では事実だが含みを持った言い方に、お父様は眉をかすかに動かす。
「――結論から言いますと、私の滞在中に帝国軍によるアガート村への襲撃がありました」
「……状況を報告しろ」
「現在は鎮圧済み、自警団員のハッサン氏による捕虜の監視を行っています」
私の挙げた名前に聞き覚えがあるのか、お父様は軽く頷いた。だがお父様が――領主として、辺境伯軍の総大将としてお父様が欲しい情報はこんなことではない。
「帝国の敵戦力は指揮官一名、兵が七十余り――それと、陽動にレッドドラゴン一体」
「本気で落とすつもりだったか――待て、今レッドドラゴンと言ったか?」
私が頷くと、お母様の表情が真剣なものへと変わる。
「レッドドラゴンって……バルドゥール、あなたでも単騎では無理でしょお?」
「討伐は不可能だ……撃退ならば可能だが」
私とアリアはあっさり倒してしまったが、本来これが最上位層での限界だ。ただもちろん、お母様の言う通り単騎での話。
「一度整理する――エルファリア、お前は確かに鎮圧済みと言ったな? レッドドラゴンはどうした?」
「……討伐済みです。死骸は回収してありませんが、これが証拠になるかと」
私は【ストレージ】から赤みを帯びた龍鱗を取り出した。一瞬、部屋の空気が止まる。
村で戦った個体のものはアリアの【ストレージ】に入っているので厳密には証拠とは言えないが、充分だろう。
「似せて作らせた……ものではないわねぇ。火の魔力に満ちあふれているものぉ」
「……待て、今のはなんだ?」
そういえばお父様に【ストレージ】を見せるのは初めてだった。
「【ストレージ】という、物資を別空間に保管できる魔法です」
「……把握している効果は開示できるか?」
私は頷き、未検証の部分もありますが――と前置きして、説明を始める。
収納できるモノできないモノの規則性は把握しているが、あえて伏せる。ゲーム由来の制限だが、説明しても理解されないだろう。
「動く武器庫、という評価が妥当だな。有用だが――シルヴァハ、お前はこの魔法を使えるか?」
「無理よぉ。概念は理解できるけど、構築がわからないの」
私も構築は知らないが使えている。なのでいわゆる『転生者特典』のひとつと解釈している。
「物証は十分だ。レッドドラゴンはお前が討伐したと判断する。だが陽動にお前が当たったのならば村の防衛はどうした?」
「私とライルの戦力を分離運用し、防衛を彼に委任しました。レッドドラゴンは放置不可、本隊と合流される方が厄介です」
「妥当だが、守りきれる確証があってのことか?」
「私がお母様から持たされていた上級ポーションを預けました。それがあれば私がレッドドラゴンを討伐して戻って来るまでに必要な時間は稼げるという判断です」
言い切った瞬間、お母様から発せられる空気が変わった。
「駄目よぉ、その場合のエリーは指揮官でしょう? ライルくんの判断だけじゃどうにもならない場面もあるのに、あなたが戦闘不能になる余地を残しては」
「……シルヴァハの言う通りだ。極論、ライルは代えが効くがお前は違う」
リーシャというイレギュラーの影響で、ライルの損耗は想定より大きかった。判断としては間違っていないはずだ。
そもそも私は【ストレージ】から上級ポーションを補填できる。切っても問題のないカードだった。
だが――軍の頂点はそうは見ない。【ストレージ】を前提にするな、ということだろう。
「だがそれでもライルがお前が戻るまで持ちこたえられた事に疑問は残る。あれは対人特化であって対軍ではない」
「在野の魔法使いが【アイスフィールド】などの妨害系の魔法で協力してくれていました」
対軍戦を対人戦にまで格下げした――それが私の、リーシャの役割への評価だ。
お父様の眉が再びぴくりと動く。
「……それは冒険者か?」
「……いいえ、村の住人です。かつて志していたそうですが」
お母様が演技じみた仕草で肩をすくめ、ため息を吐く。
「それも駄目ねぇ。傭兵ならともかく民間人よぉ? 守る対象でしょう?」
リーシャの乱入は想定不可能だった――が、言い訳にはならない。情報収集不足だ。
「概ねシルヴァハの言う通りだ。だが即時に戦力として組み込み、計算しなおしたのであれば、評価は修正する。その魔法使い以外に編成した戦力はあるならば、すべて挙げろ」
「……私と同い年の村娘、アリアをレッドドラゴン討伐から組み込んでいます」
空気が止まるというのはこういうことを言うのだろう。
年端もいかない八歳を、レッドドラゴン討伐の戦力として代入する。正気の沙汰ではない。
「……えーっと、エリー? その言い方だとバルドゥール級の戦力が、あなたと同い年でいるってことなのだけど?」
「そう受け取って構いません。限定条件下ですが、瞬間火力であればレッドドラゴンも圧倒します」
ゲーム的に言うのであればあの場面、狙い通りに頚にクリティカルヒットしていれば、間違いなくアリアはレッドドラゴンを一撃で倒していた。
「……つまりお前の客人がその戦力か。なるほど、在野のままにしておくには惜しい。お前の責任で見ておけ」
防衛戦には過剰戦力だがな、とお父様は付け加える。
「では次の問いだ。なぜ帝国兵を殲滅しなかった?」
「殲滅は可能でしたが、この方が政治問題化できます。後の我が国我が領にとって殲滅は最善ではないと判断しました」
そもそも最初から虱潰しに森の中を探索して潰して、襲撃すら起きないようにすることだってできた。だがこの形が最も利益がある。
「ねえちょっといいかしら? これってエリー、帝国の動きは想定内だったということよね? なんでバルドゥールに任せなかったのかしら?」
「私はエルファリアの天啓とやらを過信していない。視察を申し出たのもそれが理由なのだろう……が、それだけで軍は動かせん」
……ここまで状況証拠を積むとお父様には意図がお見通しか。
私は考えうる限りで最小の編成を選び、軍が動かせない、あるいは動かすと支障が出るから独断で動いた。
同時に私の用意した勝利条件が独特すぎるので軍には任せられない。
「回りくどい手法を使うな、作戦は共有しろ。軍で処理できる範囲を逸脱するならば、お前に任せる――責任も含めてな」
「いいのぉ? そんなこと言ったらエリーはどこにでも手を出すわよぉ?」
「私以上の戦力を飼い殺しにしておくわけにはいくまい。そしてそれを出すべきではないと判断した場合、止めるのが私の役目だ」
条件付きではあるものの、引き続き私の単独行動に裁量が与えられた、と解釈していいのだろう。
……情報共有は怠るな、か。
私の提示する勝利条件に荒唐無稽なものがあっても、切り捨てるつもりはないらしい。
「帝国側は作戦の性格上、捕虜となるような負け方は選ばないはずだが……無論、答えは分かっているが、降伏勧告は誰が出した?」
「……っ、私です。お父様の名代を名乗りました」
私自身『やりすぎ』と理解していたことを、お父様が見逃すはずもない。
明らかな身分詐称。貴族を騙るとなれば、極刑も免れない。
「……どうやら理解はしているようだな。だがエルファリアだからこそ抜け道がある」
「そうねぇ。違法じゃなくて越権行為ねぇ。事後承諾で片付くわよぉ」
事後承諾で処理する前提。どうやら読み違えてはいなかったらしい。
ただこうして一度切ってしまった札だ。次は通らないだろう。
「今後も必要ならば私の名前を使うことは許可する――が、共有は前提だ。結果はすべてお前が負え」
……そう来るか。私が動く案件は、その前提で扱うということ。
「戦後処理は私の仕事だ。名代として取り決めたことがあるなら報告しろ――最後に……よく生きて帰ってきた」
お父様は……責任という点においては甘くない。今までは私の裁量で処理できる範囲だった、それだけだ。今回の失点は情報の共有不足に尽きる。
ただ同時に収穫もあった。母娘は私の監視下に置けるという言質を取れたのは大きい。
「セット――エリー」
部隊の指揮官として、ロジックだけで処理するフェーズの終了宣言。
自室に戻った私は机の引き出しから日記帳を取り出す。そこに書かれているのは、この世界の文字とは全く異なるもの――日本語。
暗号というわけではなく、この方が思考がまとまるから日本語を使っているだけだ。
アリアとリーシャをこう扱え、という指示は受けていない。だが適切な立場を与えなければ私の近くには置くことができない。
「……アリアは行儀見習い、リーシャは私の専属メイドが妥当ね」
いずれアリアはアルフォンス殿下など貴族と接点を持つ。その段階で教育するより、今から慣らした方が効率がいい。
ところで、これからの帝国側の動きは読めないが、しばらくは情報収集に徹するだろう。
陽動にレッドドラゴンまで持ち出しての敗北、しかも帝国に帰還した捕虜の扱い次第だが、支離滅裂としか思えない報告が挙げられる。
原作知識を参照しても、私が介入した方がいい帝国絡みの案件はしばらく存在しない。
最適なスキルの運用や簡単な戦術など、アリアへの教育の時間は確保できる。ただ、アリアは直感で動くタイプなので最低限。
「それにしても……まだまだハッピーエンドには程遠いわね。やっとひとつ、種を蒔き終わったという感じかしら」
これだけの出来事であってもまだその段階だ。先は長い。それでも達成感はある。
次に蒔く種は決めている。未来に花開くかどうかは、私がどれだけアリアと信頼関係を築けるか。
――ただ、これからの生活は。
少しだけ、賑やかになりそうだ。




