アガート村防衛戦 12
まだぼんやりとしてはいるが、意識が戻ったのは太陽が昇りきったぐらいだった。
見知らぬ天井だが、そもそもこの村に慣れ親しんだものがある方がおかしい。
その後の処理はどうなっているのか、誰がここまで運んだのか、そして装備が外れていることから誰が私を着替えさせたのか。
様々な疑問が湧き出てくるあたり、きちんと思考はできている証左だ。
隣で寝息を立てているのは……アリアだ。ということはここはアリアの部屋ということか。
「あら、もう大丈夫なの?」
ベッドの側の椅子で私たちの様子を見ていたのは、疲労しているのが明らかなリーシャだ。
「……ええ、そういう貴女も寝ていないのでは?」
これでも少しは寝たから大丈夫、とリーシャは微笑みを浮かべる。その言葉には嘘偽りはないと信じる。余計な気遣いを子どもにさせるような性格ではない。
「あの後は、どうなったのかしら?」
「ライルが指示を出してくれたのよ。帝国兵は全員縛って、今は使っていない小屋に。見張りはハッサンさんと、もう一人……辺境伯軍にいた人が」
ライルも立派な軍人さんなのね、とリーシャは感慨深そうに言う。
「それで昼過ぎからの村の会議に――エルファリア様の臨席をライルが求めたのよ」
バスティオン辺境伯の名代として私が臨席するのは妥当な判断だ。
ベッドから起き上がり、リーシャに私の装備を尋ねる。アガートに訪れた最初のような町娘の装いでは不適切だろう。名代として臨席する以上、外見での説得力も必要だ。
会議が行われるのは村の集会所とのことだが場所を知らない。リーシャが案内を申し出たが、それよりもアリアを見ていて欲しいので断った。
それに病弱な身で睡眠時間も足りていない、しかもいくら魔力を回復させながらとはいえあれだけ連続で魔法を使っていたのだ。少しでも身を休めませておくべきだ。
ゆっくりと散策しながら探せばいい。その方が村の被害状況もよくわかる。
主な戦場となっていた広場だが花壇が半分ほど燃えてしまったようだ。また石畳もひび割れたものや、剥がれて地面が見えているものも。
広場に近い建物には目立った被害は無いが、その代わり血痕がこびりついてしまっている。
村人たちは焼けた花壇を見つめたまま、誰もそれに触れようとしない。
「……これが、私の選択の結果ね」
だが着地点は見えている。あとは会議を、その結論へ導くだけだ。
恐らく演出としては大々的に私の名を告げられてから入室した方がいいのだろう。ただそれでは私の顔色を伺った議論が進むこととなる。
実際に戦闘の現場にいなかった者は私を見て、貴族のお姫様が立派な鎧を着て、背伸びしているように捉えられるだろう。たかが子どもと侮られるぐらいが丁度いい。
想定通り、私より遅れてやってきた村の有力者の中には私に対して怪訝な目を向けている者もいる。酒場の女将さんや伝道師といった見知った顔もある。
最後にやってきたのはライル。恐らく私をリーシャの家まで迎えに行ったのだろう。
「これより緊急会議を始める。まずは自警団より状況報告を」
議長を務めているのは恐らく村長だろう。促され、自警団のリーダーがこの短い時間で調査した事実を述べていく。
村の西側で牙を折られたドラゴンの変死体を発見。自警団員がほぼ出払った後の帝国兵の襲撃に、リーシャと偶然帰省中だった辺境伯軍の軍属のライルが対応。自警団員が村へ引き返した時点で帝国兵は捕縛済み。自警団および村人の死傷者なし。なお、ドラゴンの変死体については要再調査。
それ以外の被害状況も、私が目視したものと大差はない。短時間で仕入れられる情報としては綺麗にまとまっている。
ほっとした表情を浮かべる有力者たち。ライルに対して称賛の声を送る者もいた。
「次は――これは賊の類と同じにしていいものなのか……? ライル、これってどういう流れにするのが……?」
議長は言い淀み、ライルに助け舟を求める。確かに村として一番困るのは捕縛した帝国兵の処遇だろう。
野盗ならば領都や大きい町に使いを出して移送するが、このような事例の対応は前例があるはずもない。正規軍として事態に介入していたのであれば処理も軍が負うのだろうが。
「それに関してはエルファリア・ニヴ・バスティオン――バスティオン辺境伯の名代として回答する」
視線が私に集まるのを感じる。
「結論から述べる。捕縛した帝国兵は後日、領都へと移送。同時にこの村へ辺境伯軍の駐留を提案。人的損害は皆無、物的損害は短期の戦闘かつ軽微のため大規模な支援は不必要と判断。最後に。ドラゴンという真偽不明の脅威であっても放置しなかった自警団、および捕縛に携わった者たちの判断と行動は適切だった。謝意を表する――以上」
私が用意していた回答はこの通り。
「――っ、軍を駐留させるって……じゃあ俺たち自警団が腑抜けだと言いたいのか!?」
「それは曲解。今回のような例外に対応するのであれば、倍の人員が必要と判断したからの提案。もちろん貴方達の誇りを蔑ろにするつもりはない」
陽動に釣られたとはいえ、レッドドラゴンがいたのは事実だ。ニ面作戦を強いられる場面なら、これはパワーリソースの問題だ。
「あ、あのー……ドラゴンの死骸なのですが、聞くところによると鱗を売れば高値になると……」
「帝国による襲撃の証拠となるため辺境伯軍が接収。なおドラゴン討伐を成したのは私であるため、過去のバスティオン辺境伯バルドゥールの事例に基づくと、ドラゴンから得られる素材の占有権は私にある。よって売却益を村への補償および投資とする」
自警団のリーダーが驚きを隠せない顔で私を見る。にわかに納得できるほどドラゴンは弱くはない。
ドラゴンを倒したのが私であるという事実に関しては、納得してもらおうとは一切思っていない。そもそも事後処理において『誰がドラゴンを倒したか』は些末でしかない。
村人たちは静まり返った。異論が出ていない時点で結論は成立している。
理解はしていた。この会議に必要なのは責任を負える意思決定者だった。有力者では要望に留まり、村長では陳情止まり、ライルでは報告以上にはならない。
だからこそライルは私を呼んだ――この場で唯一『決められる立場』として。
ライル本人が前線を希望しているがゆえに階級こそ低いが、組織の構造自体をライルは把握している。
そのうえで私がお父様から『視察』という形でアガート村へ訪問している以上、最低限の裁量を私に与えられていると解釈しているのだろう。
――ゲームの攻略対象であるということを抜きにしても、組織を理解しているという点で、改めてライルを評価せざるを得ない。
ただし詰めても「俺じゃ無理なんでお嬢に丸投げしました」とのらりくらり、だろうが。判断を誤っていないからこそ扱いに困る。




