アガート村防衛戦 10
「【ウェポンオーバードライヴ】【アドレナリン】【オールオアナッシング】……仕上げに【ベルセルク】!!」
アリアがスキル名を宣言する。
ゲームシステムを具現化する、と言った方がいいのだろうか。私も【魔力探知】でもわざわざスキル名を呼んでいたが、別にそうする必要は無い。宣言した方が無意識下においても意識の切り替え、あるいはイメージの固定化がしやすいだけだ。
こんな物騒かつピーキーなスキルを初手で使う相手は極力敵にはしたくない。【身体強化】すら腕力全振りの人間が、宣言したスキル名から攻撃力に大幅なバフが乗って超火力にはなるが、防御面は被弾を大前提どころか、被ダメージが四倍にもなって難易度ノーマルなら即死級のダメージを受けることを覚悟のうえで全て投げ捨てている。
大きく振りかぶったアリアの『開闢の斧』が振り下ろされる。狙いは恐らく頚だったのだろうが、少し逸れて右前足を切断するに留まった。レッドドラゴンが絶叫と共に、その巨体をのたうち回らせながら、火炎のブレスを撒き散らす。
「……【城塞】【かばう】」
私もアリア同様にスキル名を宣言しながらアリアの前へと立つ。
過剰なまでの火力バフで防御力を投げ捨てたアリアなら一撃で死ぬようなダメージを肩代わり。
ゲームとは違いターン制の戦闘ではない。鋭い鈎爪が、尾撃が、巨体の体当たりが連続で襲う。そのどれもが、私に致命傷どころか擦り傷を与える程度の威力でしかなかった。
原作での最上位クラスの雑魚の攻撃でも、実際はこの程度か。
少なくともアリアはレッドドラゴンにも物怖じすることはない。最初から全力攻撃という方針も分かった。
アリアの能力を最大限活かすなら今のようにフォローが必須。相性がいいのは……思いつく限りでは現時点では私だけだ。
予想以上のアリアの実力を見られたので、実戦テストとしては大収穫だ。合わせ方もいくつか思いつく。
「ありがとうアリア、もう十分よ。あとは私がトドメを刺すわ」
『暁光の剣』を閃かせる。
ステータスは絶対。ならばスキルは不要。
頑強な竜鱗を無視するかのように一太刀でその頚が落ちた。レッドドラゴンの断末魔の声すら無い。
私もアリアも血飛沫まみれの酷い有り様だが、ダメージ自体はほぼノーダメージと言っていい。
さすがにこのままライルの元へ引き返すのは気が引ける……というより、純粋に気持ちが悪い。
「【ウォーターボール】」
威力を極限まで絞った水魔法を頭上に発現させ、そのまま落とす。簡易的なシャワーだ。
血まみれよりもずぶ濡れの方がまだ精神衛生上いい。同じようにしてアリアの汚れも落とす。
「さて……ドロップアイテムという仕組みは無い、わよね当然」
ゲームだと戦闘終了後のリザルト画面で入手したアイテムが表示されていたが、部位を剥ぎ取ったりしているのを省略しているだけだ。
つまり龍鱗も牙も取り放題。だが実際には竜の牙なんて大きなモノはそれひとつで手荷物がいっぱいになるだろう。
私が力で引っ剥がした龍鱗も、ひとつで私の顔ぐらいのサイズがある。
だが私たちには便利なスキルがある。【ストレージ】の中に放り込む――が、異空間から採取したばかりの龍鱗が吐き出された。
そういえばストレージ内の龍鱗は千個。『これ以上拾えなかった』とゲーム上で表示された数以上になる。
ストレージ内に保存できる数がゲームと同じ判明したのも、これも嬉しい誤算だ。恐らくお母様から託されていた上級ポーションは『装備』という扱いになっていたから、ストレージの数を超えても持っていられた可能性がある。これはこのイベントを終えたら実証してみることにする。
せっかく剥ぎ取った龍鱗なので、これはアリアのストレージに保管してもらうことにしよう。
のんびり採取していられる時間の余裕も無いので、龍鱗は『彼女』のイベントに必要となる六枚だけ採取した。アリアもちょうど竜の牙を二本ほど、大木を切り倒す要領で採取し終えたようだ。切り出した牙の形も状態も申し分ない。
名工ならアリアの『中の人』にとっての最終装備だった『魔人の斧』よりも優れた、性能のいい武器を作ってくれるだろう。ただし――加工できる『彼女』と出会えるのはまだ未来の話だが。
レッドドラゴンの素材採取までの所要時間はおよそ四十分。【魔力探知】――というより、ライルの魔力のおかげで村の方角は分かりやすい。
探知範囲外だが大まかな方向は覚えている。そちらへ向かって再び全速力で駆ければいいだけだ。
すぐに大きな魔力反応と、少し小さくなった魔力反応の集合体――そしてライルと同等の魔力反応がひとつ?
村が探知の範囲外になった時には見つけられなかった反応だ。ドラゴンほど大きくはないが、それでも一般兵クラスでは有りえない大きさ。
「……アリア、イレギュラーが発生したわ」
切り札級の魔力の大きさ。急いで戻らなければライルといえども危ない。
しかし村に近づくにつれて更に違和感を抱く。その魔力反応は――それこそ私とアリアのように、ライルと重なり合うような反応を示している。
そして少しずつ、帝国軍の小さな魔力反応の集合体がその大きさを減らしてゆく。
判断材料が足りない。思い出せ、原作ではどうだったか――。
答えが出る前に村に到着してしまった。正面からではなく村の周囲を囲う先端が尖った丸太の柵を飛び越え、そのまま一気にライルの元へ。
「――お嬢!? 本気でもうドラゴン倒してきたのかよ!?」
この一時間弱の間でそれなりに攻撃を受けたのか、服のところどころが切り裂かれた状態のライルが、突然の闖入者に驚愕の声を挙げる。
「ええ、龍鱗やら竜の牙やら証拠品は後で見せるわ――それより」
宝玉の嵌まった杖を持ったリーシャが、ライルの横に立っていた。私の【魔力探知】の、ライルと同等級の魔力反応は、リーシャが立っている位置と狂いがない。
「確かあたし、お母さんには眠ってもらっていたよね!?」
「なんとなく、嫌な予感がしたのよ。あなたが騎士様のような格好をして家を飛び出そうとしたから」
マジックアイテムで眠ってられなんかいないでしょう? とリーシャが微笑む。
イレギュラーなのは変わりがない。原作をプレイしてわかる範囲でも、攻略本に掲載された裏設定でも、リーシャが魔法使いだったという描写は一切無かった。
「……っと、とりあえず目の前のことに集中だ集中! もう上級ポーションも残り二本しかないから……なっ!!」
地面から伸びる蔦に足を絡め取られた帝国兵を、ライルは魔力を込めた拳で殴り飛ばす。
「【アイスフィールド】【ソーンバインド】! ごめんなさいライル、そろそろ魔力が尽きるわ……!」
「上等だ! なんせお嬢が戻ってきてくれたからな。殴りやすくしてくれて助かった!」
なるほど、リーシャは行動阻害系の魔法でライルを戦いやすくしてくれていたのだろう。
私のお母様のように戦術級の大魔法を使えなくても、攻撃系の魔法を使えなくても使い方次第では戦いようがある。
ただ当然、帝国兵もこういう場合『まずは魔法使いから潰せ』というセオリーに則ってリーシャを狙う。
それがリーシャを守る理由があるライルが、私の想定よりもダメージを受けている原因なのだろう。
色々と評価の方法はあるが、きっとそんな合理的なモノでライルはリーシャを守り続けていたわけではない。
理由はひとつだけだが、答え合わせはライルの言う通り眼前の諸々を処理してからでいい。
「お母さんはこれ飲んで! ライル、あたしも前に出るから気をつけて! あたし、ドラゴンの脚吹っ飛ばすくらい強いから!」
いつの間にか持っていたポーションをリーシャに投げ渡し、さすがに帝国兵相手なら先程のセットアップはしないぐらいには理性的のようで、アリアはそのまま斧を振り回す。
当たればどうなるかぐらいは想像できただろう。しかしその動きに躊躇というものは無かった。
一瞬だけ顔をしかめた後、アリアは次の帝国兵へと向かっていく。
いきなり戦場に乱入してきた、やけに装備が立派な幼子が、やすやすと鎧ごと胴を両断する。その光景は帝国兵にとっては理解不能なものだろう。
さて、私も軍師気取りをしている余裕は無い。実際に敵の数を目の当たりにすると、いかに帝国が本気なのかがわかる。
死者を含めてもその数は七十人ほど。自警団しかないような村を襲撃するには慎重すぎる戦力だ。想定を覆すようなイレギュラーが発生した点は相手の指揮官に同情する。
もっとも情報収集を徹底しなかったのは失点だが。私の偽装工作が通用するほど甘い世界ではないだろうが、これは内通者の質の問題だ。
金か地位かで買収した、諜報員としての術を持たない内通者なら情報の確度は荒くなる。
そして極論、リーシャという盤面をコントロール可能な戦力がほぼ無限のリソースと化したら……これは勝ち筋を見出すとなれば、直接の戦力ではないリーシャよりもライルを落とすか、確実に戦力を一撃で削ってくるようなやたら強い幼子――アリアを戦闘不能にする方向に舵を切るだろう。そこまで判断できてこその指揮官だ。
だがしかし帝国にとっての不幸はまだひとつ、戦力を計上していないことだ。
全員を守り切るだけの、バスティオン辺境伯バルドゥール以上の鉄壁がこちらにいる――もちろん防御に徹した場合の私のことだが。この盤面で守りつつも反撃するとなると、三人を守りきるだけの集中力はない。
火力はライルとアリアで十分、行動阻害もリーシャが行ってくれる。それならば私がやらなければならないことはシンプルだ。
これが最適解だとは思わない。後に振り返れば、いくらでも改善点は出てくるだろう。――それでも、今この瞬間に選べる手としては、これしかない
「――【城塞】【ハイパーアーマー】【エリア:レッドライン】」
対人戦ではなく、対軍用のスキルのセットアップを宣言する。
レッドドラゴンの攻撃をかすり傷に抑えた【城塞】は必須として、ダメージを受けても怯まない【ハイパーアーマー】、そして私が『味方』と判断したすべての人間を、私の命に代えてでも守るジョブ『ガーディアン』の最後のスキル。
今回の襲撃での私の目的はあくまでも防衛だ。殲滅が目的ではない。守りたいものを守るためならば、力の使い所を間違えてはならない。
ならば私はユーティリティプレイヤーではなく、ディフェンダーとして動くしかない。
「――グランドオーダー:ガーディアン」
私が私自身に課す意識の切り替えで、最も強い言葉を用いて宣言する。攻撃を一切捨て、ただ『盾』と機能するために。
――これより先は、攻撃は通らない




