第9話 師匠の太ももに甘やかされる
いつもの林で、俺はミアと合流した。
「昨日の様子を見た限りでは、破壊魔法の威力は十分だ。そこで今日は、魔力の制御について教えようと思う」
そう語るミアは、師匠として様になっていた。
「よ、よろしくお願いします!」
俺は背筋を正して、返事する。
「まずは暴走しないよう、自分の力を最低限理解することが必要だ」
「実際に破壊魔法を使って応用力を高めるのはその後……ってことだね」
「ああ。さっそくやってみようか……と言いたいところだが、ディオは魔法の基礎理論に関してどの程度把握している?」
「完全に独学だったから、詳しいことは何も……」
理論なんて知らない。
これまでは原作知識と感覚でやっていた。
「ふむ。ではまず、座学からだな」
ミアは布を取り出して地べたに敷き、座った。
「さあ、ディオも」
隣を手で促された。
妙に近い場所を指されている気がするが、本人がそうしろって言うならいいか。
俺はミアのすぐ隣に座る。
「まずは体内に循環する魔力を、意識的に感知できるようになろうか」
「魔力を、感じ取る……?」
「ああ。ディオも無意識的には、感じたことがあるはずだ。特に強力な魔法を使用する際であればな」
強力な魔法を使う時。
言われてみれば破壊魔法を使った際に、体内から何かが湧き上がるような熱を感じたことがある。
「あの熱さが……」
「それが魔力が熾る感覚だ」
「なるほど……」
「無際限に放出してしまうと暴走を引き起こして意識を失ったり、最悪の場合は死に至ることもある」
「……もしかして、昨日の俺ってけっこう危なかった?」
熱とは逆の感覚。
俺は今更ながら、冷や汗をかいた。
ミアはそんな俺を叱ったりはせず。
「自覚できたなら、一歩前進だな」
笑顔で褒めてくれた。
昨日から薄々思っていたけど……この魔王には、お姉さん属性があるらしい。
「それで……どうしたら自分の魔力を感じ取れるようになるの?」
「目を閉じて、自分の内側に意識を集中させるんだ」
何か、難しいことを言われた。
「例えば、瞑想するみたいな……?」
「その通りだ。ディオはよく瞑想なんて難しい言葉を知っているな。さすがは私の弟子だ」
お姉さん属性を持つミアは、ショタの俺をめちゃくちゃ甘やかしてくれる。
「いい師匠ができたおかげかもね」
「ははは。ディオは口も達者だな」
うーん。
ミアに師事を仰いで正解だった。
まだ何も上達していないのに、俺はそう思った。
「……」
やり方は聞いたので、とりあえずやってみる。
俺は瞑想のような感覚で、その場で両目を閉じた。
意識を自らの内側に、集中させる。
指先や髪の毛、つま先。
自分の身体にも意識を向ければ、それぞれの部位が確かにそこにあると感じ取れる。
息づかい、血の脈動。
普段は意識していなくても、生命活動のために必要なそれらも常に行っていると、改めて分かる。
もしかすると、魔力も同じなのかもしれない。
そう気づいた時。
俺は体内を巡る魔力の流動を、見つけることができた。
体の根幹を流れる、確かな温かい感覚。
「これが……俺の魔力?」
今までだって、魔法を使う際には無意識にやっていたことなのかもしれない。
「目を閉じて五分で感知できるなんて、ディオは天才かもしれないな」
目を開けると、優しく俺を見守るミアがいた。
「普通はもっと時間がかかるものなの……?」
「場合によっては数ヶ月を要する者もいるが……ディオに関しては、先に魔力を急激に熾した経験があったのが大きかったかもな」
「へえ……」
やはりディオは類い稀な魔法の才能の持ち主という原作の設定は、今の俺にも受け継がれているようだ。
「この才能を腐らせていたなんて、やはりあのゴドリーとかいう教師は……いや、ディオの前でする話ではないな」
「俺も同じ気持ちだよ。だからミアには、これからも俺の練習に付き合ってほしいんだ」
「ふふ。任せておけ」
実に頼もしくてかわいらしい師匠だ。
俺は年上の魔王に対して、そう思った。
○
「体内魔力を知覚できるようになったし、次の段階に移ろうか」
「次の段階ってことは……いよいよ実践?」
「ああ。体内魔力の循環を自覚するのは第一段階。必要なのは、その流れを無意識下で制御することだ」
「無意識下で、制御……?」
師匠が何やら難しいことを言っている。
「一流の魔法使いは、戦闘中など複雑な魔力行使と判断が求められる場面でも、常に自分の魔力を制御できているものなんだ」
「つまり俺も、そうできるようになれと」
「ああ。ディオは何か、属性魔法は使えるか?」
「一応、一通りは」
何気なく答えたら、ミアが目を丸くした。
「一通り……? もしかしてディオは、全ての属性の魔法を使えるのか?」
「まあ、知っている限りの属性は? 多分十二属性かな……」
「わ、私の弟子は天才かもしれないな……!」
もしかして、俺って魔王が驚愕するほどの才能の持ち主なのか?
「いろんな属性の魔法が使えるって、そんなにすごいことなの?」
「普通は複数の属性魔法が使えても、せいぜい二つか三つだ。一流でも十以上使える者はなかなかいない」
「でも、属性魔法ってイメージできれば使えるんじゃ?」
例えば水が流れる様子とか、火が燃える様子のような日常でも見られるような光景であれば、比較的容易に魔法で再現できそうだ。
「確かにイメージの具体化は魔法の基本だが、それでも人それぞれ適性があるからな。私でも、十二の属性魔法を全て使える者はディオ以外で二人しか知らない」
「二人だけ……」
魔王であるミアと、その親……とかそんなオチかもしれない。
「と、話が逸れてしまったな。どの属性でも構わないが、ディオの得意な魔法で試してみようか」
そうだった。
魔力制御のための実践って話だった。
「じゃあ、水魔法で試してみるよ」
使うのはアクア・ショット。
標的に向かって水の弾丸を撃ち出す汎用的な魔法だ。
いつものように感覚的に魔法を使うのとは少し違う。
自身に流れる魔力を掴み取り、制御する。
なるほど。
(今まで俺は、非効率的な魔力の使い方をしていたらしいな)
そう、理解した結果。
今までと同じ魔法。
今までと同じ魔力の使用量で。
今までの二倍の出力のアクア・ショットを撃つことができた。
「どうだった……!?」
俺はすぐにミアの方を見た。
「やはりディオは筋がいいな。かなり効率よく、魔力を使えていたぞ」
「きっといい師匠を持ったおかげだよ」
「ふふ。褒めても何も出ないぞ」
いえ、銀髪褐色美少女のスマイルだけで十分です。
なんて、浮かれていると。
「うん? どうした?」
ミアに不思議がられた。
「……もう少し、コツを掴めるまで続けてみるよ」
「そうだな。それがいい」
そうして俺が魔法のコントロールを繰り返し練習している間、ミアは見守ってくれていた。
○
太陽が空高く昇ってきた、お昼頃。
魔法の練習を続けていたら、腹が減ってきた。
というか、疲れてきた。
「そろそろ休憩にしようか。何か食べよう」
ミアは俺の疲れを察してくれたのか、そう切り出した。
「俺も昼ご飯を食べたいけど……手ぶらで屋敷を抜け出してきたから、昼飯がないんだ」
「……まさか、いつもそうなのか?」
「うん。おかげで少し痩せたような気がするよ」
怠惰で小太りだった俺にはちょうどいいダイエットになっているかもしれない。
「確かに、初めて屋敷で顔を合わせた時より少し細くなった気がするな」
「やっぱりそう見える?」
ミアに言われるとなんだか嬉しいな。
「見た目は引き締まっていいかもしれないが、健康には良くないぞ。魔力の行使は想像以上に消耗が激しいからな」
「つまり……今の状況は痩せたんじゃなくてやつれているってこと?」
「ああ。だからきちんと食事をして、栄養を補給する必要がある」
ミアはそう言って、どこからか四角いパンのような食べ物を取り出した。
「それは?」
「私の故郷でよく食べられている、携帯食料の「カロ」だ。見た目は質素だが味はそれなりで、必要な栄養素が備わっているから訓練のいいお供になるんだ」
ミアはそう言って、「カロ」なる食料を俺に手渡してきた。
カ○リーメイトみたいな見た目と手触りだ。
ミアの故郷って……魔界のことだよな。
気になった俺は、見た目だけでなく味や食感もカ○リーメイトにそっくりなカロを食べつつ。
「ミアの故郷って、どんな場所なの?」
直接聞いてみることにした。
原作で描かれている限りの情報は持っている。
しかしそれはあくまでゲームの設定だ。
本人から直接聞いて見たいと思った。
「私の故郷は、ここからもっと遠い場所で……ここよりも、寂しい土地だな」
ミアは漠然とそう語った。
さすがに、自分が魔界出身ですなんて言わないか。
魔界の者が人間界にいるなんて、本来はあり得ないことだ。
「……どうして故郷を離れて、ウィンターソン家で暮らしているの?」
「母が公爵家の親戚なんだ。その縁もあって、こちらのことについて見識を広めるために屋敷の一角を間借りさせてもらっている」
嘘ではないが、かなりぼかした答え。
ミアはやはり、出自について詳細を語るつもりはないらしい。
「正直、想像していたより得るものが少なかったから、帰ろうと思っていたのだがな……」
「もしかして、失望した?」
「そう感じたこともあったが……最近は考えが変わった」
ミアはそう言って、俺を見た。
「お前のおかげだよ、ディオ」
「俺のおかげ……?」
意外だ。
「ディオの変化は、私にとって非常に興味深い。ずっと見守っていきたい気持ちになるんだ」
「えっと、気に入ってもらえたなら何よりだよ」
「ああ。ディオは私のお気に入りだ」
俺はミアにとって、観察対象か何からしい。
まあ、将来魔王になったミアに捨て駒として利用されるよりは、断然いい。
だけど。
「……ミアはどうして、そこまで俺のことを気に入って、師匠として熱心に教えてくれるの?」
「おかしなことを聞くんだな。ディオが師匠になってほしいと頼んだんだろう?」
「我ながら難しいお願いをしたつもりだけど」
ミアの抱える裏の事情を知っているからこそ、どれだけ無茶を言っているか理解しているつもりだ。
「そうだな……ひょっとすると、私は年下が好みなのかもしれない」
「年下好き……なの?」
ミアなりのジョーク……だよな?
「あ、もちろん年下なら誰でもいいって話ではないぞ?」
ミアは聞いてもいないことについて弁明を始めた。
「じゃあ、俺の才能を買ってくれたってことだ」
「そんなところだな。さあ、食事の次は休息だ。少し横になれ」
「今、ここで?」
昼寝をするにしても、あまり気持ちよく眠れそうな環境だとは思えない。
「確かに、地べたを枕にするのは快適性に問題があるか……ほら」
ミアは納得した様子を見せると、自らの脚を示した。
「えっと……」
まさか膝枕してくれるのか?
「ん? どうした? さあ、遠慮するな」
ミアは当たり前のように促してくる。
「そういうことなら……お言葉に甘えて」
俺はミアの太ももを枕に、横になった。
「ふふ。寝る子は育つからな」
なんだろうこの、年下をかわいがることに慣れているような雰囲気は。
(魔王に弟や妹はいなかったよな?)
ゲームに登場する冷徹な魔王からは想像できない、温かな様子。
比喩とか抜きに、体温が伝わってくる。
(……年上美少女の太もも、最高だ)
俺がお姉さん属性あふれる膝枕を堪能していて。
とある思考がよぎった。
今だったら、お腹に顔を擦りつけて匂いを嗅いだりしても、寝相が悪い程度でごまかせるな。
ついでにいろんな場所を触ってやろう。
俺は寝返りを打って、ミアのお腹に顔を埋めつつ、手を太ももに伸ばした。
うーん、どこに触れても柔らかい。
しかも、女の子特有の甘くていいにおいがする。
「そう言えば初めて会った時も、挨拶のハグをするふりをして全身を擦りつけてきたな」
頭上からミアの声が聞こえてきて、俺は我に返った。
「えっ……あっ? ご、ごめん」
またしても、竿役モブのディオに思考を乗っ取られそうになった。
魔王にセクハラを働くとか、終わったなこれ。
俺は慌ててミアのお腹から離れようとするが、頭を撫でられて逃げられなかった。
「あの時は正直、こんな下品な生き物がいるのかと呆れたが……」
「うっ……」
「こうしていると、ディオもかわいげがあるな」
軽蔑されたかと思ったが、なぜか好意的な反応だった。
悪役モブのディオがかわいいとは。
ミアは変わった趣味をお持ちらしい。
「そういう師匠の方がかわいいと思うよ」
これは俺の本音だ。
セクハラ的な要素を抜きにして、ミアはかわいいと思う。
原作ではラスボスだが、ヒロインと遜色ないくらい美少女として描かれているし。
実在する本人は、原作の何倍もかわいい。
が、この流れで口にしたのは、失敗だったかもしれない。
「ディオは……そうやって若い女に手当たり次第、そういうことを言っているんだろう?」
やはり俺は、ミアからあまりかわいらしくない存在として認識されていた。
が、しかし。
原作の大ファンである俺には、譲れないものがある。
「間違いなく、これは俺の本心だよ」
「な、なっ……!? まったく……しばらく休んだら、また魔法の練習だからなっ」
これまた、かわいらしい反応が返ってきた。
こっそり視線を上げてのぞき見ると、珍しくミアが表情を崩していた。
こんな表情、前世や原作では絶対に見られなかった。
まさに至福の時だ。
そう思いながら、目を閉じると。
「……かわいいなんて、初めて言われたな」
そんな呟きが、頭上から聞こえてきた。
もしかして、もう俺が寝たと思っているのか?
本当にかわいい師匠だな、まったく。
まあ、大人びた雰囲気だし俺より年上だけど、まだ十五歳くらいだしな。
これくらいの方が年相応なのかもしれない。
(どうして、こんな女の子が人間を攻め滅ぼす魔王なんかになったんだろうな……)
実際のところ、ミアは人間をどう思っているのか。
聞いてみたいような、怖いような。
いずれにせよ。
今の俺が、ミアの弟子としてできることは。
俺が一人前になって成果を披露することだ。




