第10話 専属メイドがやたら懐いてきて、お姉さん師匠とお出かけすることになった
数日後の朝。
いつものごとく授業をサボって屋敷を抜け出そうと思い、自室で準備を整えていると。
「ディオ様、これどうぞ!」
リサリーがバスケットを手渡してくれた。
「これは?」
「今日のお昼ご飯です!」
外出は織り込み済み、といった準備の仕方だ。
「……いいの?」
俺が屋敷を抜け出す前提のお弁当だよな、これ。
「もちろんです! ディオ様は最近とても頑張っていらっしゃいますからね!」
「そうか……作ってくれた人には感謝しないとね」
「実は私が厨房の一角を間借りして準備させてもらいました!」
どやー。
リサリーがこれでもかというほどのドヤ顔で言った。
「そうだったのか……ありがとう、リサリー」
「ふふん。最近のディオ様は人知れず努力をした結果、魔法を上手に使いこなせるようになったとメイドの間で話題でしたからね。そのご褒美です」
「話題になっていたのか……」
ゴドリー子飼いの騎士を連日、水魔法で華麗にあしらう姿を屋敷中の人間に見せつけていたからな。
「(怠惰で無能だったはずの)ディオ坊ちゃまが魔法を使えるようになった」と騒がれるようになったんだろう。
「それにしても、先生の授業をサボ……積極的に自習をするようになった途端にこの成果ということは、ディオ様の言っていたことは本当に……って、口が過ぎましたね」
リサリーは「ゴドリーの授業は役に立たない」という俺の言葉を、少しずつ信じ始めている。
これはきっと他の者も同じだろう。
授業を受けていない俺が成長すればするほど、ゴドリーを見る公爵家の人間の目も、変わってくる。
「俺は全然気にしてないけど……ゴドリーの前では気をつけてね」
リサリーがゴドリーにいびられたりしたらかわいそうだ。
「ところでディオ様は最近、とても痩せましたね!」
気まずくなったのか、リサリーは話題を変えた。
「まあ、それはそうだね」
ミアから練習中に補給食をもらうようになった結果。
単に体重が落ちてやつれるだけでなく、かなり引き締まった体型に変わってきた。
ついこの間まで全身に脂肪がついて丸っこいガキだったのに、今やむしろ筋肉質な肉体へと変貌を遂げている。
「おかげでなんだか……ディオ様がかっこよくなった気がします。またハグしてくれてもいいですよ?」
リサリーは俺に熱っぽい視線を向けた。
「いや、女の子にべたべた触るのはよくないし」
「あのディオ様がらしくないことを言ってます……この前はぎゅーってしてくれたのに」
おや。
これはまさか、同年代のかわいい専属メイドとのフラグが……?
いや、落ち着け。
「リサリーこそ、メイドらしからぬことを言っているような?」
「そうかもしれません。私、今のディオ様が相手なら、どれだけ触られても嬉しいと思ってます!」
なんとか一線を引こうとする俺に対して、リサリーは無邪気かつ直球でアプローチしてくる。
向こうから積極的に来てくるなら遠慮なく——
(って、ここで調子に乗って手を出したりしたら、悪役モブで性欲お化けのディオのままだろ……)
俺は冷静になった。
余計なことを考えていると、また思考をディオに乗っ取られそうだ。
何より今は、「あのディオ坊ちゃまがいい方向に変わった」と印象づけるべき時期だからな。
「はは、頑張ってきてよかったよ」
俺は努めてクールに笑って流した。
「もう……ディオ様は将来有望そうですね、いろんな意味で」
「リサリーの気遣いには、本当に頭が上がらないよ」
「気遣いという意味では、私だけじゃありません」
リサリーは首を横に振った。
「え?」
「厨房を貸してくれた料理長や、執事さんとか……公爵家で働く人たちはほとんどが、ディオ様を応援していますよ」
リサリーのその言葉は、俺の心に染みた。
転生したと認識しないままディオとして生きてきた前世では、味わったことのない感覚だ。
「……みんなが前向きに捉えてくれて、嬉しいよ」
ゴドリーの授業をサボっていることよりも、俺の頑張りを評価して、後押ししてくれる。
「きっと皆さん、ウィンターソン家が……いえ。それだけじゃなくてディオ様のことが、なんだかんだでお好きなんですよ」
前世のディオは、誰からも好かれていなかった。
それは、ディオの積み上げてきた所業の数々に対する結果なのだろう。
今はそんな状況から、少しずつだが変わり始めているんじゃないだろうか。
セクハラ大好きで怠惰で最低最悪な馬鹿息子からの脱却。
俺の掲げた目標に対して、進捗は順調だ。
「じゃあ、行ってくる」
「はい! いってらっしゃいませ、ディオ様!」
リサリーに見送られながら、俺は今日も屋敷を抜け出した。
○
林の中のいつもの場所でミアと合流した。
「そろそろ、固有魔法の練習に取りかかろうか」
ミアは開口一番、そう言った。
「意外と早いな」
「ディオの上達が予想より早かったからな」
「師匠の腕がいいと、弟子もすくすく育つんだ」
何より、美少女のお姉さんに褒められまくるからモチベーションが常に最高潮だ。
「まったく、私を褒めても何も出ないぞ……?」
師匠のご機嫌な表情をお目にかかれるだけで十分だ。
○
「さて。ディオは固有魔法についてはある程度把握していたな」
落ち着いてから、ミアは師匠らしく授業を始めた。
「うん。その人にしか使えなくて、概念的であるほど強い……だったよね」
「ああ。例えば私のこれも固有魔法だ」
ミアは実例を見せてくれた。
と言っても、いつも通りどこからともなくカロを取り出しただけだが。
そう、どこからともなく。
いつも不思議に思っていたけど。
「それってやっぱり、魔法だったんだ」
「これは空間魔法の応用だ。ここではない異空間に、様々な物資を収納している」
ミアは解説しつつ、敷き布やティーポット、分厚い書物など、取り出しては片付けて見せた。
「便利だ……けど、手の内を明かしてもいいの?」
「一から十まで教えたら弱点が露見する可能性はあるが、多少は問題ない。それに見られたところで、真似できないだろう?」
「それが固有魔法の特徴であり、強みでもあるってことか……」
俺は納得した。
「相変わらず、ディオは理解が早いな」
ミアも相変わらず、俺を褒めて伸ばそうとしてくる。
もしかすると、自らの固有魔法を開示してもいいと思えるくらい、弟子として信頼されている……とか。
(だとしたら嬉しいな……)
なんてことを考えている間に、実践練習だ。
俺は自身の持つ固有魔法、破壊魔法を使ってみることになった。
標的は、折れて極太の丸太みたいに転がっている巨木のなれの果てだ。
まあ、折れているというか、俺が以前折ったんだけど。
ともあれ、久々に破壊魔法を使ってみた結果。
「いきなり成功した……」
特に暴走することもなく、巨大な丸太を跡形もなく消し去った。
本当に、存在が消滅するレベルで、破壊された。
「これは……すさまじい威力だな」
ミアも感嘆するほどの魔法だったらしい。
「なんて言うか……この前はうまく抑えきれなかった魔力を、今回は手に取るように制御できたんだ」
「そうか……訓練のおかげだな」
「だけどやっぱり、破壊魔法は魔力の消費が多過ぎるみたいだ……」
今の一発で、ものすごく疲れた。
そして、腹が減った。
人間とは、魔力を消耗したら腹が空く生き物らしい。
「では、休憩と食事だな」
「さっき練習を始めたばかりなのに、いいの?」
「魔力がなければどうしようもないだろう」
全くもって正論だ。
リサリーから渡されたバスケットには、サンドイッチが入っていた。
そのサンドイッチを、ミアと美味しくいただきながら。
「未熟な子供の時期は、魔法を限界まで使った後、十分な休息をすることで魔力の上限が伸びていくんだ」
「なるほど……だから魔力が回復しているような感覚が」
俺はミアの教えに納得していたが。
「そんなに早くはないはずだが……いや。でも本当に魔力が回復して、上限も増えているな?」
ミアは不思議がっていた。
「これも特殊体質か……?」
原作のディオは、とてつもない才能を持て余していたらしい。
「つくづくおかしな奴だ……」
「なんにせよ、これならもう少し練習できそうだね」
魔力が回復したから、また破壊魔法が使える。
そう思ったのだが。
「いや、無理はするな。まだ一度成功しただけだろう?」
「でも……」
「でもじゃない。教えを乞うのなら、師の言うことに従え」
「はい……」
ミアの言うことはもっともだった。
ここは師匠に従おう。
だけど、まだ昼だ。
「屋敷に帰るには、早すぎるんだよな……」
どうしよう。
早く帰ったら、ゴドリーと無駄な時間を過ごさなければならない。
「ふむ……そういうことなら、私と一緒に出かけるか?」
ミアがそんな提案をしてきた。
出かける。
つまりデートってことか?
美少女でお姉さんで俺を甘やかしてくれる師匠と?
それは……最高だな。




