第11話 魔王とデートをしていたら
というわけで、ミアと出かけることになった。
やってきたのは、屋敷近くの街だ。
領都ウィンターホルム。
ウィンターソン家が治める領内で、最も栄えている都市だ。
実は俺がちゃんと街に出たのは初めてだ。
それは、前世でも今世で記憶を思い出す前も含めての話だ。
原作でも、物語の中心は王都や別の地域なので、あまり描かれていない。
(そういう意味では、楽しみだな……)
ウィンターホルムは言ってみれば公爵家のお膝元。
それなのに、ほとんど出歩いたことがない。
ディオはいつも屋敷で偉そうにして過ごしていたからな。
怠惰なので自分から外に出向きたいと思う性格ではなかった。
何か欲しいものがあれば誰かが買いに行くか、商人の方からやってくる。
一方のミアはというと。
「さあ、こっちだ」
勝手知ったる様子で、領都の賑やかな大通りを歩いていた。
「う、うん」
「はぐれないように、私の手を握っているんだぞ」
俺が迷子にならないように、しっかりと手を繋いで。
「ミアって、ウィンターソン家の屋敷で暮らすようになってから、まだ数週間だよね」
「その通りだが、それがどうかしたのか?」
「その割には、ウィンターホルムについて詳しそうに見えたからさ」
俺の言葉に、ミアは空いている手を口元に当てて少し考える素振りを見せてから。
「あの時、なぜあの林で私がディオのいる場所に駆けつけることができたと思う?」
あの時、とは俺が破壊魔法をはじめて使って倒れた日の話だろう。
「破壊魔法の影響で多大な魔力を感じ取ったから? あとは目立つ巨木が大きな音を立てて折れたから?」
思いついたことを、俺は口にする。
「それもあるが……日頃から屋敷の外を出歩いていたからこそ、すぐに魔力を感知した場所に向かうことができたんだ」
「つまり、日頃から屋敷を抜け出して周辺を散策していたの?」
「まあ、そんなところだ」
「でも……なんのために?」
公爵家は魔界に対する門番であり、人間界の守護者のような存在だ。
その領地を散策するなんて……まさか敵情視察じゃないよな?
「うん? 前にも言っただろう。この辺りの人々の暮らしぶりを見て、学んでいるんだ」
ミアの言葉に、嘘はないように見えた。
むしろ何か、確かな理念を抱いているような。
穏やかな顔をしていた。
「それで……どこに行くの?」
「まずは買い出しだな。いい出店を知っているんだ」
出店。
思いつくのは、食べ物とか。
さっきサンドイッチを食べたばかりだけど、足りなかったのか?
ちなみに俺は元々大食いなので、その気になればまだまだ食べられる。
(屋敷ではお淑やかな雰囲気だけど……こうして街を散策している姿を見ると、意外とおてんばだな)
ミアは魔王であると同時に、先代魔王の娘でもある。
つまりはお姫様みたいな存在だと思っていたけど、なんだか意外だ。
そんなことを思いながら、俺はミアと一緒に歩く。
ウィンターホルムは王国北部の最大の都市だ。
北部経済の中心地でもあり、人口も多く栄えている。
北の都、なんて別名が存在するほどだ。
多くのヒトとモノ、そしてカネが集まる。
ウィンターソン家に連なる諸侯、商人、労働者。
北部は魔界と国境を接しており、魔物が頻繁に出現するため、傭兵も多く集まる。
おかげで、どこへ行っても人が多い。
俺はミアを見失わないように、しっかりと手を握り返した。
○
ミアに同行した先でたどり着いたのは、屋台が多く並ぶエリアだった。
その中で、ミアは肉の焼き串の屋台に足を向ける。
「おお、お嬢ちゃん。また来たのか」
筋骨隆々とした男性の店主が、朗らかに迎えてくれた。
店主の反応からして、ミアは何度かこの屋台を訪れたことがあるらしい。
「私たちが食べる分を二本。それとは別で、袋に入れて十五本頼む」
「あいよ!」
ミアが代金を渡すと、店主は肉を焼き始めた。
「そんなに買うの? まさか自分で食べるわけじゃ……ないよね?」
「当然、人に持っていく分だ」
人に持っていく。
ということはこの後どこかに行く予定があるんだろうか。
「ほい、まずは二本ね!」
会話している間に、店主が出来上がった串焼きを差し出してきた。
俺の身長だと、届かない。
ミアが代わりに受け取って、手渡してくれた。
「ディオの口に合うかは分からないが、私のおすすめだ」
「そうなんだ……」
「良い草をたくさん食べているのか、この肉には私の故郷のそれと比べて段違いに脂が乗っている」
「へえ……ミアって美食家だったんだ」
「人間界の……この辺りの食事は実に美味だ」
ミアはやけに饒舌だった。
(魔界の食糧事情は厳しいみたいだな……)
確か原作の設定では、人間界と比べると魔界は色々と生きるのに厳しい土地柄だったな。
この地は大陸に近い島国だ。
人間が主要な種族で、島の大半を人間の領域が占めている。
しかし島の一部と、隣の島には異種族が多く住み、魔界と称される。
そこに暮らす様々な種族を束ねるのが悪魔族であり、その頂点が魔王だ。
などと、俺が原作の世界観を思い返していると。
「どうした。食べないのか?」
「あ、いや。いただきます」
俺は改めて、受け取った串を見る。
随分と庶民的な食事だけど、おいしそうだ。
この手のジャンクフードみたいな料理は、この世界に転生してから食べたことがなかった。
さっそく、一口食べてみる。
「……うまい」
濃厚な味付けのタレは、屋敷で出てくるお上品な料理とは違った良さがある。
何の肉かはわからない。
けど原作通りであればこの世界にも前世と同じような動物はいたはずだ。
羊か何かの肉みたいだな。
そうして俺が、串焼きを堪能していると。
「さあ、冷める前に次の目的地に向かおうか。串は食べながらでも歩けるのが効率的だ」
ミアは心なしか得意げに、そう言った。
○
食べ歩きながらやってきたのは、通り沿いから少し外れた場所にある孤児院だった。
「あ、ミアお姉ちゃんだ!」
待ち受けていたのは、十数名の子供たち。
みんな、俺より年下だ。
「やあ。今日も差し入れを持ってきたぞ」
ミアが大量購入した串焼きは、孤児院の子供たちへの差し入れだったらしい。
(小さい子だったら、甘いお菓子とかの方が喜ぶんじゃ……?)
なんて思ったが、子供たちは我先にと串焼きをミアの持つ袋から取り出して、かぶりついていた。
「いつもありがとうございます。本当に、どうお礼をしたらいいか……」
子供たちが串焼きに夢中になる中、優しそうな雰囲気の、杖を突いたおばあさんがやってきた。
「院長……お礼なんていいんだ。私が好きでやっていることだからな」
ミアは首を横に振った。
おばあさんは孤児院の院長らしい。
なるほど。
ミアは日頃、屋敷を抜け出して慈善活動をしていたらしい。
「最近ここに来たばかりなのに、ミアはすごいな……」
本当に、原作の魔王とは真逆の……女神みたいな存在だ。
なんて、俺が感心していると。
「この付近には、散発する魔物や異種族の襲来によって親を亡くした子供が一定数いるんだ」
ぽん、と頭の上にミアの手が置かれた。
「それで孤児に……」
「あの子たちの親はウィンターホルムの外で暮らしていた農民や、魔物と戦って命を落とした兵士や傭兵だったのです」
おばあさんは、優しい声色で説明してくれた。
「……」
この地を治める公爵家の息子なのに、全然知らなかった。
原作の設定でも、本編のシナリオで大きく関わらない部分の世界観については、ここまで詳細には描かれていない。
だが、話を聞いて。
実際に子供たちの様子を見て。
俺は実感した。
(ここはゲームの世界じゃない……現実なんだ)
俺はふと、ミアを見上げる。
子供たちを見守るその目はどこか寂しそうに感じた。
(そうか……あの子たちの親の命を奪ったのは、魔界の存在か)
魔物も異種族も、本来は魔界が生息域だ。
そのはずなのに、境界を越えて人間の領域を荒らしている。
(ミアは魔界の主として、責任を感じているのかもな……)
きっと、この姿こそが。
人間に対して慈しみを覚えるような人柄こそが、ミアの本来の性格なんだろう。
(だとしたら、俺がすべきことは——)
そこまで考えた時。
「そう言えば、マリーはどうした?」
ミアがおばあさんに尋ねた。
「実は朝食後に遊びに行ったきり、戻ってきていないのです」
「それは……問題ないのか?」
「好奇心旺盛な子供ですから、こういうことはたまにあるのですが……それにしても今日は少し遅いですね。探しに行きたいところですが、生憎この脚ですから……」
おばあさんは左足をさすった。
足が悪いし、他の子たちの面倒を見る必要がある。
どうやら一人でこの孤児院を運営しているようだし。
気軽に探しに行けないってことか。
「あの子は確か他の子より魔力が強いからな……私が探してみよう」
ミアはそう言って、その場で目を閉じた。
そしてすぐ、ピクリと眉を動かした。
「ん……?」
「どうしたの?」
「マリーの魔力を、おかしな場所から感じる」
俺の問いに、ミアは答える。
が、余計に分からない。
「おかしな場所って……?」
「この街の中ではあるが、孤児院から少し離れた場所の、下の方……どうやら地下にいるらしい」
「地下……?」
ウィンターホルムに地下街や下水道がある、なんて話は、少なくとも設定資料にはなかった。
「マリー以外にも魔力の気配があるな……数十人、しかも人間以外の気配も感じる」
「なんだか、きな臭いね」
どうやらミアも、俺と同じ気持ちのようだった。
「……私が確かめてくる」
「だったら……俺も行くよ!」
俺はとっさに、そう主張した。
「しかし……ほぼ間違いなく、危ないぞ」
ミアの考えは恐らく当たっている。
「俺もそんな予感はしているよ」
ゲームで言うならバッドイベントの匂いが、嫌というほど漂っている。
行った先で悪人や敵、あるいは危険と遭遇するのはほぼ確実だ。
「分かっているなら、私に任せてディオは待っているんだ」
ミアほどの実力者であれば、何が待ち受けていようが一人で対処できそうだ。
が、そんな場所に一人で行かせて、万が一のことがあったら。
ろくでもない事態が起きてしまいそうだ。
例えば、闇落ちして悪い魔王になるとか。
「俺だって多少は魔法が使えるから、足手まといにはならないよ。人手は多い方に越したことがないでしょ?」
俺はミアに頼み込んだ。
「……ではついてこい。ただし、私の指示には必ず従うんだぞ」
「分かってるよ。師匠の言うことは絶対だからね」
俺の答えに、ミアは微笑んだ。
それにしても。
自ら危険と感じる場所に飛び込むなんて、平穏な暮らしを手に入れるのとは真逆の行動を取っているな。
けど、俺は自分の欲や保身のためだけに動く悪役じゃない。
この世界で真っ当に、公爵家の息子であるディオ・ウィンターソンとして生きるのであれば。
きっと、これが正しい行動だ。




