第12話 実戦と口づけ 1
当代のウィンターソン公爵……ディオの父は文武に秀でており、民の心を重んじる優秀な統治者だ。
おかげでウィンターホルムは全体的に治安がいい。
はずだが。
通りを外れて奥まったエリアまでやってきたら、薄暗くて人気がない。
同じ街とは思えないほど、鬱屈とした雰囲気が漂う狭い路地を、俺はミアと歩く。
「ここだな」
路地を抜けた先、小屋の前でミアは足を止めた。
寂れた雰囲気のようで、扉や壁の造りはよく見るとしっかりしている。
「鍵がかかっている……か」
ミアが扉に手を掛けるが、動かない。
続けてノックをしてみるが、返事はなかった。
「留守かな?」
「いや、中に気配がする。武器を持った男が二人だな」
どうしてミアは、見てもいないのに小屋の中の状況が分かるんだ。
「どうする——」
俺がそう、問いかけた時には。
ミアはもう動いていた。
「失礼する」
ミアは一応そんなことを呟きつつ、扉を空間魔法で消し飛ばして、小屋の中に足を踏み入れた。
俺もその後に続く。
屋内は、普通の民家のように見える。
中では、傭兵のような二人組の男がテーブルを囲んでカードゲームに興じていた。
どちらも腰には剣を携えている。
なるほど。
ただの民家にしては胡散臭いな。
「あ?」
「なんだお前ら——」
突然の来訪者に、男たちが面食らっている間に。
「そこで寝ていろ」
ミアは一瞬にして、男たちを昏倒させた。
何かしらの魔法……だよな。
「……ずいぶん荒っぽいね」
「説得している余裕など、なさそうだからな。想像していたより状況が悪い」
そう言うミアは、険しい表情で床を観察していた。
「おそらく、この辺りだな」
ミアは床の木板を、蹴破った。
そこはただの床ではなかった。
「これって……!」
床の裏には、地下へと続く階段が隠されていた。
どうやら本当に、この奥に行方の分からなくなった孤児がいるらしい。
それにしても。
(手際がいいな……)
小屋を発見して突入、見張りの鎮圧から隠し階段を探し当てるまで。
実に手慣れた様子で、ミアはこなしている。
優しいお姉さんにしか見えていなかったミアだが、やはり魔王らしく戦闘経験は豊富らしい。
「ディオ。改めて言っておくが、ここからはもっと危険だ」
「そうだよね……」
「それでも、一緒に来るか?」
ミアは俺を心配してくれている。
それでも、同行する選択肢を残してくれるのは。
俺への信頼なのか。
それとも、俺がいても守りながら問題なく立ち回れるという、ミアの自信なのか。
いずれにせよ。
「今になって怖じ気づいたりはしないよ」
「覚悟があるならいい。私から離れるな」
「うん。足手まといにはならないようにするよ」
「その意気だ。ディオは圧倒的に経験が不足しているが……その点、今回はいい機会だろう」
ミアは俺に優しく微笑みかけてくれた。
○
俺とミアは地下へと続く階段を降りた。
まず感じたのは、異臭。
そして、聞こえてきたうめき声。
地下には通路のような空間が続いており、その両脇には牢があった。
「な、なんだこれ……」
それぞれの牢には、異種族や人間の子供が何人も拘束されている。
暗くてはっきりとは見えないが、誰もが衰弱して、傷ついている。
おぞましく、劣悪な環境だ。
「まったく、不愉快な場所だ」
ミアの声は感情を抑えていたが、それでも怒りの色がにじみ出ていた。
「まさか……人身売買とか?」
確かこの世界で人身売買は違法であり、発覚した場合は厳罰に処されるはずだ。
「それにしては状態が悪い……何か別の目的がありそうだ」
「別の目的って……?」
「定かではないが、この先から強い気配を感じる。この者たちを攫ってきた奴がいるようだ」
ミアは通路の先を見据えていた。
○
ミアの気配遮断魔法によって他者から存在を感知されないようにした状態で、俺たちは通路の先へと進んだ。
これもミアの固有魔法なんだろうか……?
疑問に思いながら歩いていると。
「……止まれ」
ミアが無言のまま、手で俺の歩みを制した。
通路を抜けた先には、研究室のような空間があった。
暗がりから、様子を窺う。
研究室の方は明かりが灯されており、そこにいる人物の数と姿が見えた。
計三名。
フード付きローブを被った白装束の人物が一名。
そしてみるからに人間ではない異種族の男が、二名。
似た種族を、俺は原作をプレイしていた時に見たことがある。
一人は龍人族、もう一人は蜥蜴族だ。
「龍人族がなぜウィンターホルムに……」
ミアが訝しむのも当然だ。
一部の友好的な種族を除けば、異種族は人間界で活動していない。
それでも、ミアのような悪魔族はほとんど人間と変わらない外見だから、溶け込めるかもしれない。
しかし龍人族や蜥蜴族はその名の通り、歩く爬虫類のような見た目をしている。
人間界では、恐怖の対象だ。
人間の領域に本来いるはずのない屈強な異種族の男たちと、怪しげな白装束の人物。
明らかに、非合法の何かが行われている。
(何をしているんだ……?)
もう少し、様子を窺う。
彼らは、石机のような物を挟んで立っている。
「さあ。そろそろ始めよう」
白装束が、言葉を発した。
男か女かも分からない、神秘的な声。
異質な存在、というのが第一印象だった。
「おう、分かった」
龍人族の男は、白装束に対等な態度で接しているようだ。
「おい、検体を持ってこい!」
「へい」
蜥蜴族は顎で使われており、立場が低そうだ。
(あれは机というより、実験台なのか?)
蜥蜴族が、実験台の上に子供を運んだ。
女の子だ。
拘束されていて、意識はなさそうに見える。
「……あそこに寝かされているのがマリーだ」
ミアは俺にだけ聞こえる声で、助けに来た女の子の名前を口にした。
「どうする……?」
「下手に動いて人質にされても厄介だ、ここは慎重に動くぞ」
ミアはそう言いながら、いつでも仕掛けられるよう身構えていた。
「なあ旦那。毎度毎度、これは何をやっているんだ? 代価……とか言っていたよな」
龍人が、白装束に話を聞く。
「気にするな。お前たちはただ、此方の指定する検体をこの場で捧げれば良い」
「ハッ、相変わらずいけ好かねえ奴だが……」
「その行動は結果的に自らの目的にも沿っていると、お前は理解しているだろう?」
「言っていることは間違いじゃねえのが、余計に気に入らねえ」
苛立つ龍人の前でも、白装束は淡々と接している。
「理解しているのであれば、私情は捨てて目的のために動くのだな」
「分かってるさ。俺だって現状には満足していない。他の種族ならまだしも、よそ者の悪魔族が上に立つなんて納得できるわけがないからな」
龍人は、何か愚痴をこぼしていた。
「では今、その鬱憤を晴らすといい」
「あ?」
「そこに侵入者だ」
白装束はこちらを指し示した。
「え……!?」
気配遮断の魔法を使用していたのに、存在が露見していた。
「……!」
驚く俺の横にいたミアの姿が、消えていた。
鋭利な気配と、突風を肌で感じた、その直後。
「貴様、何者だ!」
ミアは瞬時に、白装束に接近していた。
手にはいつの間にか剣が握られていて、既に振り下ろされていた。
間違いなく捉えた。
しかしそう見えた刃は、白装束をすり抜けた。
まるで、その場には何も存在しないかのように。
「まだ若いのに、血筋かな。さすがの殺気だ」
白装束から発せられる、人間味の感じられない抑揚のない声。
「何が……!?」
手応えのなさに、ミアは困惑している。
「まさか、お前は……!」
その横で龍人は目を見開いていた。
「手駒を用意する必要がありそうだ」
白装束は実験台に横たわる女の子、マリーに手を伸ばした。
不穏な気配。
「……何をする気だ」
ミアはとっさにマリーを抱きかかえて守り、距離を取った。
「ふむ。荷物を抱えてもらった方が、こちらには好都合か」
白装束が手を振りかざすと、部屋の奥の暗がりから、ガシャリと金属音が鳴った。
その音が、何かが……牢が開いた時のそれだと気づいた時には。
「グオオオオ!!」
屈強な肉体を持つ、人型のモンスターが現れた。
戦闘用の強化オークだ。
原作で、見たことがある。そこそこ強いモブだ。
数は十体。
ミアを取り囲むようにして、強化オークが襲いかかる。
ミアはマリーを抱えているから、片手が塞がっている。
それでもモブのオーク程度はあしらえるだろう。
が、それ以上の余裕はない。
その隙を、白装束は意図的に作り出していた。
「この場は任せるぞ」
白装束は龍人に一言告げると、霧散するように消えた。
本当に、そう表現するしかない。
どんな手品を使ったのか。
それどころか、実体がその場にあったのかすら、分からなかった。
「逃げられた……!?」
その事実を認識している間にも、ミアは強化オークとの戦闘に突入していた。
もっとも、ミアが苦戦する相手ではない。
俊足の剣技で、まずは一体仕留めようとするが。
「そいつらは、攫ってきた連中を混ぜ合わせて造ったんだ」
龍人の言葉で、ミアの剣が鈍った。
「造った……だと?」
「ああ。被検体九人から魔力を抜き取って、優秀な一人に全てを注ぎ込むことで、その化け物が造り出されるんだ」
まさかあの強化オークは、あの牢屋にいた、拉致された人々のなれの果てなのか?
一人に九人の魔力を注ぎ込む。
その言葉が本当なら、オーク一体につき、被害者十人の命が使われている。
「お前たちはなんということを……!」
「被検体は魔力を持った人間の子供もいるが……半数は、お前がやたら庇いたがっていた魔界の雑魚種族どもだ」
「魔界からも、拉致しているのか……?」
ミアが剣を握る腕が、だらりと下がった。
魔界の異種族は、魔王であるミアの民だ。
その民が、ろくでもない人体実験に侵されている。
「さて。お前の大好きなか弱い者たちを、他でもないお前自身の手で殺すなんて……できるのか?」
ミアを煽るような、下卑た笑いを、龍人は浮かべる。
「……」
ミアは答えない。
静かだ。
オークが包囲したまま、ミアにゆっくりと近づく。
このままではミアが危険だ。
優しい性格を考えると、例え異形と化していても、本来自分が守るべきだった魔界の民を斬ることなんて、できないのでは。
しかし、俺の立つ位置から見えたミアの表情は。
悲しみではなく怒りに満ちていると、俺には分かった。
「……せめて苦痛は一瞬で、安らかに眠れ」
ミアの呟きと同時。
十体のオークは、細切れに刻まれた。
「ハハハ! 博愛主義者気取りのお前も、結局自分の命が大事ってわけだ!」
ミアが無抵抗にオークに殺されようが、逆にオークを斬る展開になろうが、あいつにとってはどちらでも良かったらしい。
「……」
ミアはその言葉を、否定も肯定もしなかった。
あいつが事実を伝えた目的は、ミアの尊厳を傷つけること。
ただ、それだけだ。
(どうしてあいつは、ミアにそんな真似を……!)
許せない。
本来のミアは心優しい女の子なのに。
その憤りが、これまで状況に混乱していた俺を奮い立たせた。
暗がりから一歩前に出て、姿をさらす。
「ディオ、出てきたのか」
優しげで、しかしどこか無理をしているような、ミアの声。
「ミア。俺にも手伝わせてほしい」
「頼もしいな。では、あちらの蜥蜴族はディオがやってみせろ」
ミアが指したのは、剣を構えつつもどこか及び腰に見える、蜥蜴族の男だった。




