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第13話 実戦と口づけ 2

「ミア。俺にも手伝わせてほしい」

「頼もしいな。では、あちらの蜥蜴族はディオがやってみせろ」


 ミアが指したのは、剣を構えつつもどこか及び腰に見える、蜥蜴族の男だった。

 

「やってみせろって……」

「初めての実戦練習だ、うっかり殺してしまっても構わないから……加減はするなよ。こいつの方が色々知っていそうだから、生け捕りはこっちだ」

「わ、分かった……!」

「あまり気負うな。危なくなったらちゃんと、私が師匠として手を貸すからな」


 ミアは俺を気遣ってくれる。

 が、それは裏を返せば。


 相対する二人の敵にとっては、ミアにとてつもなく侮られている証拠だ。

 自分は子供のお守りをしながらでも。

 弟子の面倒を見てやりながらでも。

 お前たちを容易に御することができる、と。


 そして、その強さを彼らも本能的に理解しているからこそ、会話中に不意を突こうともしないのだ。

 しかし、その事実すら、龍人の逆鱗に触れた。


「混血風情が、龍人族の俺に対して偉そうな口を聞くんじゃねえ! 先代の子と言えど、半分は人間の血が混じった女だろうが!」


 龍人は腰の剣を抜いた。


「お前のような屑に、私の出自を侮辱される筋合いはない」 

「ガキのくせに説教か? 親が偉いからって何を勘違いしてやがる! 誰の子供だろうが関係ない。魔界じゃ力こそが全てだ!」


 龍人は力任せにミアに襲いかかった。


 が、その攻撃は全く通らなかった。

 掠めもしない。

 一定の距離まで刃がミアに近づくと、何かに弾かれる。


「な、何が起きてやがる……!?」

「これは私が自然と体外に放出する魔力に質量を持たせて盾にしたものだ」


 魔力の盾。

 ミアはその説明を、目の前で戸惑う、彼女にとって取るに足らない相手ではなく、俺に向けて語る。


「それも固有魔法……なの?」

「いや。本来は無駄になっている魔力の応用しただけで、魔法ですらない」


 圧倒的な実力差。

 龍人がどれだけ強いのかは分からないが、ミアに対してなす術がないのは、一目瞭然だった。


「さあ。私はここで見ているから、ディオもやってみろ」


 自分の余裕を見せつけることで、ミアは俺が安心して初の実戦に臨めるように計らってくれたようだ。


 俺は師匠の愛を感じつつ、蜥蜴族の男と対峙する。


 見た目の印象だけなら、龍人よりは弱そうだ。

 実際、原作の設定でも蜥蜴族はあまり戦闘に長けた種族ではなかった。


「ったく、オレの相手がガキって、舐められすぎだろ!」


 蜥蜴族の男は口先ではそう言いつつも、明らかに威勢が良くなっていた。

 ひとまずミアと戦わずに済んだからだろうな。

 要するに、俺はただの子供だと侮られている。


(その認識は間違ってはいないけどな……!)


 相手の力量は関係ない。

 重要なのは本物の殺気を放ちながら俺に迫ってくるという事実だ。


(雑魚だろうとなんだろうと、普通に怖いんだが……!?)


 殺意を持った相手と戦うという初めての出来事を前に、俺は気圧されつつあった。


(いや、でも……!)


 俺にはミアがついてくれている。

 優しくてお姉さん属性の師匠が、見守ってくれている。


 そのありがたさを噛みしめていると、冷静になれた。


 相手は俺がガキだからと油断している。

 不意打ちは簡単だ。


「アクア・ショット!」


 俺は襲いかかる蜥蜴族に水魔法を放った。


「魔法を使えるのか!? しかも詠唱から射出までが速い……!」


 かろうじて避けられた。

 が、攻撃の手を阻むことはできた。


 俺は頭をフル回転させて、次の手を考える。


 破壊魔法を使えば確実に殺せる。


 しかしその度胸はない。

 今日は既に一度練習で使ったから、余力もない。


 それに。

 生け捕りの方が、何かしら情報が手に入るかもしれない。

 俺はそう、自分に言い聞かせた。


「高速のアクア・ショットが使えようと、ガキはガキだ! 距離を詰めちまえば……!」


 蜥蜴族の男は、俺に向かって突進してきた。


 どうやら向こうは、俺のことを「アクア・ショット」を人より高速で撃てる子供だと認識したらしい。


 正直、自分の魔法の発射速度なんて意識したことがなかった。

 だから実際に速いのかは知らないが、蜥蜴族の男は初弾を回避した。  

 つまりその程度だ。


 アクア・ショットが来ると分かっていれば、より確実に回避しながら攻撃することができると踏んだのだろう。

 その判断の下で、体格差を活かせる間合いに持ち込もうと、正面から突っ込んでくる。


(悪くない判断だな)


 もし俺が、「アクア・ショット」しか使えないのであれば、の話だが。


「ハイドロ・プリズン」


 ハイドロ。

 水の上級魔法が冠する名だ。

 中でもハイドロ・プリズンは、水の牢獄を作り出して標的を閉じ込める魔法だ。


 この魔法で最も難しいのが水を出現させる座標の制御で、下手をすると狙いと全然違う場所を水浸しにしてしまうだけで終わる。


 しかし、正確にコントロールすることができれば。

 水圧によって動きを完全に封じる牢獄に、敵の全身を閉じ込めることができる。


「これで任務完了ってところかな」


 俺は安堵の息を吐いた。

 蜥蜴族の男は、水の牢獄に閉じ込められて、宙に浮いている。

 意識を失ったようなので、顔を覆っていた水は解除した。

 命まで奪うつもりはない。


「見事だったぞディオ。それにしても、上級魔法まで使えるとは驚いた」


 ミアが拍手で俺の初陣を称えてくれた。


「うまくいって良かったよ」


 ミアに褒められると、嬉しくなる。

 俺は口元に笑みをこぼしつつ、ミアの方を見て。


「そっちの状況は……すごいことになってるね」  


 ミアは龍人を完封していた。

 何もしていないどころか、俺に助言までしていたのに、だ。

 

 龍人はミアが触れてもいないのに、地に膝をついて屈している。

 見えない何かで、上から圧迫されている様子だ。


 それでも色々と抵抗を試みたらしい。

 いつの間にか研究が荒れていた。

 棚に置かれていた薬瓶が割れて破片が散乱し、液体が床にこぼれている。


(何があったんだ……?)


 分からないが、既に勝敗は決していた。


「さて。ディオの方が終わったし、次は私の番だな」


 ミアは龍人を見下ろした。


「そろそろ、お前の流儀に答えてやろう」

「俺の流儀だと……?」

「弱者をいたぶる。私の趣味ではないが、恨むならお前自身の弱さを恨め」

「ふざけやが——あああっ!?」


 激高しようとした龍人族の両腕を、ミアが瞬時に切り落とした。

 そう俺が理解したのは、その腕が床に転がった時だった。


「今ので意識を失わないとは、頑丈だな。まあ、龍人族なら四肢をもぐ程度なら耐えられるか?」

「は……お優しい姫様らしくない、発想だな……」


 龍人はこの期に及んで、軽口を叩いてみせたが。


「生憎、今日の私は苛立っている」


 ミアは言葉の割には淡々と、眼前で冷や汗を流す獲物の両脚を、切り落とした。


 そして仕上げに、四肢を切り落とされて宙に浮いた瞬間の龍人の胴体を蹴り飛ばした。

 結果、龍人は壁の棚に激突して動かなくなった。


(……怒らせたミア、怖すぎる)


 目の前で繰り広げられた光景に対して、俺はまずそんな感想を抱いた。


 これが魔王の戦いなのだろう。

 と言っても序の口に過ぎないはずだ。


 実際に接してみたミアは、クールだけど優しいお姉さんとして俺の目に映った。

 それも、真実だろう。


 だがやはり、敵に対しては冷酷な姿を見せる。


(アイツと同じ立場にはなりたくないな……)


 更生して破滅を回避する。

 俺の頭に、改めてその目標がよぎった。


「ディオ、無事か?」

「うん。あいつは……死んだの?」

「龍人族はあれでも死なない。そもそも、捕らえて情報を吐かせるのが目的で……いや、それ以前に、ディオには説明すべきことが多そうだな」


 公爵家に居候する謎のお嬢様が、どうしてこれほどの戦闘力を有しているのか。

 どうして、魔界の者に認知されていたのか。

 など。


 この世界の常識に当てはめると、おかしなことが色々あった。


「別に、言いにくかったら説明しなくていいよ」


 俺がそう言うと、ミアは小さく笑った。


「最近のお前は、やはり変わったな」


 そう言われると、少し罪悪感がある。

 二度の転生で、一方的に知ったからこそ出てきた言葉だからだ。


「変わったかは分からないけど、俺の師匠が強すぎて衝撃を受けたのは間違いないよ」

「当然だろう。私はディオの師匠だからな」


 どこか落胆して見えたミアの雰囲気が、明るくなった。


「師匠が元気になったみたいで良かった」

「そうだな……ディオを見ていると、不思議と癒やされる」

「俺で、癒やされる……?」


 あの悪役モブのディオ・ウィンターソンを見て?

 随分とゆがんだ評価だ……と言いたいところだが。

 この原作との違いが、俺の行動による結果であれば、喜ぶべきことだ。


「ああ。とはいえ、ここはあまり落ち着ける場所ではない。後始末をして出よう」

「うん、そうだね」


 そうして、一件落着したムードが流れたその時。

 ミアの背後で、床に転がる龍人の口元が動いたような気がした。


 より具体的には、床にこぼれた液体を舐めたように見えた。

 次の瞬間。


 龍人の《《背中がパックリと破れた》》。


 生物の体とは思えない、虚空のような穴が、出現する。


 そこから謎の白い腕が伸びてきて。

 背を向けた無防備なミアに勢いよく迫った。


(なん、だ……あれは!?)


 ミアは全く気づいていない。

 実際、俺も視界に入れて強く意識し続けなければ忘れてしまいそうなくらい、白い腕には気配がなかった。


 何か、異常なことが起きている。

 そう直感した俺の体は、自然に動き出していた。


 とっさにミアを押し除けて。


「ディオ、どうした……?」


 破壊魔法を起動して。


「壊れろ……!」


 白い腕に自分の左手をぶつけた。

 魔法が効くのかも分からない、一か八かの行動。

 

 その結果、腕と龍人族の体が破壊魔法によって消滅した。


「なんだ、今のは……」


 ようやく異変に気づいたミアは、呆然としていた。


「殺気も気配も魔力も、何もなかった……だからか? 察知できなかったのは……」


 難しい顔で呟くミアの横で、俺は確信していた。


「あの腕では間違いなく、ミアに危害を加えようとしていたよ」

「そう、だな。いずれにせよ、私はディオに助けられたらしい」

「だけど、破壊魔法でまるごと消し飛ばしたから、貴重な情報源までなくなったね……」


 この場所に関する情報を、龍人族の男から聞き出す必要があったのに。

 咄嗟のことではあったが、俺はあの男を殺してしまった。


「確かに惜しいが、あまり気にするな……む? ディオ、大丈夫か」

「え?」


 心配そうなミアの声に、首を傾げようとしたら。

 全身から、急激に力が抜けた。


 その場に崩れ落ちそうになるところを、ミアに抱き留められる。


「ディオ……おい!」


 あ、これ……魔力切れか。

 段々と、意識が薄れていく。

 以前、魔力切れを起こした時よりも、良くない感覚だ。

 このまま意識を失ったら、二度と目覚めないのではないかという、曖昧なようで確かな感覚。


「まずい、魔力がほぼ空だ……」


 ミアの動揺した声が、聞こえてくる。

 目を開ける力も残っていないから、表情は分からない。

 

 あー、もしかして。

 俺、このまま死ぬのかもな?


 まあでも。

 年上の美少女を助けて、その腕の中で惜しまれつつ死ぬのであれば。

 過去に経験した二度の死よりは、よほど充実しているな。


「安心しろ。お前をこんなところで死なせはしない」


 声が近くなった。

 

 そして。

 唇に柔らかい何かが、確かに触れた。


 誰かの、唇だ。


 熱を感じる。

 体温と、それ以外の何かによる熱だ。

 その熱が、俺に流れ込んでくる。


 これは……魔力か。


 そう理解してから程なくして、俺は意識を失った。


 しかし、先ほどのような取り返しの付かない感覚はない。

 

 温かく安らかな眠り。

 俺はミアの口づけによって、命を救われた。

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