第6話 お姉さん師匠に助けられて、専属メイドができた
近頃の俺は、ゴドリーの授業をサボって抜け出すことが多かったが、大事にならないよう、日が暮れる前に帰っていた。
今日は魔法を試している間に気絶してしまったので、話が違う。
俺がミアと手を繋いで正門から堂々と帰宅すると、屋敷では「ディオぼっちゃまがいない」と騒ぎになっていた。
待ち受けていたのは悪徳教師ゴドリーを筆頭に。
安堵した様子のリサリー、執事や警備の騎士、使用人など家の人間が多く集まっていた。
「ディオ様、いったいどこへ行っていたのですか?」
ゴドリーは率先して問い詰めてきた。
自分で言うのもアレだが、仕える家の一人息子がいなくなったら、心配するものじゃないのか?
「あー、これには深いわけがあってだな……」
「言い訳は聞きたくありませんな。私の授業を投げ出すだけでは飽き足らず、家中の人間に迷惑をかけるとは……」
ゴドリーは説教を始めた。
俺の言葉を遮るなんて、家臣にしては威圧的だ。
しかしその態度を諫める者は、この場にいない。
「私がディオに頼んだんだ。この近くを案内してほしいと」
その中で、ミアが口を開いた。
「貴女が……?」
どうやらゴドリーは客人に対してはあまり強く出られないらしいが。
「勝手に連れ出されては困りますな。ディオ様には公爵となるための教育が必要で、その予定で埋まっているのです」
それでも、はっきりと苦情を返した。
庇ってくれたミアに矛先が向くのは申し訳ない。
ここは俺が気張らないと。
「ゴドリーの授業は役に立たないから、自習してるんだ」
良い機会だ。
この場でゴドリーの授業の問題点を指摘してやろう。
「役に立たない……ですか」
ゴドリーは余裕そうだった。
「ディオ様のように自分の欲求に正直な方にとっては、確かにそう感じることもあるでしょう」
ゴドリーは俺に向けてではなく、周囲にいる公爵家の人々を納得させるように、言葉を発した。
「そういう問題じゃ……」
「そして子供にとって勉学とは時に退屈であり、困難であり、苦痛です。息抜きをしたい気分になることもあるでしょうな」
ディオは無能でわがままな子供として公爵家で認知されている。
一方のゴドリーは長年公爵家に仕えており、他の家臣からの評判はいい。
真面目な先生が不出来な教え子に手を焼いている。
そんな図式が、ゴドリーによって作り出されつつあった。
(これだと俺が……ディオが何かを主張しようとしても相手にされないんじゃ……)
旗色が悪い。
悪役モブ、ディオ・ウィンターソンとしての生き様が、足を引っ張っている。
「授業内容はともかく、お前が責任を果たせていないのは事実だろう」
そんな中、ミアがゴドリーに指摘した。
「そうは言いますがね。授業が実施できない以上は、ディオ様への後継者教育という責任を果たすことも難しい状況で……」
「ディオが逃げ出したくなるような教育内容を施しているのは事実だろう?」
「それは私の問題ではなく……」
あくまでも、ディオの問題だとゴドリーは主張したいようだが。
「教師であれば、相手に合わせた指導をすることが肝心ではないのか?」
「はあ……?」
ゴドリーは不快さを少しだけ、露わにした。
「学校で複数に対して教えているのではなく、個人に対する教育なのだから。もっとその生徒個人に寄り添った授業内容にすべきだろう」
ミアの言うことは一理ある。
現状に対する解決策の提示でもある。
ゴドリーにとっては、痛いところを突かれた形だ。
「公爵家の後継者教育に、部外者が軽々しく口にするなど……」
ゴドリーは声を荒げそうになったが。
「……では、明日からはよりディオ様の水準に合わせた適切な授業を実施しましょう。どんな理由があれど、無断で欠席されては後継者教育に差し支えが生じるのは事実ですからな」
我慢することにしたらしい。
(厄介だな……)
俺がサボるのは授業に問題があるからだ。
ゴドリーはその指摘を、形の上では受け入れた。
そして結果的には、素直に「改善します」と答えたことになる。
(これだと「改善されたなら授業に出るべき」って話になるよなあ)
とはいえ、この場はミアのおかげで乗り切ることができた。
「ありがとう、助かったよ」
「うん? 気にするな。お前は私の弟子だからな」
お礼を言ったら、ミアは笑顔で頭を撫でてきた。
随分かわいがってくれるな。
「だけど、明日からどうしようかな」
「私は同じ場所で待っている。どう切り抜けるかは、お前次第だ」
導くが、何でも助けるわけではない。
それが、師匠であるミアの教育方針のようだ。
○
ミアの手助けで、ゴドリーの説教を乗り切った後。
俺は夕食と入浴を済ませて、自室で就寝準備を整えている。
「心配しましたよー」
リサリーが涙目でそう言った。
「もしディオ様の行方がわからなくなっていたら、今朝の担当だった私のクビが飛ぶところでした……」
どうやら俺よりは、自分の職の心配だったようだ。
「あー……それはすまなかった」
「おお、謝ってくれるんですね。でしたら許してあげます!」
相変わらず、友達みたいな距離感だ。
「さあ、明日に備えて早く寝ましょうね」
「明日か……」
明日、ゴドリーは本腰を入れて授業を受けさせようとしてくるはずだ。
だが生憎、俺には先約がある。
(ミアに魔法を教わる予定があるからな……)
年上のお姉さんの特別指導と、私欲のために俺を利用しようとするおっさんの中身のない授業。
どちらを受けたいかなんて、決まっている。
しかし。
「……きっと、警戒度が増しているだろうな」
ゴドリーによるサボり対策に、備える必要がある。
「む? 明日からは勝手にどこかに行かないでくださいね」
リサリーにも悟られていた。
「もしかして、明日の担当メイドもリサリーだったり?」
「皆さん、他の仕事で忙しいみたいです。それと私には適性があると言われたので、専属メイドに立候補してみました!」
「そうなのか……」
今回の騒動で他のメイドは、日替わりでもディオの担当をやりたくないと思ったんだろうな。
それで、一番年下で新入りのリサリーに専属メイドの役割を押しつけたわけだ。
日頃の態度は俺も改善している。
それでも、俺が勝手に抜け出して何かあった場合は、担当メイドの責任問題に繋がりかねない。
そういう意味では、申し訳ないと思ったが。
「私、ディオ様のメイドとして働くのが楽しみです!」
「そうなんだ?」
それはまた、変わった趣味を持っているな。
「はい! 噂と違って、ディオ様は素敵なご主人様ですから!」
リサリーからの評価が高い。
まあ、専属メイドに懐かれているのは悪いことじゃないか。
「……いずれにせよ、勝手には出かけないよ」
「それって……断りを入れてから屋敷を抜け出すってことでは?」
リサリーは察しが良かった。
「なるべく君の迷惑にならないように、配慮はするよ」
「でしたら、授業をサボらないでくれると助かるんですが」
リサリーは不満げに頬を膨らませていた。
「……今日はもう寝るよ」
主人にそう言われたら、メイドは引き下がるしかない。
「む……おやすみなさいませ、ディオ様」
「おやすみ、リサリー」
我ながら、異世界の貴族としてメイドのあしらい方が分かってきたかもしれない。
さて。
問題は、明日どうやって悪徳教師をあしらうかだ。




