第5話 美少女魔王が師匠になった
ゴドリーの授業から逃げることは手段であり、目的じゃない。
では目的とは何か。
剣と魔法の練習だ。
俺は屋敷を抜け出して、練習に適した場所を探し出した。
近くの林の少し開けた場所だ。
中心には何やら曰くのありそうな、巨木が屹立している。
俺はここ最近、毎日この場所に来ている。
「破滅を回避するためには努力して強くなる必要があるけど……正直、それだけが理由じゃないよな」
単純にオタクとして、ファンタジーな世界にロマンを感じる。
問題は、原作ではとことん無能として描かれているディオが剣と魔法の練習をする意味があるか、だが。
「無能と無才は別物だからな」
俺は知っている。
ディオは育った境遇が悪すぎただけで、実は才能があることを。
特に魔法に関しては、固有魔法を使えて、魔力量も鍛えた分だけ伸びる特異体質らしい。
設定資料集にそう書いてあった。
「これで魔法を使わないのはもったいないよな」
だからまずは、魔法から試してみることにした。
とはいえ俺には基礎知識がない。
だから原作のシナリオ中での描写を思い出して、やってみた。
主人公が魔法の仕組みについて習うエピソードで、言われていたのは。
「大事なのはイメージ、だったな」
この世界の魔法はざっくり、属性魔法と固有魔法に分かれている。
属性魔法は水とか火とか雷とか、ファンタジー系のゲームだとよくあるやつだ。
「やっぱり俺は、水魔法が得意みたいだな」
一通りの属性魔法を試してみて、俺は気づいた。
他の属性と比べて、水魔法は器用に扱える。
そこまで理解した俺は、今日からもう一つの魔法にチャレンジすると決めていた。
「ディオの固有魔法は破壊魔法……だったな」
設定集でその存在は知っているが、イメージしにくい。
水とか火は物質として見たことがあるから想像しやすかった。
しかし破壊は概念的なものだ。
「とにかく、何かを壊したいと思ってみればいいのか……?」
俺は標的を見定めた。
この場で一番目立つのはやはり、中心に生えた巨木だ。
俺は木に手を触れて、漠然とイメージした。
——この木を破壊したい。
イメージしながら魔力を熾した瞬間。
大木は辺り一帯に響き渡るような音を轟かせながら、真っ二つに折れた。
破壊魔法が成功したらしい。
そう、認識したときには。
(あ。これ魔力を消費しすぎたな……)
急激に全身から力が抜け、俺は意識を失った。
○
一体どれだけの時間、倒れていたのだろう。
分からないが、目を開けると視界には女の子の顔が広がっていた。
「目が覚めたか」
なぜか公爵家に居候している未来の魔王、ミアだ。
地べたに仰向けになっていた俺の顔を、上から覗き込んでいる。
「何が、あったんだ……」
「大きな魔力と音を感じてこの場所に来たら、あの巨木とお前が倒れていた」
横を見るとあのいわくのありそうな巨木が、根元の近くから無理矢理引きちぎったように折れていた。
「もしかして俺がやったのか、あれ」
「そのようだな」
「じゃあ成功したのか……!」
俺が喜んだのも束の間。
「これは失敗だ。魔力が暴走したのだろうな」
ミアは呆れていた。
「暴走……そういうのもあるのか」
「しかし驚いた。人間もこれほどの魔法が使えるのだな……いや、どちらかと言えばお前が特別な素質を持っているのか?」
魔王ほどの実力者なら、原作の知識などなくても俺の潜在能力を察知できるらしい。
「実際に試したのは初めてだけど、そうなのかも」
「初めてで、これか」
ミアは目を丸くする。
「しかし、だとしたら尚更、一人で魔法を使うべきではない」
その理由は、痛感したばかりだ。
俺は立ち上がって、服についた土や葉を払い落とす。
「加減を間違えて倒れる危険があるから……ってことか」
「お前には誰か師となる者はいないのか?」
「そんな人はいないよ」
「公爵家の息子なのだから、頼めば手配してもらえるのではないか?」
ミアの疑問は、もっともだが。
「俺の先生は一人しかいない。けどそいつは、魔法を教えてくれないんだ」
「あの男か……」
ミアは何か言いたげだ。
もしかしてミアも、ゴドリーの悪辣さを察しているのか?
「ゴドリーに教わっていても時間を浪費するだけで、立派な公爵になれないって気づいたんだ」
「最近の変化は、もしやその一環ということか?」
「うん。だから他人と接する態度を改めて、自分を鍛え直すって決めたんだ」
「ふむ……まあ、あの男が胡散臭いというのは同感だ」
何か、経験則に基づいているように聞こえる発言だった。
ミアも魔王なりの気苦労があるのかもしれない。
「やっぱり、他の人から見てもそう思うよね?」
「だからと言って独学で魔法を習得しようとするのは危険すぎる、やめておけ」
「一応、気を使って他人がいない場所でやっているけど」
単純に隠れて練習したいからという理由の方が大きいが、人を巻き込むような事故は引き起こさないはずだ。
「だとしても、ダメだ。実際に気を失っていただろう。その間に獣に襲われたら? もっと致命的な暴走を起こしてしまったら?」
「それは……」
ミアは真摯で、正しかった。
このまま独学で続けるのはリスクが大きい。
にしても。
(やけに心配してくれるんだな……)
ミアが悪人なら何をしていようが放っておけばいいのに、暴走によって俺自身に起きうる危険について、指摘してくれた。
やはり独学は危険だ。
誰か師匠がいた方がいいのは間違いない。
「そういうことなら、ミアが魔法を教えてくれないか?」
「名前……」
「あ、呼び捨てはまずかった……?」
「いや。そうではなく、名前を知っていることに驚いた」
「ははは……」
そこを驚かれるとは、これまでのディオへの評価の低さが窺えるな。
「それで、魔法を私に教えてほしいという話だったな」
「うん。魔法に関して知見がありそうな口ぶりだったし」
「私よりもふさわしい大人がいるだろう」
通常、師事するなら自分より少し年上のお姉さんではなく、大人の高名な魔法使いとかにすべきだけど。
「俺の勘が言っているんだ。ミアは俺の師匠にふさわしいって」
「勘、か……?」
「それに独学でやるなって言うなら、口だけじゃなくて行動で協力してもらわないと」
ミアは魔王だ。
魔法に関してはこの世界でも屈指の実力を持っている。
師匠とするにはこれ以上ない人材だ。
俺が正体を知っているとバレたらどうなるか分からないから、頼んだ理由ははぐらかした。
「まあ、一理あるかもしれないが……」
「厚かましい……かな」
俺は落ち込んだ子供のような顔を作って、ミアを見上げた。
「わ、私も公爵家に世話になっている身だ。魔法の指導という形で礼をするのもいいだろう」
少し動揺の気配を感じたのは、勘違いではなさそうだ。
もしかして、意外と押しに弱いのか?
「ありがとう、じゃあ早速……」
「いや、明日からにしよう。そろそろ日が暮れてしまう」
ミアはきっぱりと言った。
「え。出てきた時はまだ朝だったのに……もうこんな時間か」
気づけば夕方になっていた。
なるほど、腹が減っているわけだ。
「じゃあ、明日からで」
「ああ。では、今日は帰るぞディオ」
「名前……?」
俺はつい、さっきのミアと同じような反応をしてしまった。
「うん? 私たちは師匠と弟子になったのだ。名前呼びくらいは当然だろう」
「そう……なんだ」
「ああ。これからは師弟として、絆を育んでいくことが重要だからな」
ミアはそう言って、手を差し出してきた。
向こうから見れば、俺は少し年下の男の子だ。
だからこれは、手を繋いで帰ろう……ってことなのか?
「ん? どうした?」
ミアは優しげな笑顔で、俺を見てくる。
俺は今、十二歳だ。
ミアはその二、三個上くらいだろうか。
年上で俺より背が高いお姉さんを見上げるなんて、過去二回の人生にはない不思議な感覚だ。
「……よろしくお願いします」
俺は何に対する「よろしく」なのか自分でも若干分からないまま、ミアの手を握り返した。
屋敷へ向かって、二人で手を繋いで歩く。
(まあ、美少女とお近づきになれたって意味ではラッキー……だよな?)
って、相手は魔王だぞ。
原作通りの展開であれば、俺を利用して破滅に追い込む存在だ。
(……でも、だからこそ仲良くなっておくべきだよな)
おねショタみたいな状況だし役得だ、という気持ちが少しだけあったことは、絶対にミアに悟られてはいけない。
「明日から楽しくなりそうだな。ディオの魔法は興味深いし……あの巨木を破壊するとは、一体どんな魔法を使ったんだ?」
「あー」
俺が答えに悩んでいると、それだけでミアは察した。
「あの折れ方は属性魔法ではないように見えたが……まさか、固有魔法か」
「うん。俺が使えるのは破壊魔法……と言っても、まだまだ制御できていないけどね」
そもそも破壊魔法ってなんだろうな。
具体的なようで、抽象的だ。
「『破壊』か……固有魔法は抽象的で概念的であるほど応用が効いて強い。その点では、ディオの固有魔法はなかなか使い勝手が良さそうだ」
「そうなんだ?」
便利な魔法なら、それに越したことはないだろう。
「ああ。それに、その年で固有魔法を発動できた時点で、人間としては天賦の才があると言っても過言ではない」
「そんなに?」
人間としては。
引っかかる言い回しだが、あえてツッコむのも不自然だ。
「ああ。どうやらディオは物を知らなすぎるな」
「あまり勉強してこなかったもので……」
「まあ、その辺りも明日詳しく教えてやろう」
ミアに頭を撫でられた。
なんだろう、弟みたいな扱いだな。
いずれにせよ、当初のゴミのような扱いと比べれば、天と地ほど差がある。
これも順調に好感度が上がっている証だと考えて……いいよな?
明日からも毎日更新予定です!




