第4話 悪徳教師の授業をサボり、美少女メイドをかわいがる
さて。
原作本来のディオから変わると言っても、具体的にどうしよう。
性格面については、元々のディオが終わり過ぎていた。
俺なりにまともな人間として他人と接しているだけでも、周囲の評価はある程度改善されるだろう。
問題は能力面だ。
ディオは今までろくに勉強せず、訓練もサボっていた。
それなりの社会保障が整っている日本と違い、『ディシディア・ファンタジー』の世界は過酷だ。
戦争が絶えないし、魔物だっている。
貴族は平民の先頭に立って戦うことを求められる過酷な世界観だ。
だから、公爵家の長男という立場でありながら貧弱で無能で怠惰なディオに対する世間的評価は低い。
だけど裏を返せば、強くなれば解決する。
この世界で平穏を手に入れるには、力こそ正義。
努力して強くなればいい。
脳筋すぎる思考回路な気もするけど、多分間違っていない。
何より、ここは剣と魔法が存在するファンタジーな世界だ。
そんな場所で生を授かったのなら、実際に体験してみたいと思うのは当然のこと。
しかし俺の考えを実行に移すには、問題がある。
○
昼。
俺は屋敷内の図書館で、後継者としての教育を受けていた。
まあ、教育と言っても名ばかりだ。
図書館の片隅の席に座って、よく分からない楽器の図鑑を眺めているだけだからな。
(公爵家の後継者になるためには絶望的に役に立たないよなあ……)
なぜそんな無意味なことをしているかと言えば、俺ことディオ・ウィンターソンの教育担当がロクでもない男だからだ。
「おや、ディオ様。どうされましたかな?」
俺の隣に立つ、黒いちょび髭が特徴の男の名はゴドリー。
無能で怠惰なディオをあえて正さず、自分にとって都合の良い傀儡の公爵として育てようとしている。
原作や前世では、公爵になったディオを実際に意のままに操って、両親亡きウィンターソン家の財産を貪っていた奴だ。
このままゴドリーの言いなりになって死ぬのは回避したい。
「先生、あの本を読んでみたいです」
まずはもっと役に立つことを学ぶ必要がある。
俺はとりあえず、本棚に置かれた中で目に留まった本を読みたいと主張した。
見たところ魔導書の一種だ。
「いけませんディオ様。魔法は下賤です。高貴な男子が学ぶ必要のないことです」
「でも、使えたら何かと便利だ。日常生活でも、屋敷にいる人は皆使っているよ」
「人目も憚らずに魔法を使うのは平民だけです。公爵家の後継ぎであるディオ様のように高貴なお方は、生活魔法の行使なんぞメイドに任せておけばよいのです」
ゴドリーは色々言っているが、まとめると。
俺が知識や能力を持たない方が、こいつにとって利用しやすいってことだ。
「へえ、そうなんだ」
俺は適当に相槌を打って、それ以上は魔法に言及しなかった。
俺は知っている。
作中の設定資料に、魔法は平民しか使わないなんて設定はなかった。
(無知なお坊っちゃまを演じていた方が、俺が知恵を付けたと気取られるよりいいか)
とはいえ、将来のために俺も戦う術を身につける必要がある。
「魔法がだめなら、外で剣の訓練をしたいな」
「剣も不要です。公爵家の人間は自分で体を動かすのではなく、人を使う立場ですから」
「でも、ここで本を読んでいるだけでいいのかな」
「外に出たいのであれば、庭でティータイムはいかがですか? お茶とお菓子を用意させましょう」
ゴドリーは剣の訓練からも、俺の興味を逸らそうと誘導した。
「……いや、ティータイムは遠慮しておくよ」
少し話しただけで確信した。
俺がまともな人間として育つためには、こいつと縁を切る必要がある。
ただ、今すぐは難しいだろう。
表向き、ゴドリーは公爵家に長年仕える忠臣として振る舞っていて信頼が厚い。
残念ながらわがまま放題の一人息子である俺よりも、ゴドリーの方が公爵家で発言力がある。
「でしたら、授業を続けましょう。高価な楽器に対する造詣を深めることは、他の貴族と交流する際に役立ちます」
ゴドリーは引き続き楽器の図鑑を見るように言ってきた。
この図書館には色々と役に立ちそうな本が蔵書されているけど、こいつがいる横では読ませてもらえないだろう。
ゴドリーがいると俺の望む勉強ができない。
俺は弱い無能のまま、貴重な幼少期を浪費することになる。
ゴドリーは露骨な失態も犯さないから、今朝のメイドみたいに追い出すこともできない。
「……だったらその逆をいけばいいか」
「何かおっしゃいましたか?」
俺の呟きに対してゴドリーが疑問を口にしていたが、無視した。
追い出すのと逆。
そう、俺がこいつから離れてしまえばいい。
「先生。俺、急な用事を思い出したから行くね」
「はい……ってディオ様? どこへ行くのですか!?」
俺はおもむろに立ち上がると、呼び止めるゴドリーなどお構いなしで図書館の出口に向かって走り出した。
「授業をサボられたら私の面目が丸潰れでしょうがあああ!!?」
そう。
要するに俺は、ゴドリーの授業をサボることにした。
後継者教育をサボるなんて本来は問題だけど、無能で怠惰なディオ・ウィンターソンならおかしな話じゃない。
「お前の面目なんか知るか!」
焦るゴドリーに捨て台詞を吐いて、俺は図書館を出た。
○
転生したと気づいてから一週間が経った。
朝。
俺は自室のベッドで目を覚ます。
公爵家の屋敷はとにかくスケールが大きい。
俺はまだ十二歳なのに、社畜として一人暮らししていた時よりも遥かに広い部屋を与えられている。
「貴族ってすごいな」
俺が思わずそんなことを呟いていると、部屋に誰かが入ってきた。
「失礼します、ディオ様。あ、もうお目覚めでしたか」
俺と同い年くらいのメイドの女の子だ。
水色の髪が特徴的だが、この世界では特に目立つ色とは認識されていない。
ゲームらしい世界観だ。
この子は初めて見るな。
前の横領女が失踪した代わりに新たな専属メイドを募ったものの、まだ決まっていないから複数のメイドが毎日交代で世話をするようになった。
多分、誰もやりたがらないのだろう。
家中の使用人を取り纏める執事はその理由をはぐらかしているけど、公爵家に勤める人間なら全員がディオの性格を知っているから当然だ。
それでも、公爵家の跡取り息子を放置はできない。
「おはよう」
「……! おはようございます!」
少し驚いた後、メイドは元気よく挨拶を返してきた。
まあ、噂通りの人物ならディオがメイドに挨拶なんてするわけないからな。
「お水をお持ちしたので、まずはお顔を洗いましょうか。その後は着替えをお手伝いします」
「そうか、ありがとう」
「ど、どういたしまして……?」
会話をすることで、俺がかつての傍若無人なディオではないと直接示せる。
お礼を言っただけで困惑されるのはちょっと心外だけど、毎日やっていたら慣れてきた。
「ところで、最近この屋敷で何か変わったことはある?」
「変わったことですか? 強いて言うなら……」
メイドは俺の着替えを手伝いながら、考えている。
着替えなんて一人でもできるけど、貴族は誰かにやってもらうのが当たり前だ。
「アリザ先輩……この前いなくなったディオ様のメイドのことですが、実はディオ様のお小遣いをおーりょーしていたらしいんです! 横領っていうのはこっそりお金を盗むことだって先輩が言っていました!」
例の横領が発覚したらしい。
にしても、ディオが信頼を寄せていたはずのメイドが横領していた、なんて話を本人に直接伝えてしまっていいのか?
「そうなんだ。君って結構おしゃべりだね?」
「あ、ごめんなさい……」
メイドは露骨に落ち込んだ様子を見せた。
俺と同年代だとおそらく見習いだから、仕える相手との距離感を間違えてついしゃべり過ぎてしまうのかもな。
本人もそんな自覚がありそうな反応だ。
「大丈夫、気にしてないから。むしろ俺としては色々な話が聞けて嬉しいよ」
「でしたら良かったのですが……」
「うん。他に何かニュースはある?」
「そうですね……あ! 今朝、お庭に花が咲いているのを見かけました! 北部にもようやく本格的な春がやってきましたね」
「確かに、最近暖かくなった気がするね」
話している間に、着替え終わった。
「ありがとう。話はこれくらいかな」
またお礼を言いつつ、話を切り上げようとすると。
「実は、もう一つ変わったことが……」
「何かな?」
少し言いにくそうにしていたので、俺は続けるように促した。
「メイドの間で「ディオ様が変わった」と噂になっていて、お世話を担当した先輩たちが驚いていました」
「そうなんだ」
よし、狙い通りだ。
「みなさん「ディオ様が何か企んでいるのでは」と警戒していたみたいで、今日は私に本音を探ってこいと言っていました!」
「それ、本人に直接言っていいの?」
「あ……」
「君はもしかして、メイドの中でも一番後輩だったりする?」
「はい。だからまだ拙い部分が多いと先輩から言われることもあるのですが……ディオ様はそんな私にも優しく接してくれるので、きっと変わったのは本当だと思います!」
彼女は元気で天然なところがあるみたいだ。
この世界の普遍的な貴族であれば失礼だと咎めるのかもしれないけど、俺にはこれくらいの距離感の方がちょうどいい。
元々は日本で社畜をしていた人間だから、本物の貴族を相手にするように堅苦しい態度で接してもらっても反応に困る。
あと、彼女はメイドの中でも特に話し好きだから、情報を得られるのも助かる。
「ところで、今日の予定は?」
「今日は授業の予定がたくさん詰まってますよ!」
妙に得意げな答えが返ってきた。
ちゃんと主人の予定を把握できていて偉いだろう、とでも言いたげだ。
なんだか見習いメイドと言うよりは、子犬みたいだな。
(こんなかわいい子が、もし本来のディオに仕えたりしていたら大変なことになっていたよな……)
本来のディオは悪役で竿役のモブだからな。
にしてもこの子本当にかわいい。
ぐへへ。
そう思った時には、俺はメイドの女の子を抱きしめていた。
俺はエロいことには知識が豊富な十二歳。
ろくに勉強をしていないくせに、どうやったら子供ができるかは調べて知っている。
隣にはちょうどベッドがある。
このまま押し倒しても誰も見てないし——
(……って待て待て!?)
俺はまた、思考を本来のディオに乗っ取られそうになった。
というか、エロゲーの竿役だとまだガキなのに同年代の女の子を押し倒すなんて発想になるのか。
恐ろしい。
あのままディオの思考に飲まれていたら、改善しつつある俺の評判が終わっていた。
「あのー……ディオ様?」
メイドの女の子は、俺の腕の中で顔を赤くして固まっていた。
「あ、ああ。ごめん」
俺はメイドを解放した。
「これはあくまで親愛のハグだから。その、気にしないで」
「あ、はい。主従には信頼関係が大事ですよね!」
「う、うん」
純粋な子を騙しているみたいで気が引けるが、とりあえずなんとかなった。
さて。
我に返って、状況を整理する。
ゴドリーの授業は厄介だ。
あの日以降、俺は毎日授業をサボって独学でこの世界のことを学んでいる。
手探りだけど、楽器の図鑑を眺めているよりは有意義だ。
中身のない退屈な授業の実態を知ったら、みんなあの教師の悪徳さに気づくだろう。
が、授業中は図書室に他の人間が入らないよう、ゴドリーが強く言い聞かせている。
「はあ……」
「勉強はお嫌いですか?」
ため息をつくと、メイドが反応した。
「そうじゃない。むしろ、勉強をしたい意欲はあるんだ」
原作の知識と前世の記憶があると言っても、この世界には俺の知らないことも多い。
ヒロインたちの悲劇的な運命を変えるため。
そして俺自身が変わるためには。
俺には、知識も戦う力も必要だ。
「もしかして、先生が嫌いなんですか?」
ゴドリーはサボる俺を追いかけ回して、授業を受けさせようとしてくる。
公爵家の後継者の手綱を握るのに必死ってわけだ。
好き嫌いで言えば、もちろん嫌いだ。
「ゴドリー自身もそうだけど……」
最大の問題は学習内容。
しかし、未熟で愚かだと評判のディオが指摘したところで、誰も聞く耳を持たないだろう。
社会的な信用の差だ。
「ちなみにゴドリーが嫌だとしたら、教師を変えることは可能だと思う?」
「さあ、難しいかもしれません。詳しいことはわかりませんが、先生は公爵閣下やお屋敷の皆さんの評判がいいですからね」
「まあ、そうだよな……」
見習いメイドですら、俺と同じ見解だった。
この子、天然で抜けているところもあるけど、意外と聡いな。
(やはり、俺自身の手でゴドリーを別の教師に変えることは難しいか……)
そもそもゴドリーの人事権を持つのはこの家の主人、俺の父であるウィンターソン公爵だ。
しかし、その公爵は現在、屋敷を不在にしている。
現状は自力でなんとかするしかない。
「あ、そうだ。君の名前は?」
「リサリーと申します!」
リサリーは元気よく答えた。
「そうか、リサリー。ちょっと一人になりたいから、部屋の外で待っていてくれ」
主人にそう言われて、断るメイドなどいない。
「わかりました! ディオ様ならきっと勉強も大丈夫ですよ!」
リサリーは返事をしつつ、無邪気に応援してくれた。
「そう思うかな?」
「はい! 今のディオ様は、生き生きとしていて素敵です!」
「素敵、か……」
ディオになってからそんなことを言われたのは、初めてだ。
「あ、今のは深い意味はなくてですね……!」
何やら、あからさまに動揺していた。
さっきから、主従というよりは友人みたいな接し方だな。
会話の距離感が、妙に近い。
「なんにせよ、これからも素敵と言ってもらえるように頑張るよ」
「は、はい! 頑張ってください! では、失礼します……!」
リサリーがそそくさと部屋を出ていった後。
俺は引き出しに収納された短剣を取り出した。
本格的な剣の訓練には心許ないけど、ないよりはマシだ。
ゴドリーを追い出すのが不可能なら、こっちから逃げればいい。
つまり俺は、今日も屋敷を抜け出して授業をサボることにした。




