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第3話 やり直しを決意する

「ナイフが不足しているな。持ってきてくれ」


 ミアが控えていたメイドに言った。


 ミアの手元には複数のナイフが置かれているが、俺よりも本数が少ない。

 上流階級の堅苦しい食事では、ナイフやフォークを用途ごとに使い分けるらしい。


 なぜ上流階級であるはずの俺がその辺り曖昧なのかと言えば。

 ディオとして生きてきたこれまでの人生において、食事の際の作法なんて気にせず、汚く食い散らかしていたからだ。


 何にせよ、食器の数が不足しているのは問題だ。


「ハイハイ」

 

 恐らく置き忘れていたであろうメイドは、気怠げな声で返事をした。

 頭も下げず、大きな足音を立てながら、部屋を出ていく。

 少ししてナイフを持ってきたが、ミアの目の前で落とした。


「あ。まあいいか」


 メイドはナイフを拾い上げると、適当に自身の服で拭いてから机に置いた。 


「……!?」


 俺は絶句するが、その間にもメイドの暴走は続く。


「文句ありませんよね? あなたはウィンターソン家の人間じゃなくて、いきなり押しかけてきた居候ですし。そもそも、その見た目で公爵家の親戚だなんて無理がありません?」


 確かにミアの容姿は公爵家の人間とは大きく異なるが、それにしたってメイドの振る舞いは無礼過ぎる。


「……」

 

 あからさまに小馬鹿にするメイドに対して、ミアは特に反応を示さなかった。


(……無反応の方がかえって怖いんですけど)


 魔王の怒りを買ったら、どんな仕返しを受けるか分からない。

 

 ミアの正体が魔王だと知らないのは当然としても、どうしてこのメイドは客人に偉そうな態度が取れるんだ。


(あ、このメイドって俺の……ディオ・ウィンターソンの唯一の専属メイドだっけ)


 我儘で手がかかるだけでなく、気まぐれで不興を買うとすぐにクビにされるディオのメイド。

 誰もやりたがらない中で、彼女だけが志願して担当している。

 自分以外に専属メイドがいない状況を利用して、私物や予算を横領し放題だからだ。


(相手は馬鹿なガキのディオだからな。適当にご機嫌取りさえしておけば、私腹を肥やせるってことか……)


 両親を除くと、既にディオの周りには彼に取り入って利益を得ようとする人間しかいない。

 

 「彼」なんて設定集の知識を頼りにどこか他人事みたいに語ってしまったが、今の俺にとっては自分自身の身の回りのことだ。


 メイドの無礼は、俺自身への評価にも直結するので、危機感を覚えていると。


「はっきり言ってこんな人が同じ席にいるのは迷惑ですよね、ディオ様?」


 メイドが俺に同意を求めてきた。


(立場の低いメイドが主人の食事中にいきなり話しかけるとか、ありなのか……?)


 俺の違和感とは裏腹に、メイドは当たり前のように振る舞っている。


 実際、ディオとして生きてきた記憶を振り返ると、彼女が向こうから話しかけてくることは度々あった。

 つまり俺……ディオは馬鹿で無知すぎて非礼を働かれていることにも気づいていなかった。


(しかもこいつが俺に話しかける目的は、決まってご機嫌取りだからな……)


 ミアを馬鹿にしたら俺の機嫌が取れる。

 要するに俺も日頃から、素性の知れない客人を小馬鹿にして楽しんでいたってことだ。


 我ながら、最悪だ。

 どうしてもっと早く前世の記憶を思い出さなかったんだ。


「……」


 ミアの表情からは、怒りの色は窺えなかった。


(失望しているんだろうな……)


 人間と悪魔族の混血であるミアは種族の垣根を超えて、友好的な関係を築きたいという思いで人間界にやってきた。

 ミアがウィンターソン公爵家を選んだのは、おそらく本当に母親の血縁だからだ。


(その結果が、友好とは真逆の状況か……)


 もちろんディオの態度だけが、人間界との戦争を決断した理由じゃないだろう。

 だとしても、ある種の善意を持って接してくれた相手の期待を裏切った事実に対して、申し訳なさを感じる。

 同時に、俺のものとはどこか違う、苛立ちの感情が湧いてきた。


「あー、なんかイライラするな」


 自分のものとは思えない言葉が、俺の口から出てくる。


「そうですよねディオ様。こんな人と一緒にいたらイライラしますよね?」

「違う。お前を見ているとイライラするんだ」

「えっ?」


 手懐けていたはずの俺の言葉に、メイドは面食らっていた。


「おい、ちょっとこっちに来い」

「な、なんでしょうか?」


 メイドは俺の近くに立って指示を仰いだ。


「もう少し屈んで、俺の方に体を近づけて」

「え? 分かりました」


 メイドが指示通りに行動した次の瞬間。


「お前って、結構胸大きいよね」


 下卑た言葉が、(ディオ)の口から飛び出した。


「はい……?」

「生意気だけど顔は悪くないし、とりあえず胸揉ませてよ」

「いや、それはさすがに……」

「逆らうならクビにしようかな」


 俺は即座に主従関係を利用した。

 この世界には厳格な身分制度がある以上、公爵家の息子であるディオがその気になれば、一介のメイドが逆らうのは不可能だ。


「くっ、こいつ……! まだ十二歳のくせに、ついに私までそういう目で……」

「え? 何?」

「……なんでもありません。お好きにどうぞ!」


 セクハラを拒んでクビになることと、この場を我慢してディオに仕え続けることで得られる利益を考えて、後者を取ったらしい。

 メイドは半ば自棄になって、抵抗を諦めた。


「ふん、それでいい」

「じゃあ、これで……」


 メイドの胸元に手を伸ばそうとして、俺は。


「あー……やっぱり気に入らないからお前はクビで」


 ギリギリのところで我慢して、解雇を通告した。

 

「はあ!? ふざけんな……」

「何か言った?」

「……いえ。ただ、ディオ様にお伝えしたいことがあります」

「言ってみて」

「ディオ様は、私がどれだけ忠実にあなたとこの家にお仕えしてきたかをお忘れですか?」


 メイドは感情を抑えて俺を説得すると決めたらしい。

 

 こっちは十二歳のガキだ。

 容易に言いくるめられると考えるのも無理はないが、今の俺には二回分の人生の知識と経験がある。


「お前が横領しているのは知ってるから」


 俺がメイドを黙らせるのは、簡単だった。


「……えっと、何を言って」


 メイドは顔面を蒼白にした。


「証拠なら、他の家臣に調べさせたらすぐに出てくるよ。その時になってからじゃ、屋敷を出ていくのは不可能だろうね」

「あああ! 我慢して生意気なガキに仕えていればおいしい思いができると思ったのに……!」


 罪が露見すると悟ったメイドは、無様に叫びながら大慌てで逃げ出していった。

 

 こうして俺は、首尾よく厄介者を追い払うことに成功した。


 事が終わると同時に、俺の中に渦巻いていた、自分のものとは思えない苛立ちの感情が収まった。

 冷静さを取り戻して、俺は気づく。


(まさか今のって、竿役のディオが本来持つ、性的な衝動が飛び出したのか……?)


 自分の意志とは関係なく「胸を揉ませろ」なんて言葉が飛び出した。

 さっきみたいに急に出てくると、今後困りそうだ。


 というか、今回の人生での記憶を軽く思い返す限りでも、ディオは日常的に手の届く範囲の女性や少女にセクハラを繰り返している。

 パワハラ行為にも慣れているし、今みたいな余計なことしかしないだろう。

 『ディシディア・ファンタジー』での設定やメイドの反応を見る限り、そういう細かい悪事を人目も憚らずに日常的に繰り返していたから、嫌われて孤立するに至ったはずだ。


(これからは竿役としての衝動が暴走をうまく制御しないと……って、何か忘れているような)


 あ、そうだ。

 この食堂には、俺とメイド以外にもう一人いた。


「……」

「……」


 今、俺はミアと二人きりだ。


 沈黙に対して、俺は気まずさを感じる。

 それにしても……このディオとかいう色欲魔の悪役デブ、客人がいる食卓でメイドにセクハラとパワハラをお見舞いしていたのか。

 

「あー、見ていて気分の良いものじゃなかったよね……」


 これ以上魔王の好感度が下がったらバッドエンドまっしぐらだ。

 俺はどうにか、この場を取り繕うことにした。


「……とりあえず、これを使って」


 俺は自分の手元に置かれた未使用のナイフを差し出した。

 それまで無表情だったミアが、少し驚いたように見える。

 無理もない。

 今まで自分を馬鹿にしていた相手がいきなり親切のような真似をしてきたのだから。


「ああ」


 ナイフを受け取るミアからの、視線を感じる。


(一応は親切なことをしたし、反感を買ったわけじゃないよな……?)


 恐る恐る様子を窺ってみると、目が合ってしまった。

 何か、言わないと。


「えっと、さっきは俺のメイドが無礼を働いてすみませんでした。それと、不快なやり取りを見せてすみません。自分でもなんであんなことをしたのか分からなくて……」

「その割には、メイドを罰するお前は楽しんでいるように見えたが」


 ミアが、俺と会話をしてくれた。


「あれは気の迷いというか……いや、言い訳しても仕方ないけど、これまでの俺自身の失礼な態度も含めて、とにかく謝りたいんです」


 口先だけで済む問題だとは思わない。

 それでも、俺がディオとしてやってきた様々な失礼について謝罪するべきだ。


 俺は立ち上がって、ミアに頭を下げた。


「正直、お前のことは好きではなかった。傲慢で他人への配慮など欠片も持ち合わせていない、利己的な人間だと思っていたからな」

「うっ、耳が痛い……」


 とはいえ、正直に腹の中を明かしてくれた方が、黙って溜め込まれるよりはマシかもしれない。

 俺がそんなことを思っていると、ミアが言葉を続けた。

 

「もっとも私は、反省する少年の意思を跳ね除けるほど意地の悪い女ではない。お前の謝罪を受け入れよう」


 謝罪を受け入れられて、俺は安堵した。

 何せ相手は魔王だ。

 許さないとか言われた時には人生が終わっていたかもしれない。


「あ、ありがとうございます」 

「礼には及ばない。私は今回の件で、お前を少し見直した」

「見直した?」


 我ながら、あのセクハラとパワハラは酷かったと思う。


「ああ。過ちを犯した家臣に対しては、それがいかに重用してきた者であったとしても然るべき罰を与えるという、主人としての姿勢は評価に値する」

「それはどうも……」


 人の上に立つ者としての価値観を意識したつもりはなかったけど、結果的に良い受け取られ方をしたみたいだ。


「お前も人の上に立つものとしての相応の思慮や責任感を持っていたのだな」

「えっと、それは皮肉とか抜きで褒めてる?」

「もちろん。私は己の間違った部分を受け入れて反省し、改善しようとする人間が好きだ」


 それまでほとんど表情を見せなかったミアが、小さく笑った。

 

 うおおおお!?

 改めて思ったけど……この魔王、美少女すぎないか?


 笑っている姿を見ると、原作で描かれているような傍若無人で人間を憎んで侵略してくる魔王と同一人物だとは思えない。


(色々やらかした俺が謝ったら許してくれるあたり、意外とお人好しだよな……?)


 そんな少女が人間を殺戮する魔王になるなんて、『ディシディア・ファンタジー』の世界では、何があったんだろう。


 分からないけど、少なくとも目の前に座っているミアは、現時点で原作や前世の魔王と同じことを目論んでいるようには見えない。

 そんな、無垢な彼女を見て俺は。


「このまま、幸せになってほしいな……」

「は?」

「あ」


 思ったことが、つい口から出てしまった。


「……な、なんでもありません」

「そうか……? まあ、いい」


 ミアは不審がりながらも、食事を再開した。

 その様子を見ながら、俺は思う。

 

 そもそも俺は、『ディシディア・ファンタジー』の世界に登場する女の子(ヒロイン)が好きだ。

 邪な意味ではなく、純粋に推している。


 だけどこの世界のヒロインは、魔王や女勇者を筆頭に、ほとんどが悲劇的な運命を背負っている。

 そこだけが、俺が原作をプレイしていた時に少しだけモヤモヤしていた。


 それなら。

 俺がそんな運命を変えてしまおう。

 変えてしまわなければ、どうせ俺が生きていくこともできないのだから。

 

 では、どうやって変えるのか。


 改めてだが、ミアが人間に絶望するきっかけはディオにあるらしい。

 そして、俺を討つことになる女勇者もまた、ディオの理不尽に対抗するために、剣を握る。


(待てよ。だったら、俺自身が変わればいいのでは?)


 ディオは出番の少ない悪役モブのくせに、意外と物語本編に影響を与えている。

 その俺が、真っ当な人間に生まれ変わることができたら。


 原作の展開を変えることができるのでは。

 ヒロインたちは悲劇的な運命を回避し、幸せになれるのでは。


 決めた。

 俺は更生しよう。


 せっかく手に入れた、やり直しの機会だ。

 真っ当に生きて、この世界のヒロインたちを幸せにして、そのついでに俺自身も平穏な暮らしを手に入れよう。


 まずはディオの……俺自身の評判を、変える必要があるな。


 そうして俺は。

 セクハラ大好きで怠惰で最低最悪な馬鹿息子からの脱却を決意した。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

本日もう何話か更新していくのでぜひブクマと評価お願いします!

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