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第2話 二度目の悪役転生

「ぐっ! は、はあー……死ぬかと思った……!」


 俺は床をのたうち回っていた。

 朝食をドカ食いして喉を詰まらせ、窒息しかけて椅子から転げ落ちたからだ。


「危なかった。一瞬意識が飛んだ気がするし……メイドが水を持ってこなかったら死んでいたかも……ってあれ?」


 そこまで口にしてから、俺は強烈な違和感を抱いた。

 

 死んでいたかも、じゃない。

 俺は本当に死んだはずだ。

 寝室で女勇者に首を撥ねられた。


(夢……じゃないよな)


 あの出来事は間違いなく現実だった。

 しかし今、俺は生きている。

  

 とりあえず、現状を把握しよう。


 俺は寝転んだまま、周囲を見る。

 ここはウィンターソン家の食堂だ。

 高級感溢れる装飾が各所に施されている。

 中央には大きなテーブルがあって、豪華な朝食が並んでいる。


(ほとんどの使用人が逃げ出して、荒れ放題だったはずだけど……)


 俺の記憶にある食堂の内観と比べると、清掃が行き届いている。

 最後の方は、食事すらまともに出てこなかった。


 もう少し周囲の様子を観察してみる。

 壁際に設置された鏡が目に留まった。


「え……」


 鏡には当然、俺の姿が映っている。

 金髪に金色の目に白い肌。十二歳前後と思われる小太りの少年だ。


(なんだこれ……俺って、十八歳だったよな)


 俺は生まれも育ちも日本で、両親ともに日本人だ。

 こんな西洋人みたいな外見はしていない。

 でも間違いなく、俺はディオだ。

 

「うん?」


 頭の中に、明らかに日本人とは違う名前が浮かんできた。

 記憶が混濁している。


(いや、そもそも日本人って……)


 やはり頭にどこか異常があるのか?

 いや、違う。

 どちらも俺だ。

 思い出した。

 日本の社畜だったのは、一度目の人生の記憶だ。

 オフィスで寝泊りする重度の社畜だった俺は、二十日ぶりに家に帰る途中で、車に轢かれた。


 その時の光景と感触が、微かに思い起こされる。

 あの事故で俺は、多分死んだ。


 二度目の人生で、俺はエロゲー世界のモブ悪役貴族、ディオ・ウィンターソンに転生した。

 悪役らしく、非道の限りを尽くした。

 日本人としての記憶は、思い出せないまま。

 俺が転生に気づいたのは、死に際だった。


(あの時に間違いなく、俺は女勇者に首を撥ねられた)


 それなのになぜ、今こうして生きているのか。

 日本人として生きていた頃にオタクだった俺は、この状況を表現する言葉に心当たりがあった。

 

(二度目の転生? それとも時間回帰……?)


 俺は王国の北部を守護する大貴族、ウィンターソン公爵家の一人息子であるディオ・ウィンターソンとしての二度目の生を授かった。


「にしても、よりによってディオか……」


 俺はこの世界の原作エロゲー『ディシディア・ファンタジー』が好きだ。

 世間的な認知度は低いが、その手のオタクには熱狂的な人気を誇る。


 俺も愛好家の一人だ。

 イラストやシナリオはもちろん、RPG部分のクオリティも高く、ゲームとしてのやり込み要素もしっかり用意されている。

 そんな作品において、ディオは悪役モブだ。


(主人公とまでは言わなくても、せめて風格のあるボスキャラとかだったら良かったんだけどな……)


 ディオのやってきた悪業や末路は、前回の人生で身をもって味わった。

 と言っても、それらの出来事は作中シナリオの本編にはほとんど絡んでこない。


 ディオはモブだ。

 本編での出番は少ない。

 それでも原作ファンからの認知度は高く、嫌われている。

 ディオが殺されるシーンはいわゆる「ざまあ展開」としてファンに楽しまれているほどだ。


(バッドエンドでヒロインを犯したりする竿役として登場するから、そっち方面の需要は意外とあったっけ……)


 と、ここまで他人事のように思い返していたが、今や俺は当事者だ。

 

「また同じ展開になるのは避けないと……!」

 

 そもそも、俺は作中に登場するディオと全く同じ存在じゃない。

 日本の社畜と悪役モブ、計二回分の人生の記憶がある。

 ゲームのモブキャラと違って、自我もある。


(だからって、原作と同じ展開にはならない……とは言い切れないか)


 前回の人生は、もう取り返しが付かない。

 だから俺は、今の……三度目の人生について思い返した。


 相も変わらず前世の記憶がないままディオとして生きてきた、これまでの十二年間を。


 公爵夫妻に甘やかされて育ち、メイドや使用人に対してわがままに振る舞い、まともに勉強や魔法の訓練をせず、暴飲暴食して遊んでいるだけの怠惰な暮らしぶりだった。


「我ながら、またしてもクズでロクでもないガキとして育ってるな」 

 

 公爵夫妻は長年苦労した末に生まれてきた、たった一人の息子を溺愛している。

 北部の公爵領にあるこの屋敷からほとんど出たことがない程度には、俺は過保護な扱いを受けている。


(このわがままな性格は、家庭環境にも一因があるかもしれないな……)


 ちなみに公爵夫妻は、多忙のため先週から領地の屋敷を不在にしている。

 だからこの食卓にも俺一人……じゃなかった。

 ゆっくりと立ち上がった俺は、食卓に着くもう一人の人物の存在にようやく気づいた。


「……誰だっけ」


 褐色の肌と長い銀髪を持ち、大人しいデザインの黒いドレスに身を包んだ美少女が、俺の向かい側の席で食事していた。

 俺より少し年上に見える。


 でも、一人っ子のディオに姉はいないはずだ。


 何より外見が俺や両親に似ていない。

 自分の席に戻りながら、俺は思い出そうとする。

 

(ああ、そうだ)


 二週間ほど前に、親戚の子を預かったって両親から紹介されたな。

 本人の希望もあって、屋敷の離れで暮らしていると聞いた。

 

 名前は確か、ミアだ。

 朝食を共にしているのに詳しい事情を把握していない理由は、両親からの話をろくに聞いていないのが一つ。


 もう一つの理由は、前世の記憶を取り戻す前の俺……ディオの自己中心的な思考回路が極まりすぎて、他人に興味がなかったからだ。

 実に悪役モブのディオらしい理由だと思うが、今や俺がその本人だから笑えない。

 

(でも待てよ?)


 幼少期のディオに褐色美少女の同居人がいた、なんて特徴的なエピソードがあったら忘れるはずがない。

 日本人として生きていた頃の俺はゲームの設定資料集を購入し、記載された情報を全て暗記するレベルで読み込んでいた。


 ディオはモブキャラだから、周囲の人物の詳細まで描写されていないのかもしれない。

 今はゲーム本編開始より前の時間軸だから、余計にその可能性は高い。 


(その割には、このミアって女の子の容姿にはなぜか見覚えがあるんだよな……)


 二度目の人生でもこうして同じ空間で過ごしていたから、と言えばそれまでだが。


「あ」


 そうだ。

 彼女の特徴は、原作に登場する魔王と一致している。

 名前も同じだ。


 褐色の肌と輝く銀髪を持った魔界の頂点、魔王ミア。

 ラスボス張本人が、目の前にいる。

 

(だけど、本編開始前のこの時期に、魔王とディオに接点があるなんて話は聞いたことが……いや、待てよ)


 ミアが魔王の座に着く前に、人間界で過ごした経験があるって設定があったな。

 でもまさか、魔界の者にとっては天敵のウィンターソン公爵家に滞在していたなんて驚いた。


「先程からこちらに不躾な視線を向けて……何か用か?」


 ミアが俺に対して不愉快そうな態度を露わにしてきた。


「いや、そういうわけじゃ……」

「……ふん」


 なんだろう。

 この、愛想を尽かされているような気配は。


 前世の記憶を思い出す前の俺が何かをやらかしたのは間違いない。


(そう言えば、魔王ミアには裏設定があったな……)


 ミアの父親は先代の魔王だが、実は母親は人間だ。

 本編開始前にあたる過去には、人間に対して友好的な関係を築きたいと考えていた時期があった。


 しかし、様々な出来事を経験した結果、人間の醜さに絶望して魔界の総力を上げて戦争を決意するに至ったという、設定資料集にしか描かれていない裏話だ。


(もしかして、その「人間の醜さに絶望」したきっかけがディオなのか?)


 実際、ディオは人間の醜い部分をかき集めたような性格と言動の持ち主だ。

 本編開始前のこの時期、公爵家に滞在していたミアはディオの醜悪さを知ったのだろう。


 ディオが後にウィンターソン家の当主になった際には、ミアが「あの愚か者なら利用できる」と考えるのも不思議じゃない。


 このままだと俺は二度目の人生と同様に、魔王に利用されて女勇者に殺される破滅エンドまっしぐらだ。

 

 だが今の俺には、原作をプレイした日本人としての知識と、ディオとして一度失敗した人生の経験がある。

 ついでに、今回の人生の十二年間の記憶まである。


 それらの武器を頼りに、現状に至った原因を、俺は改めて考える。  


(……思い当たる節が多すぎる)


 俺は客人のミアに対して、相応の接し方をしていなかった。


 既に好感度は最悪。

 だとしても、ここから変えなければ俺はまた死ぬ。

 それだけは確かだ。


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