第57話 義父に双子の姉との結婚の報告をして、妹をデートに連れ出す
「姉さんとディオ、仲良しでうらやましいなー」
テトラは聖堂の長椅子に寝そべりながら、俺とテトラを見ている。
先程まで覗き見していたのに、バレたら堂々としていた。
「そうだ! ディオ、約束のデートは明日にしよ?」
テトラは名案とばかりにそう主張する。
「今、わたくしといい雰囲気だったのですが?」
「私だってディオの婚約者になったもん!」
トリアが「ぎゅー」っと俺の手を握ってくる。
テトラはそんなのお構いなしに、俺の隣に席を移した。
両隣を、双子に挟まれる。
「ねえディオ、いいでしょ? おねがいっ!」
「まあ……俺もテトラと婚約に関する話をしておきたい気持ちはあるね」
「ディオ様?」
トリアからほんのりと圧を感じた。
婚約者にプロポーズして、その直後に双子の妹とデートの約束。
(あれ?)
俺ってもしかしてクズ男か?
「でも……テトラとのことも重要な話だし」
「もちろん、わたくしもテトラと同じ人を好きになれたのは嬉しいですよ?」
恐る恐る言ったら、トリアからそんな言葉が返ってきた。
話はついているし納得しているつもりだけど、やっぱり気になる……と言いたげな表情だ。
(中身が転生者だとしても、婚約者が三人なんて十二歳には荷が重いですよ父上)
今更ながら、北部のためと言ってもぶっとんだ決断だった気がしてきた。
だけど俺は決めた。
皆を幸せにする。
皆を嫁にして。
皆を愛すると。
だから俺は、トリアを喜ばせる方法を模索することにした。
「俺の隣の部屋を、トリアの部屋として準備しようと思うんだ」
「わたくしの部屋?」
「うん。今後この家で暮らす以上は、必要でしょ?」
「ありがとうございますディオ様、嬉しいです!」
トリアに抱きつかれた。
最近のトリアは感情表現が大胆になってきた気がする。
いいにおいだ。
「私がお世話しますよ! ぜひ髪のお手入れをさせてくださいねー」
「さらさらー」とか言いながら、リサリーはトリアの背後に近づいていた。
「いいなー。私もお部屋ほしいし、リサリーにお世話されたい」
「テトラはあと何年か、お父様のところにいてください」
「まあ、私までいなくなったら寂しがるか……」
双子の会話を聞いていて、俺は大事なことを忘れていると気づいた。
「そう言えば、ハルシオン伯爵にも挨拶しないと……」
「ふふ。お父様の反応が楽しみです」
急に胃が痛くなってきた。
「皆を受け入れるために、屋敷の改築も必要そうだし……」
そっちは父上に相談してみよう。
この縁談をまとめた張本人だし、手配してくれるはずだ。
「さて。何日も滞在してしまいましたし……嫁入り前に一度、ウィンターホルムのタウンハウスに帰ろうと思います」
「私もー」
トリアとテトラは狩猟大会の前日からしばらく、ウィンターソン家の屋敷で寝泊まりしていた。
「馬車まで送るよ」
「お気遣いありがとうございます」
「明日はハルシオン家にお迎えに来てね?」
テトラはまたしてもかわいらしくお願いしてくる。
小首を傾げて見つめてくるとか、あざといな。
一体どこで覚えたんだ。
「挨拶するのにちょうどいい機会ができましたね?」
義理の父に双子の姉との結婚の報告をしつつ、妹をデートに連れ出す。
(うーん……)
まるで悪役モブみたいだ。
……とりあえず、胃薬をもらおう。
○
翌日。
俺はものすごく緊張しながら、ウィンターホルムの邸宅街にあるハルシオン家のタウンハウスへ馬車で向かった。
周りの屋敷と比べると古風だが、立派な造りの建物だ。
応接室に案内されて、ハルシオン伯爵と対面した。
「ようこそお越しくださいましたディオ様! いやはや、我が娘がウィンターソン家の花嫁になるとは光栄の至り!」
意外にも歓迎ムードだった。
正直、殴られたり斬られたりすることも覚悟していたのに。
「えっと、どういたしまして……?」
俺は困惑しつつ、伯爵の隣に座るトリアとテトラを見る。
二人とも苦笑していた。
「お父様のウィンターソン家への忠義は、心酔と呼べるほどですから……」
トリアがやれやれとため息をつく。
「でも、俺自身がハルシオン家に何かしたわけじゃ……」
忠義立てされるようなことは何もできていない。
むしろその忠義を仇で返すような行為をした自覚すらある。
「身も蓋もない話をすれば……婚約の支度金で領民の暮らしがより豊かになりまして」
前世のことを思い出す前のディオが「双子を嫁にする」と騒いでトリアと婚約した際、多額の支度金が定期的に支払われることが決まった。
支払いはなんと結婚後も続くそうで、実質的には迷惑料も兼ねている節がありそうだ。
「もう少しくらい、私たちのために残しておいてもいいのになあ」
テトラがぼそりと愚痴をこぼす。
「我々が暮らすのには困っていないだろう?」
「そうだけどー……私もかわいい専属メイドがほしかったっ」
「そうかい? 実は支度金が増えることになったから、考えてみるか……」
伯爵いわく、最新の農業機具を大量に購入することで、その場しのぎの配給に止まらず、根本から領民の生活の質を改善することに成功したそうだ。
昨年は収穫量が倍増し、今年はさらに増加する見込みだとか。
しかもテトラとも婚約したので、支度金の方も倍増するらしい。
「ともあれ、これもウィンターソン家の庇護があってこそ。本音を言えばディオ様に婚約を持ちかけられた際は不安もありましたが……今となっては杞憂でした」
伯爵は偉い人にしては珍しく、正直な物言いをする性分だ。
ならば俺も、小細工抜きだ。
背筋を正す。
やっぱり、めちゃくちゃ緊張する。
社畜として生きていた現代日本は独り身だったから、こんな状況は経験していないし。
何度でも言うが、十二歳には荷が重い。
「ハルシオン伯爵、単刀直入に言います。俺はトリアを愛しています。末永く幸せにします。だから……結婚の許しをください」
もう二度と、トリアを悲劇的な運命の被害者にはしない。
ありったけの思いを込めて、俺は伯爵に頭を下げた。
「ええ、もちろんです。トリアをよろしくお願いします」
ハルシオン伯爵は快諾してくれた。
「ありがとうございます……!」
しかしまだ、第一関門に過ぎない。
「それと……その。俺はテトラのことも愛しています」
「ほほう」
「今はまだ婚約の段階ですが……二人とも必ず幸せにしてみせます!」
我ながらとんでもないことを言っている。
やっぱり今日ここで死ぬかもしれない。
「ええ。テトラのことも、よろしくお願いします」
だがまたしても、ハルシオン伯爵は首を縦に振った。
優しげな表情で、俺を見ている。
「……意外とあっさりですね?」
何か裏があるんじゃないかと不安になって、ついそんな言葉が口からこぼれてしまう。
「ははは、そうですな! しかしこちらとしては……二人の愛娘から、毎日のようにディオ様の話を聞いておりまして」
「……どんな話を?」
「いかにディオ様が優秀だとか、かっこいいとか、どういう所が好きだとか……有り体に言えばのろけ話ですな」
「お、お父様! ディオ様には内緒だと言ったのに……!」
ハルシオン伯爵の横で、トリアが照れていた。
どうやら本当らしい。
「トリアの挙式とテトラの婚約が同時に持ち上がった際は、二人から直々に説得されて……最終的には送り出す決意をしました。本人の意思が固いのであれば、親にとってもこれ以上ない嫁ぎ先なのは否定できませんからな」
ハルシオン伯爵はそう言って、肩をすくめた。
どうやらトリアとテトラがあらかじめ根回ししたらしい。
「もう……!」
「えへへー」
頬を膨らませるトリアと、得意げに胸を張るテトラ。
「それにしてもディオ様はまだお若いのに、立派になられましたな。特に最近の活躍はめざましく……ウィンターソン家に仕える者として、二人の娘の父として、誇りに思います」
「俺はそんな大した人物じゃ……正直殴られる程度じゃ済まないと覚悟していました」
本音を打ち明けたらハルシオン伯爵に、「ははは」と豪快に笑われた。
「ディオ様には、娘たちの才能を見いだしていただきました。そんな恩人を殴るなど、とんでもない」
「才能を、見いだす……?」
「トリアが読書好きなのは知っていたが、類い希な学問の才能を持っているまでとは知らなかった。我が家には存分に学べる環境が、ありませんでしたからな」
トリアは当初、ウィンターソン家の図書館が目当てで俺と婚約したと言っていた。
あの場所は北部における英知の結晶だ。
「ディオ様の口添えがあって、トリアは好きなだけ欲しい知識を吸収する機会を得ました。最近では領地経営の助言をもらったり、家計の差配まで安心して任せられるほど賢い子に育ちました」
「……そんなに優秀なトリアを引き抜いて大丈夫ですか?」
「ご安心を。公爵に頼れる専門家をご紹介いただきましたから」
「それは良かった……にしても、やっぱりトリアはすごいな」
何度も人生をやり直している俺と同じ授業を受けて理解できるのだから、優秀なのは当然だ。
いや、優秀どころか天才だ。
「ですが……他の女の子は、本を読んでいたら取り上げられることも珍しくないと聞きます。その点、お父様はわたくしの自由にさせてくれましたから、感謝しています」
「そうかい……!」
トリアに言われて、ハルシオン伯爵は目に涙をにじませていた。
「やはりディオ様には感謝してもしきれませんな……テトラが剣を存分に振るえるのも、ディオ様があってこそだ」
「別に俺は何も……」
否定しようとしたら「いえ!」と伯爵に遮られた。
「テトラはお転婆な女の子で、病弱だった母親とは真逆すぎて先が思いやられたのですが……極めれば誰よりも優れた長所になる。その機会を与えてくれたのは間違いなくディオ様です!」
「確かに、剣の訓練に誘ったのは俺だけど……」
「加えて、テトラの求める場所で戦うことを認めてくださった。その結果、テトラは「勇者」と呼ばれるまでに至りました」
「でも娘を戦場に連れ出すなんて、親としては心配だったりしませんか……?」
テトラの望みだとしても、そこは気になっていた。
「それは否めませんが、北部にこれほど逸材の剣士がいたら頼もしいことこの上ない! 私はテトラが負ける姿など想像もできません!」
ハルシオン伯爵が絶賛する横で、テトラは笑った。
「でもお父様だって、私の剣が折れる度に新品をくれて、魔物退治も許可してくれたでしょ?」
「それはその通りだが……」
「つまり私が強くなったのはお父様のおかげ! ありがとう!」
「ああ! こんなに素晴らしい娘が二人もいて、私は幸せ者だ……!」
ハルシオン伯爵はついに泣き出してしまった。
○
「ディオ様、この後はどうされるのですか?」
しばらくして落ち着いた伯爵が、俺に問いかけてきた。
「あー……テトラと出かけてきます」
「テトラと……ですか? まあ婚約者にはなりましたが」
そう。
結婚するトリアとでも、双子両方とでもなく。
妹のテトラと二人きりで。
「はい。それに以前から約束していたので」
「ドラゴンを討伐したご褒美なの!」
「そうかい? でも、トリアはいいのか?」
伯爵は笑顔のテトラを見て口元を緩めつつも、トリアに聞く。
「わたくしはもうすぐ一緒に暮らす身ですから。たまにはテトラにも譲ってあげないと」
「姉さんは私に優しいから好きー」
仲の良い双子の姉妹。
これもきっと、優しい父親が大切に育ててきたからなのだろう。
○
挨拶を終えて、エントランスに向かった。
「あれは……」
通りすがりに、ある物が気になった。
壁面の一番目立つ位置に大々的に飾られた、肖像画だ。
小さく微笑む、美しい女性。
双子にそっくりだ。
「私たちのお母様よ! すっごく美人でしょ?」
「病で七年前に亡くなってしまったのですが……優しくて大好きなお母様でした」
二人とも、愛おしげに母の画を見上げている。
「二人には苦労を掛けたが、最高の殿方と巡り会えて良かった。しかもそれが敬愛する主の息子とは……妻にもいい報告ができそうだ」
ハルシオン伯爵はまた涙ぐんでいた。
(トリアとテトラのお母さんか……)
きっとこの人も、双子のことを溺愛していたんだろうな。
俺は肖像画に一礼した。
そうして顔を上げると。
「へへ。さあ行こ? ディオ」
テトラに手を握られた。
そのまま駆け足で、扉の方まで連れて行かれて。
「じゃあ、お父様、姉さん! 行ってきます!」
テトラは伯爵とトリアに、ぶんぶんと大きく手を振った。




