第56話 婚約者に想いを告げる
食後。
改めて俺の体調を軽く検査して、回復していることが確認された。
現在、屋敷の中にある研究室にて。
俺はベッドに寝かされていた。
父上とミア、オルクス先生が周囲を囲んでいる。
「ディオ君には驚かされてばかりです。天使を討って、その目を自らに移植しようとは……本当に、興味深い少年だ」
オルクス先生には医師として念のため立ち会っているが、学術的な興味の方が強そうだ。
「さっそくだが、目の移植を行う。片目あれば事足りるが……どちらにする?」
「じゃあ、左目で」
俺の目を摘出して、代わりに天使の目を移植する。
ミアの空間魔法を応用するらしい。
手をかざすだけで天使の目を抜き取っていたし、あれの応用だろう。
(自分で言い出したことだけど、怖くなってきた……)
当然ではあるが、自分の目を抜き取るなんてさすがに緊張する。
「そう言えば……天使の目への適性はどうなの? 俺に合わなかったら何か起きたりは……?」
「その点は確認済みだ、問題ない。ディオは何でも適性があるな」
隠れチートスペックのディオに転生して良かった。
「ちなみに、痛かったりする?」
「心配ない。魔法で眠らせて、その間に目を入れ替える。ディオの負担は最小限だ」
「ミアがそう言ってくれるなら安心だ」
そうして俺は眠りについた。
目を覚ます。
「ディオ、無事に成功したぞ」
ミアに鏡を見せられた。
右は元々の、金色の目。左には、夜空の星々のような光が輝く、天使の目。
「まだ不思議な感じだな……」
「どうだディオ。何か違和感や、見え方に変化はあるか?」
「視力って意味では変わらないかな。体調も問題なさそうだよ」
俺は父上の問いに答えながら、体を起こした。
父上を見る。
今までは見えなかった、左胸に黒くて禍々しい靄が視えるようになった。
「これが、魔遊病の源か……?」
「その目を使いこなせるか、まずは私で試してみなさい」
父上は俺の前に一歩踏み出す。
今から魔遊病を治してみろ、という意味だろう。
確かに、病原は禍々しい死の影として直接捉えられている。
「でも、失敗したら……」
いくら視えていても、破壊魔法で取り除くやり方が失敗すれば父上を殺してしまう。
その不安が、拭いきれない。
「私はディオを信じている。自慢の息子だと思っている。だから、自分を信じなさい」
北部の守護者。
ウィンターソン家の当主。
偉大な父上から寄せられる、絶対的な信頼。
「ああ……今更尻込みしてる場合じゃないよね」
俺は父上に背中を押してもらい、決心した。
天使の目によって、今まで視えなかったものを、明確に捉えることができている。
正しく認識していれば、直接触れずとも破壊魔法をピンポイントに放てるはずだ。
病原だけを直接狙う。
黒い靄の一点に、全神経と魔力を集中させて。
「消えろ……!」
俺は父上の左胸に手をかざした。
魔力を熾し、破壊魔法を起動する。
直後、父上の左胸にあった黒い靄が、消えた。
「これで成功……したはずだよ」
正直、分かりやすい手応えみたいなものはない。
「確かに違和感が消えたような気はするが……」
「検査しましょう」
実感がわいていない様子の父上をオルクス先生が診断した。
「魔遊病が……消滅しています」
オルクス先生は驚きを隠せない様子でそう口にした。
「つまり、完治したのか?」
「はい。もう何も、心配は不要です」
やり遂げた。
そう理解した途端に、全身の力が抜ける。
「やった……!」
つい、近くにあったベッドに仰向けで飛び込んでしまった。
そんな俺を、父上は微笑ましげに見て。
「……ディオはあと数年もすれば、私を超えてしまいそうだな」
「まだまだ後を継ぐつもりはないよ」
皆の幸せのために、父上には長生きしてもらわないと困る。
○
その日の午後。
俺はトリアと二人きりで話す場を設けてもらった。
やってきたのは、屋敷内の聖堂だ。
歴史を感じさせる荘厳な石造りの建造物。
日常を過ごす屋敷の本邸も由緒ある建物だが、それとは雰囲気が段違いだ。
ウィンターソン家の重要な祭事で使用される。
二週間後の挙式の会場だ。
「ディオ様、目の調子はどうですか?」
挙式では参列者が座る予定の長椅子に腰掛けて、二人で話す。
「うーん、案外普通かな?」
「そういうものですか……?」
トリアが隣から、じーっと俺の顔を覗き込んでくる。
「えっと、似合ってるかな?」
「そうですね。これはこれで……素敵です」
眩しすぎて、トリアの笑顔を直視できない。
俺は目を逸らしつつ話題を変えた。
「……敷地が広すぎて何でもあるよね、この家って」
「ふふ、本当ですね」
気持ちを見透かされているのか、トリアに笑われた。
それでも話を合わせてくれるのは優しさだろう。
「聖堂と言えば宗教的な施設ってイメージだけど、何を信仰しているんだろう? まさか天使じゃないよね」
「女神教ですね。かつて北部が独立した国の共同体だった頃は、広く信仰されていたようです」
「かつて……ってことは今は違うよね」
北部で特定の宗教が流行っているなんて話は、聞き及んでいない。
「北部が王国の一部となった頃を境に下火になった、と書物にはありました」
「へえ……まあ俺たちを脅かす天使よりは、女神の方が良さそうだね」
「はい。ところでディオ様はご存じですか? 北部の女性は皆、先祖を遡ると女神の末裔らしいですよ」
どうやら、そういう伝承があるらしい。
「知らなかった……けど納得かな」
「納得……ですか?」
「だからトリアは女神みたいにかわいいのか、って」
「で、ディオ様? 急にそんなことを言われると照れてしまうのですが……」
やっぱりトリアの照れ顔はかわいい。
「もちろん、かわいいだけじゃないよ。いつも勉強を頑張っていて、物知りだ」
「わたくしなんて……まだまだです」
俺が褒めたら、トリアは謙遜して少し俯いた。
「何より、わたくしは戦いだとお役に立てません……」
「でも、俺はトリアに助けられてるよ」
「そうでしょうか……」
「だって、今度の挙式がすぐに実施できるのは、トリアの知識があってこそだよね」
「え?」
トリアは顔を上げた。
「挙式自体が結界を修復するための儀式だって聞いたけど……俺はやり方を知らない。けど、トリアは知ってるんでしょ?」
「そうですね……婚約が決まってから、わたくしはウィンターソン家に嫁ぐため、儀式のことも教わってきました」
そう。
トリアの準備ができているからこそ、挙式を急ぐという選択肢が取れる。
「それに儀式って、誰とでもできるわけじゃないって聞いたよ」
「はい。実は婚約の時に、適性検査を行いました」
「つまり俺とトリアだから、結界を修復して北部を守れるんだ」
少し自信なさげなトリアを励まそうと、俺が伝えた言葉は。
「わたくしはディオと相性が良い……ということでしょうか?」
少しだけ、違う解釈をされた。
「相性も……そうだね。とにかく俺は、トリアの知識に助けられてるよ」
「わたくしは、ディオ様のお役に立てているのでしょうか?」
「うん」
俺は力強くうなずく。
「ディオ様はいつもそうですね。わたくしのくみ取ってほしいことや、褒めてほしいことを……ちゃんと見てくれます」
「いつも?」
正直、そんな自覚はなかった。
「そもそも、わたくしがこの家で好きなだけ知識欲を満たせているのも、ディオ様の計らいでしょう?」
「それは……図書館で会ったあの時、トリアが強く望んでいるように見えたから」
「ほら、そういうところですよ」
「なるほどね……?」
トリアは嬉しそうに笑みをこぼした。
「わたくし、次世代の公爵夫人として、ディオ様をお支えしたいと思っています」
「ありがとう、心強いよ」
「知識を生かすだけでなく、ディオ様にはない交友関係も生かしたいですね……北部の諸侯のご令嬢とは仲良しなので、ウィンターソン家と他家の繋がりをより強固にするお手伝いを……」
トリアは一人で夢中になって、考え込んでしまった。
「トリアは本当に頑張り屋さんだよね」
「はい! ディオ様のために頑張ります!」
「嬉しいけど、もう一つお願いがある」
俺はトリアの手を握る。
「なんでしょう……?」
すんなりと受け入れられた。
トリアが頑張ってくれるのは嬉しいけど、少しだけ心配になる。
だから。
「トリアには、俺の帰る場所になってほしいんだ」
「帰る場所……ですか?」
「うん。戦いに行くときは「いってらっしゃい」って送り出してくれて、帰ってきたら「おかえりなさい」って出迎えてくれる。そんな人になってほしい」
「素敵ですね……わたくしもぜひ、そうなりたいです」
「俺は頑張るトリアも好きだけど、二人でのんびりして安らげる関係が理想だと思うんだ」
トリアは気負いすぎてしまうから、俺の方から力の抜きどころを作ってあげたい。
そう思っていたら。
「安らげる……ですか。ああ」
トリアは何やら、納得した様子で声を上げた。
「確かにディオ様はわたくしのお胸を触っている時、とてもリラックスした表情ですよね」
「え、そうかな……?」
「はい。今朝なんて特に」
「そう、なのかな……?」
いやまあ、美少女の胸なんてそれはもう、触ったらとても安心して幸せな気分になるわけだが。
決してわざと触ったわけじゃない。
少なくとも今朝はそうだ。
「ふふ。ディオ様、お気遣いありがとうございます」
トリアは優しく微笑んだ。
この口ぶりだと、俺の思惑なんてお見通しだったかもしれない。
トリア・ハルシオン。
原作では、ディオ・ウィンターソンの被害者として象徴的なキャラクター。
登場機会の少ないヒロインの姉という扱いで、特に目立つこともなく、悲劇的な死を遂げる人物。
そのトリアが今、俺の隣で笑っている。
そのことが何よりも嬉しくて。
今世での努力が報われたような気持ちになって。
「トリア」
「は、はい……!」
俺は名前を呼んで、トリアに向き直る。
緊張が伝播したのか、トリアの声が上ずっていた。
「俺、トリアのことが好きだ」
「わたくしも……ディオ様のことをお慕いしていますよ」
ようやくきちんと言葉にできた俺の気持ちに、トリアは真っ向から応えてくれる。
「こんなに早くとは思っていなかったけど……俺と結婚してほしい」
「はい。これからはディオ様の妻として、北部をともに守っていく所存です」
「うん。北部も大事だけど……何よりもまず、トリアのことを幸せにする」
俺がそっと、トリアを抱きしめようとしたその時。
「あ、ちょっとダメよリサリー……!」
「テトラ様こそ、押したらまずいです……!」
背後にある聖堂の扉から「わーわー」と聞き覚えのある声が漏れてきた。
聖堂は広くて人気がないので、控えめな音でもよく響く。
「まったく……」
「ふふ。しょうがない子たちです」
振り向いたら、扉が開いた。
「いたっ」
「わふっ」
テトラとリサリーが転がり込んでくる。
扉の隙間から覗いていたら、うっかり転んで扉を開けてしまったらしい。
「え、えっと……おめでとう姉さん、ディオ!」
「お、おめでとうございます!」
慌ててごまかすような二人からの祝福。
「……うん。ありがとう」
俺はトリアと笑い合いながら、その祝福を受け取る。
こうして俺は、《《一人目》》の婚約者と心を通わせた。
そう。
俺にはもう二人、婚約者がいるのだ。




