第55話 婚約者が増えた。
「ディオの新たな婚約について話がある」
朝食の場で、父上から予想外の話を切り出された。
「……俺、まだ寝ぼけてる?」
「いや、これは現実の話だ」
父上は大真面目にそう口にする。
俺は戦いの翌日、一日中眠っていた。
傷はテトラの聖剣による治癒と、ウィンターソン家お抱えの魔法薬師が作ったポーションで完治している。
たった一日寝ていただけで、話が思わぬ方向に転がっていた。
皆の顔を見る。
どうやら本気らしい。
「それで……誰との婚約?」
「ミアとテトラだ」
「一気に二人……?」
父上の言葉に疑問を呈したら、隣から「くすくす」と笑い声が聞こえてきた。
トリアだ。
「ディオ様が言うなんて、面白い冗談です」
俺が双子まとめて嫁にしたいと宣言した時のことを指して、からかっている。
「いや、でも実際そんなのアリなの?」
「本人たちの強い希望だ。ディオも望んでいるとのことだし、私にもそう見えた」
父上にも俺たちは親密な関係に見えるらしい。
ミアとテトラは二人とも、既に聞き及んでいたような反応だ。
(俺以外とは、もう話がついているのか……?)
確かに俺は、平和のため、女の子たちの幸せのためにと、原作通りの展開を変える努力をしてきた。
皆まとめて俺の嫁にする。
いくら本人たちが望んでいるとは言っても、本当にそれでいいのか?
本当に皆にとっての幸せなのか?
分からない。
ただ、自分に正直になるのであれば。
俺も望んでいる。
皆に幸せになってほしい気持ちは変わらない。
だけど。
それは俺の隣であってほしいという願望が、生まれていた。
「何より、今後私の身に何かある前に、正式に婚約を認めておきたい事情もあった」
「父上は今後も何かあるって考えてるんだ?」
「ああ。その前に北部の守りを盤石にしておきたい」
どうやら当人の気持ちだけでなく、政略的な思惑もあるようだ。
俺の立場はウィンターソン家の後継者だから、当然と言えば当然だが。
「ミアは……故郷に強大な勢力があるから、魔界の敵に対応する意味でも分かるんだけどさ。テトラと婚約するウィンターソン家としての政略的なメリットって?」
「テトラは竜を討った少女として、北部諸侯の中で話題になっている」
魔王であることをぼかしながらの俺の疑問に、父上は答える。
「あの森で、誰かがテトラちゃんの活躍を見ていたらしいの」
「テトラのことを「勇者」なんて呼ぶ者まで現れたそうですよ。さすがわたくしの妹です」
母上とトリアが誇らしげに教えてくれた。
いわく、早くも領民にまで噂が広がり始めているとのことだ。
テトラはどや顔を俺に見せつけてきた。
「へへ、すごいでしょー」
「うん」
原作や前世のテトラは、魔王との戦争の際に国王から「勇者」として認定され、そう名乗っていた。
しかし今世では自身の活躍だけで自然発生的に、奇しくも同じ「勇者」として称されるに至った。
悲劇的な運命に導かれて与えられるはずの称号を、自らの力で手にした。
「本当にすごいよ、テトラは」
「テトラは今や、北部を守った象徴的な少女として扱われ始めている」
父上はそう、説明を加える。
俺やミアの戦いは目撃されていなかったのか、一番派手なドラゴンを倒したテトラが目立ったのか。
いずれにせよ。
「勇者」と呼ばれ始めたテトラと俺が結ばれることで、北部の守護者としてのウィンターソン家の地位を改めて誇示する意図が、父上にはあるのだろう。
「無論、政略的な理由だけであれば躊躇したが……」
「私はディオが大好きだから願ったり叶ったりです、お義父さま!」
テトラが言っていた「決定事項」ってこういう意味か。
確かに俺たちは想い合っていて、婚約が必要な理由もある。
だけど。
「トリアは良いの?」
「ディオ様ほどの器の方であれば、みんなを愛してくれるでしょう?」
めちゃくちゃ信頼されていた。
「それに……最初はわたくしですから」
「最初?」
「ディオとトリアの結婚を急ぐ必要が出てきた」
俺の疑問に答えたのは、父上だった。
「結婚を、急ぐ……?」
「特別区の結界を速やかに修復するためだ。あの地域は魔界とも隣接していて、結界によって強力な魔物の侵入を防いでいた」
先日の戦闘で、天使を誘い込むために結界の破壊を許容した。
演習場所を囲う程度の結界だと思っていたが、それほど重要な意味があったとは。
「確かに結界の修復は必要だと思うけど、それと結婚にどんな関係が?」
「婚姻によってウィンターソン家の者と花嫁の魔力を同調させ、結界を修復させる。元々あの結界は、そうやって維持してきた」
「ウィンターソン家だけに昔から伝わる、特別な守護魔法なのよ」
母上が父上の説明を補足してくれる。
「父上と母上だと……できない理由があるんだね」
「ああ。ウィンターソン家の者が屋敷の聖堂で行う挙式自体が、特殊な儀式になっている」
「結婚したその時にだけ得られるすごい力ってこと?」
「端的に言えばそうなる」
「まだ天使は他にもいるみたいだし、対策は必要だよね……」
俺の言葉に、父上は静かにうなずく。
「ああ。天使は倒したが、内外に懸案事項は残っている」
「内側と言えば……レオーネはどうなったの?」
敵に利用され、俺たちに泳がされる形で結界を破壊した張本人。
戦いの場にいたはずだが、気にしている余裕までなかった。
「身柄は確保している。フロストウェル家には重大な処分を下すつもりだ」
「レオーネだけじゃなくて、子爵も罰を受けるの?」
「レオーネの動きに気づきながら見逃して、私が死んだ際には挙兵する準備をしていたのでな」
つまり、親子揃って北部に対する反逆者に成り下がったのか。
フロストウェル家は取り潰しになるかもな。
「外側……魔界に対しては警戒を強めている。現状、他に何者かが魔界から北部を攻めようとする様子はない」
ミアが魔界の状況について聞かせてくれた。
どうやらミアの配下が魔界で睨みを効かせているみたいだ。
「とはいえ結界は早めに直すべき……だよね」
「ああ。挙式は二週間後を予定している」
「早めにしても、ずいぶんと急だね」
「王都では、一部の上流階級が何らかの信仰にのめり込んでいるとの情報を掴んでいる」
父上が語る理由。
つまり、天使教が場所を変えて動いている可能性が高いので、備えたいってことか。
「何より、トリアちゃん自身の強い希望もあったから。ね?」
母上がトリアに笑いかける。
「はい! わたくしは早くディオ様と一緒になりたい……だけでなくて、一刻も早く北部のためにお役に立ちたいと思っています」
トリアは立派な建前を口にしているが、本音が漏れていた。
「俺も嬉しいけど……まだ十二歳だし、心の準備とかその他諸々が不足しているような」
「十二歳で結婚するのも、由緒ある家柄なら珍しいほどでもないのよ?」
母上が言うならそうなのかもしれない。
確かに母上も、十代半ばには父上と結婚していそうだ。
でも。
原作や前世ではディオのせいで悲劇の運命を辿ることになったトリアが。
そのディオと早く一緒になることを望む日が来るなんて。
(……本当に、過去とは違うんだな)
いや。
他人事みたいに言っているけど、変えたのは俺か。
そういう意味で、トリアは。
ゲームのキャラクターに過ぎないディオ・ウィンターソンではなくて。
本当に、俺自身が好きって意味なのでは。
そう意識すると、さっきから隣でにこにこしているトリアの笑顔が、百倍は眩しく見えてきた。
(俺の婚約者がかわいすぎる)
見惚れてしまいそうになって、我に返る。
「とりあえず、事情は分かった……けど北部の守りを盤石にするためにはまず、父上に健康でいてもらわないと」
天使の目を俺に移植する。
元々はこの場で、その話をするつもりだった。
「確かに、ディオの言うことも一理あるな」
父上は俺の言い分に納得してくれた。
(これで一旦、俺の縁談から話を逸らせたか……?)
俺の知らぬ間に纏まっていた、この話。
他人から見たら、男の夢みたいな状況だ。
ミア、トリア、テトラ。
三人の美少女を、まとめて嫁にする。
家公認で。
本人たちも望んでいる。
男であれば迷わず飛びつきたくなるような状況だけど。
俺の中で、一つ問題があった。
(俺、皆にちゃんとプロポーズとかしてないよな……!?)
そう。
まずは皆とそれぞれ、二人きりで話す必要がある。
気持ちを明確にせずに先に進むなんて、それこそクズの所業だ。
(俺はクズから脱却するんだ……!)
俺は残っていた朝食のパンを口に運びながら、初心に返った。




