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第52話 悪役モブは死闘を繰り広げ、魔王に愛を誓う

「こっちの話を待ってくれるなんて意外だったよ」


 俺は龍人族の長ドラグニールと対峙する。


「ガキ相手に隙を突けってか?」


 ドラグニールは悠長に構えている。

 

 そういうことなら、逆に隙を突かせてもらおう。

 俺は左手に宿した破壊魔法でドラグニールを狙った。


「っと……!?」


 ドラグニールは咄嗟に大剣で防ごうとするが、俺の手に触れた瞬間にその剣は跡形もなく消し飛ぶ。


「ハイドロ・バースト!」


 続けて放つ、水の上級魔法。

 ドラグニールは後方に跳躍して回避した。 


 当たらないのは想定の範囲内。

 これで敵と、動けない状態の父上との距離を取ることができた。


「……やるじゃねえか」


 ドラグニールは俺の狙いを察したらしい。

 少し苛立っているようだが、まだ余裕がある。


「ミアは多分、お前のこと嫌いだと思う」

 

 だから俺は煽ることにした。


「ハッ! なんだ、俺様に張り合う気か?」

「違う。お前はミアの部下なのに余計なことをするし、ミアより弱いし……本当にしょうがない奴だな」


 俺が呆れてため息をついたら。

 ドラグニールの目つきが変わった。


「龍人族は悪魔族に服従する気はない! 何故なら俺様は悪魔族より強いからだ!」


 ドラグニールは猛攻を開始する。


「くっ……!」

「そもそも、あの女の気持ちなんて関係ねえ! 天使には、悪魔を洗脳する秘術があるからな!」

「……なんだと?」


 俺は龍の鉤爪による連撃を、かろうじて受け止める。

 原作知識で多彩な剣術と魔法を使える。

 近頃は訓練も欠かしていない。

 それでも単純なフィジカル勝負は俺の方が不利だ。

 

「無制限に使えるわけじゃないらしいが……大昔に天界から悪魔を追い落とした時も、同じ手を使ったんだとさ!」

「ミアを洗脳して……どうするつもりだ」


 嫌な予感が頭をよぎる。


「都合の良い魔王サマとして傀儡にするのさ。龍人族と天使、両方にとってのな」

「傀儡……?」

「俺様たち龍人族は魔王サマを担ぎ上げ、悪魔族を前線に立たせて人間界に攻め込む。天使は戦争で混乱が生まれる中、魔王サマの軍勢に対抗する勢力として現れ、撃退して人間の希望になる」


 またしても、マッチポンプみたいなやり方だ。

 しかし、疑問がある。


「それだと、お前は負けて損をしていないか?」

「いーや、負けるのは俺様じゃない。俺様のかわいい傀儡になった魔王サマだ」


 ドラグニールは攻撃の手を緩めて、したり顔を浮かべる。


「わざと負けて責任をミアに負わせるのか」

「ああ。そうすりゃ悪魔族は魔界で支持と勢力を失い、龍人族の時代が戻ってくる。天使は人間界で、信仰を取り戻せる。あいつを手に入れたら、お互いに得するって寸法だ」


 ドラグニールは武闘派かと思ったら、策略家でもあるらしい。


「意外と計算高いんだな。魔界だけで満足する性格には見えないけど」

「当然、魔界での勢力を盤石にしたら、改めて人間界に本気の戦争を仕掛けるさ。まあ、別の楽しみもあるが」

「……楽しみ?」


 どうも気に入らない口ぶりだ。


「作戦の前に、あの女に俺の有り余る性欲をぶつけるのが楽しみで仕方がねえ。事が終わる前に壊れたり孕んだりしねえか心配だぜ、ガハハ!」

「……」


 嫌な予感が的中した。

 こいつの言っていることは恐らく本当だ。


 ミアは原作や前世でも、実際に洗脳されていた可能性が高い。

 心優しく、友好と平和を望むミアが、冷徹で人々を虐殺する魔王になった理由。

 あれが本人の意思ではなかったとしたら。

 裏でミアを操っていた者がいたとしたら。


 そんな描写は原作にはなかったし、設定資料にもなかった。


(シナリオを書いた作者しか知らない、裏設定があるのか……?)


 そう言えば、原作では魔王が討たれた後、最終的に作中の世界はどうなったんだっけ。

 不安が頭を駆け巡る。

 その時。


「目の前の戦いに集中した方がいいんじゃねえか!?」


 俺は鉤爪で脇腹を裂かれた。


 ——見えなかった。


 単純な攻撃だが、速度と質が高い。


「ああああ!?」


 痛い。

 血が溢れる、熱い感覚。


「っ……」


 意識が飛びそうになる。

 流れ出る血を見て、俺は思う。


 このままだと死ぬ。


(まずは止めないと……)


 魔力や水は流れている。

 俺は制御できる。

 血も同じだ。


 できるか分からないが、やってみるしかない。

 俺は傷口に意識と魔力を集中させて、どうにか止血した。


「ハッ! ガキのくせに、根性あるじゃねえか」

「ああ……おかげさまでな」


 かと言って長くは持たない。

 早めに決着をつける。

 次、向こうが仕掛けてきたら仕留める。


「……来いよ、ドラグニール」

「俺様の剣を破壊した魔法、あれは危険だ。あからさまな誘いに乗ると思うか?」

「なんだ……手負いのガキにビビってるのか?」

「それもそうだなあ!」


 ドラグニールは攻撃を再開した。


「——柔華流」


 剣術による自動でのカウンター。

 捉えきれない攻撃でも、来ると分かっていれば対応のしようもある。


「おっ?」


 右手の剣で、ドラグニールの左手を弾く。

 その隙に左手の破壊魔法で仕留めに掛かるが。


「ガアアアア!!」


 龍人族の咆吼。

 ただの声ではない。

 魔力が込められている。


 全身の筋肉が、硬直する。

 その間に、ドラグニールが攻撃を再開する。

 

「制風剣秘奥義……夢幻剣」


 俺は攻撃を受ける寸前で、姿を消した。


「あ?」


 シンプルな剣術だと対応される。 

 それでも秘奥義であれば、敵も初見だし通用する。


 俺はドラグニールの背後を取って姿を現した。

 もう一度、破壊魔法を当てようと試みる。


 ドラグニールは手練れだ。

 身体に染み込んだ戦闘の経験が豊富にある。


「ちっ……!」


 ドラグニールは背後からの攻撃を反射的に鉤爪で弾こうとして、引っ込めた。


 今度こそ隙ができた。

 本命は右手の剣。


「崩点穿!」


 渾身の突きを放つ。

 ドラグニールは避けもせず、身体で受けた。


「悪いがその程度じゃ、龍の鱗は貫けねえよ」


 俺の攻撃は効かなかった。

 ドラグニールは片手で刃を平然と掴む。

 逃がさないつもりらしい。

 

 好都合だ。


「だけど、これで届いた」

「あ?」

「断山剣秘奥義。九峰断」


 北の山脈の一部を剣で断ったと言われる、断山剣最強の一撃。

 極限まで高めた剣気を、至近距離で打ち込む。


「てめえ——」


 純粋で圧倒的な力が、ドラグニールを粉々に切り刻んだ。




 まずは敵を一人、倒した。


「はあ、はあ……」


 全身に疲労が押し寄せる。

 チート並の才能を持つディオでも、これだけ色々やると身体が重い。

 それでもまだ、休めない。


「ミアを助けないと……」


 ミアは天使と戦っている。

 天使はミアの攻撃をいなしているが、形勢は一方的だ。

 

 目的は殺害ではなく、まずは天使の目を手に入れることだ。 

 だからミアは追い詰めた天使の胸ぐらを掴み、捕らえた。


「まだ、殺しはしない」

「そうか……だが、私に触れたな?」


 天使が不敵に笑う。


「なぜ笑う」

「私がただ攻撃を受け、逃げ惑っていただけと思うな」


 直後、天使の周辺の空中に魔法陣が展開される。


 天使がミアを罠に掛けるため、準備していた。


「これで終わりだ」

「しまっ——」

 

 天使は逆に、ミアの手首を掴んだ。

 瞬間、魔法陣が妖しく輝きを放ち、術式が発動して。

 ミアがその場に崩れ落ちた。


「ミア!」


 俺は慌てて破壊魔法で魔法陣を破壊したが、間に合わなかった。




「ドラグニールめ、子供に殺された挙げ句こちらの妨害を許すとは……だが一歩遅かったな」


 天使が勝ち誇る中。

 ミアが目を開けて再び立ち上がる。


「……」


 ミアの眼は、冷たかった。

 原作や前世で見た覚えがある。

 他者の思惑で動く、魔王の姿だ。


「さあ、悪魔族の娘よ。まずは最初の罪を犯せ。あの子供を殺すのだ」


 天使の指示に従って、ミアが淡々と俺に向かってくる。


「ミア、俺が分からないのか……!」


 忘れているのか、認識できないのか。

 俺が何者か気に留める様子もなく、剣を構えている。


「無駄だ」


 ミアの歩みが鈍くなった気がした。


「さあ、そいつを殺せ!」


 天使は気づいていないようだが、俺の声が確かに届いている。

 だったら、俺にできるのは呼びかけ続けることだ。


「そんなこと、望んでいないはずだ! ミアは優しくて平和を愛する女の子のはずだろう?」

「くっ……うるさい!」


 ミアは頭を痛そうに押さえながら、雷魔法を飛ばしてきた。

 が、狙いが定まらず明後日の方向に外れる。


 それでも、ミアは近づいてくる。

 俺は一歩前に出た。


「なんだこの痛みは……! お前は……?」

「俺はディオだよ。ミアの弟子だ」

「弟子……?」

「ああ。俺の魔法は、ミアから教わったんだ。おかげでこうして、今も生きてる」


 そうだ。

 魔力の制御をミアから学ばなかったら、俺は出血を抑えられず、この場に立っていない。


「ディオ……?」

「うん、ディオだ」


 俺は笑って、ミアに呼びかける。


「何をしている、さっさと殺せ!」


 天使が命令を重ねる。


「ぐうっ!」


 ミアは剣を振るってくるが、鋭さに欠けて力がない。

 手負いの俺でも容易に防げる。


 本気のミアだったらこの程度では済まない。


「ディオ、ディオ……?」


 ミアは俺の前でよろめき、剣を手放し、片膝を突いた。


 きっと、天使の力と自身の記憶で揺れている証拠だ。


 前世や原作では完全に傀儡になって、容赦なく人間界を侵攻していたのに。


 洗脳したばかりで効果が薄いのか?

 あるいは。


(俺との関係が、何か影響を与えているのか……?)


 だとしたら。

 俺を思い出してもらうために、できることは。


「そうだ、ミア。いつもの挨拶をしよう」

「あい、さつ……?」

「うん。ミアが俺に覚え込ませたんだ。忘れたとは言わせないよ?」


 俺はそう言って、ミアの頬にキスをした。


「そうか、ディオ——」

「早くやれ!」


 再三の、天使による命令。

 また、ミアが苦しんだ。


「私は……!」


 ミアが俺の首に手を伸ばした。

 首を絞めようとしてくるが、力は弱い。


 きっと、ミアは思い出しかけている。

 だけどまだ足りないらしい。


 ならば。

 ミアとの一番重要な記憶を、誓いを刺激する。

 

 俺は迫ってくるミアを押し返して、押し倒した。


「何を……?」

「俺とミアの誓いを、思い出してもらう」


 前にした時は、ミアの方から。

 俺の意識がない時に、俺を救うために。


 今度は逆だ。

 俺はミアを救うために、その唇にキスをした。 


 瞬間。

 冷たく虚ろだったミアの眼に、生気が灯った。


「ディオ……」


 首から手が離れて、頬を撫でられる。


「ミア、俺のことが分かる?」

「ああ。私の愛弟子にして、未来の旦那様だ」


 熱烈なキスを返された。

 唇を吸われる。


「ありがとう、ディオ。大好きだ」


 抱きしめられて、胸が押しつけられる。

 柔らかくて、温かい。

 いつものミアだ。


「……正直、本当にキスでどうにかなるとは思わなかったよ」

「天使ごときの隷属魔法よりも、悪魔族として交わしたディオとの婚約の誓いの方が、私を強く縛っていたのだろう」


 それは、要するに。


「愛の力……みたいな?」


 またキスされた。


「ふふ。そういうことだ」


 これはいよいよ、責任を取る以外の選択肢がなさそうだ。

 けど今は、ミアとの将来を考える前に。


 天使から、貰い受けるものがある。


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