第51話 混戦の中、女勇者は好きな人にお願いをする。
ミアは剣で天使を攻めた。
「ちっ」
天使は回避しきれず、白いローブが裂かれて吹き飛ばされた。
素顔が晒される。
中性的な顔立ち、光沢のある長い銀髪、白すぎる肌。
背中には象徴的な、白い羽の生えた一対の翼。
そして夜空の星々が映し出されたような、不思議な瞳。
天使の目。
今回の作戦における、最大の標的だ。
「小娘とはいえ悪魔族の王か。呆れるほどに野蛮だな!」
天使はミアの攻撃を脅威だと判断したらしい。
背中の翼で跳躍して距離を取り、魔法による追撃を青白いオーラのような力で弾いた。
「お前は案外小物だな」
「戦いぶりだけでなく、口先まで野蛮とは恐れ入る」
一応言い返しているが、天使はミアの剣と魔法を回避するので手一杯の様子だ。
「得体の知れない相手でも圧倒できるなんて、さすが俺の師匠だ……!」
その頃。
ブレスを防がれたドラゴンは地面への突撃を中断し、付近に着地した。
「ドラゴンが降りてきたぞ!」
騎士たちが対処に当たろうとしたその時。
別の声が上がった。
「報告です! 野営地に魔物の群れが襲来しました! 増援を要請していますが……」
伝達に来た騎士は、最後まで言い切らなかった。
こちらはこちらで、余裕のある状況には見えない。
「アラクシス、お前はこの場にいる騎士を率いて野営地に向かえ」
「ドラゴンはどうしますか?」
父上から指示を受けて、アラクシスは問う。
「私が請け負う」
言いながら、父上はドラゴンに向けて剣を一度、振った。
離れた間合いから、剣を軽く動かす。
それだけでドラゴンの片翼が、根元から切断される。
「ガ……ガアアアァァ!!!」
肺から全てを吐き出すようなドラゴンの絶叫が、響き渡る。
「こいつが領地を飛び回ったら厄介だ。ここで仕留める」
父上の言葉に、アラクシスは短くうなずいた。
「我々は野営地の救援に向かいます」
アラクシスはこの場を父上に任せて、騎士を引き連れて野営地に向かった。
単独でドラゴンを討つ。
ウィンターソン家の主であれば、その程度は造作もないこと。
そんな信頼関係が窺えた。
(俺の父上、強すぎない……?)
まさかこれほどの実力者とは思っていなかった。
でも、この調子ならドラゴンは問題なさそうだ。
「グオオオオァァ!!!」
痛みに悶え、怒り狂い、ドラゴンは叫び続けている。
「……」
仕留めると言った父上だが、すぐには仕掛けない。
「トドメを刺さないの? 今がチャンスに見えるけど……」
「手負いで激昂する敵は、何よりも危険だ。細心の注意を払いなさい」
父上は剣を構えてドラゴンを見据えたまま、俺に返事する。
ドラゴンとの戦いすら、息子への指導の場にしてしまう。
やはり父上はすごい人だ。
俺が素直に尊敬していた、次の瞬間。
「っ……」
父上が急に膝を突いた。
顔色が悪い。
「まさか……魔遊病の症状が!?」
「そのようだ……こんな時に……」
父上はどうにか立ち上がろうとするが、体調は悪化する一方に見える。
ドラゴンの闘争本能は、その隙を逃してくれないだろう。
誰かが代わりに、抑えないと。
「だったら俺が——」
「よくも俺のドラゴンを傷物にしてくれたなあ、オイ!」
横合いから強襲を受けた。
父上を狙う大剣を、俺は自らの剣でどうにか受け止める。
片手で雑に振られただけなのに、重い一撃。
無理もない。
相手は俺の三倍ほどの体格の巨体だ。
「龍人族か!?」
「いかにも。俺様は魔界最大最強と謳われる龍人族の長、ドラグニールだ」
長と名乗るだけあって、以前見た龍人族の男と比べても遥かに大きい。
「そんな奴が、どうして人間界に……」
「天使との契約でな。ヤツの手伝いをしてやる代わりに、俺の女を貰い受けに来た」
「……俺の女?」
魔界から来た奴の知り合いなんて、この場には多くない。
「あそこにいる、悪魔族と人間の混血姫だ」
「やっぱりミアのことか……!」
「ああいう気位の高い女を屈服させて、俺のモノにするのが最高の快感なんだ」
この男は、魔界でそれなりの地位にあるらしい。
ミアとは顔見知りだろうか。
仮に知り合いだとしても、多分仲は良くないだろう。
当のミアは、天使との戦いに集中してこの男には気づいていないし。
「って、ガキにはまだ分からねえか。女で遊ぶ方法なんて」
「……気に入らない」
「あ?」
気に入らない。
ミアを自分のモノみたいに語るその姿勢が。
「気に入らなかったらどうすんだよガキ。そっちの男は動けないみたいだが?」
「俺が相手になる。いや……」
ドラグニールは先程、俺のドラゴンと言った。
天使と手を組み、野営地を魔物に襲わせたのもこいつだ。
ろくでもない理由で北部に攻め込んで。
平和を願うミアの思いを踏みにじるような真似をして。
ミア自身にも危害を及ぼそうとする。
こいつは、決して許してはいけない存在だ。
だから。
「俺がお前を討つ」
「はっ、そうか!」
ドラグニールは剣を持たない方の手の鉤爪で、俺の肉を引き裂こうとする。
ギリギリで回避するが、頬を爪が掠める。
「くっ……!」
「オイオイ! その調子で俺様とドラゴンを同時に相手できるのか!?」
悔しいが、俺はドラグニールの相手で手一杯だ。
このままではドラゴンが野放しになって、この森で暴れてしまう。
北部の人々に被害が広がる。
(かと言って、こいつに背を向けることもできないし……)
父上を守りつつ、ドラグニールとの間合いを測っていると。
「私に任せなさい!」
テトラが颯爽と、ドラゴンの前に立った。
まるで見せ場とか戦う場所を探していたみたいな決め顔だ。
「テトラ、危険だ!」
「心配だったら、そいつを早く倒して手伝ってくれてもいいのよ?」
「わかった、すぐ行く」
即答したら、テトラは俺をぼーっと見つめてきて。
「ディオのそういうところ、カッコよくて好き!」
テトラはにへら、と表情を崩した。
どうにも緊張感に欠けている様子だ。
「やっぱり、少し心配になるんだけど……?」
「心配しなくても、私一人でやりきるからっ!」
未来の勇者が、とびきりの笑顔と頼もしい言葉をくれた。
「ああ。信じてるよ」
「じゃあ……私がドラゴンを倒したら、一つお願いを聞いてもらうからね?」
「覚えておくよ」
テトラはしれっと、そんな約束を取り付けてきた。
本当に、余裕そうだ。
(だけど……はは)
おかげで俺は、目の前の戦いに集中できる。




