第50話 宿敵を追い詰める
レオーネは野営地近くの少し開けた場所で魔法陣を敷いていた。
その真ん中には、玉虫色に輝く妖しげな気配の石が置かれている。
昨日、ドリスに渡されていた品だろう。
「何か、大がかりな術式を準備しているようですな」
動向を監視していたアラクシスが、そう呟く。
レオーネの周辺は、既にウィンターソン家の騎士で包囲が完了している。
そこに俺たちは遅れて合流した。
「ドリスの方は対処したよ」
「しました!」
俺の報告に、得意げなテトラが便乗する。
「よくやった」
父上は一言だけ返した。
済んだことより、この後に集中している様子だ。
「どうやらあの魔方陣で、特別区の結界を破壊する計画のようだ」
ミアが父上に、ドリスから得た情報を伝える。
結界が破壊される。
当然それだけでは終わらない。
何かが、特別区の森に侵入しようと企んでいる。
「野営地の守りを固めさせろ」
「はっ」
父上は騎士の一人に指示を出した。
「でも……結界が破壊されると、今回の件に対処しても張り直すのが大変そうだね」
「構うな。元から無傷で済むとは思っていない作戦だ」
父上としては、結界の破壊は想定の範囲内らしい。
「実行犯のレオーネはどうなるの?」
「……それを決めるのは、全てが終わってからだ」
この様子だと無罪放免で終わることはなさそうだ。
「いずれにせよ、作戦は続行する」
父上はそう結論づける。
その間にもレオーネは魔法陣を完成させていた。
ひざまずき、手で触れて魔力を流し込む。
その直後。
辺り一帯の空気が、揺れた。
不快な違和感。
視覚的な変化はないが、これは。
「結界が、壊れた……!」
そう理解した時には。
魔法陣の上に、奴がいた。
白装束の、天使と目される存在。
「掛かれ」
父上の号令に合わせて、隠れていた騎士たちが飛び出して白装束とレオーネを包囲した。
「な、なんだ……!?」
レオーネはただ、混乱していた。
魔法陣の詳細。白装束の存在。自身が包囲されていた事実。
何も、知らなかったのだろう。
「これはこれは。一度出直すべきかな」
一方の白装束は、瞬時に状況を理解していた。
(このままだと、また天界に逃げられる……!)
以前のように謎の力で姿を消されたら、捕捉できなくなる。
ここで逃がしたら天使の目を奪えない。
父上を救えない。
それは、だめだ。
騎士の背後で気配を隠していた俺は、剣を抜いた。
「お前は今日、ここで死ね……!」
俺がウィンターソン家の宝物庫で手に入れた剣には、特殊な力がある。
この剣は、『繋がりを断つ』固有魔法が付与された宝剣だ。
原作では魔王の部下が使っていた。
俺は宝剣で白装束に斬りかかるが、避けられる。
「おっと。空振りとは、狙いが甘いんじゃないか?」
「いや、十分だ」
初めから俺の狙いは、白装束そのものではなかった。
「何? これは……面白い」
白装束は違和感に気づく。
俺は剣に付与された固有魔法を使用した。
斬ったのは白装束の周囲の空間と、異界との繋がりだ。
つまり、天界への逃げ道を断った。
(地下室で一度、こいつが逃げる姿を見られたのは収穫だったな)
加えて、原作で得た知識のおかげで、適切な剣を選ぶことができた。
「なるほど、罠に嵌められたのはこちらか」
逃げ場は封じた。
これで状況は俺たちに有利……のはず。
だが、白装束からはまだ余裕が感じられた。
「泳がせてから勝負とは見事。だが、これは読めたかな」
白装束は、掌を天高く掲げる。
「何かするつもりだぞ!」
「捕らえろ!」
騎士たちが白装束の身柄を確保しようと動く。
「——グオォォォォォォォォ」
空から、低く唸るような咆吼を上げながら、ドラゴンが降ってきた。
「なっ……!?」
そう。
下りてくるのではなく、降ってくる。
安全な着時など考えず、頭から俺たちのいる地点に向かって突っ込んでくる。
「全員待避ー!」
アラクシスの声が聞こえてくるが、俺のいる場所は落下の中心地点だ。
その時点でもう間に合わない予感がしていたが、悪いことはさらに続く。
ドラゴンの口が開いた。
瞬間、空を覆い尽くすような広範囲に、紅蓮の爆炎が放射される。
ドラゴンブレスだ。
頭上に迫り来る炎と巨躯。
(あ。これは死んだかもな……?)
俺が覚悟したその時。
「ディオ、心配するな」
父上が隣に立って、俺の肩に手を添えた。
剣を空に突き出す。
ドラゴンブレスの炎が剣先に吸い寄せられるように集まって、消えていく。
「父上、これは……?」
「私の剣術だ。いずれディオにも教えよう」
父上はドラゴンブレスを抑え込みながら、俺に余裕の笑みを向けた。
「さすがは、北部の守護者と言っておこうか」
白装束が、俺を庇いながら剣を掲げる父上の隙を狙って手を伸ばした。
「不意打ちとは。天使のくせに、小賢しい手段を好むのだな」
ミアが剣を振るいながら、間に割って入る。
やっぱり魔王は、味方になると頼もしい。
俺にとっては、優しくてかわいくて強い、最高の師匠だ。
「いや、思えば他人を動かすだけで自らは逃げてばかりの奴だ。相応の振る舞いと言えるか?」
「悪魔族と人間の混血ごときが、言うじゃないか!」
これまであまり感情を見せなかった白装束に、苛立ちの色が窺えた。
俺には優しいミアだけど、敵には違った。
「ふむ。まずはその装束を剥いで、天使の素顔とやらを見せてもらおうか」
空からドラゴンが降ってくる中。
魔王ミアと天使の戦いが始まった。




