第53話 天使の目を奪い、太ももに囲まれて休む
天使は霧のように消えて逃げたり特殊な魔法を使えても、戦闘力はさほど高くないらしい。
天界に逃げる手段は宝剣で断った。
ミアを洗脳する魔法陣も破壊した。
飛んで逃げられないよう、天使の象徴的な両翼はミアによって強引にもがれた。
現在。
「野蛮な売女め、よくも汚い手で——ぐあっ」
「お前の口には用がない」
地面に転がる天使は、ミアによって痛めつけられていた。
容赦なく蹴ったり殴ったりしている。
(こういうのは、魔界の作法なのかな……?)
それとも、さすがのミアも怒っているのか。
「ぐっ……いいか、私は数多いる天使の一柱に過ぎない!」
ミアの手が緩んだタイミングで、天使が吠える。
「そうか。お前みたいな奴が数多いるなんて吐き気を催すが、殺さない理由にはならない」
「殺したところで、別の天使が必ず! 悲願を遂げるだろう!」
「ならばその天使も殺すまでだ。人間の信仰を集めるなどと大層な目的を掲げているが、所詮は面倒な侵略者に過ぎない」
ミアは天使を見下ろした。
「悪魔ごときが我ら天使を語るなど身の程を——」
「口数が多い」
ミアが天使の顔の前に手をかざす。
天使の眼球が、吸い寄せられるように抜き取られた。
「——あああ!?」
天使の目が二つ、宙に浮いている。
元々それらがあった眼窩はぽっかりと空洞になっていた。
(……これも空間魔法の応用なのかな?)
なかなかグロテスクな光景だ。
とはいえ。
これまでの所業やミアにやろうとしていたことを鑑みれば、天使がどんな扱いを受けても妥当としか思わない。
何より、目を奪うのは俺が提案した話だ。
「ふむ。これが天使の目か。公爵夫人の気持ちも分かるな……ディオには似合わない」
「そうかな? 俺は特殊な力を持った眼とか、憧れるけど」
ミアの魔眼とかも、ちょっと羨ましいし。
「そういうものか?」
「うん、何せそういう年頃だからね」
「ふむ?」
冗談めかして言ってみたけど、ミアには伝わらなかった。
ちょっと気まずいので、話を変える。
「それで……さっさと目を奪ってしまったけど、今から移植するの?」
「まだ早い。ディオの身体にどんな負担があるか分からない以上、移植は万全の状態で行いたい」
「でも父上のためならすぐにでも……っ」
言っているそばから、傷口が痛んできた。
「立っているのも限界だろう? 休むのが先だ。これはひとまず、保管しておく」
ミアの空間魔法で、どこかに目が消えた。
「新鮮な状態で保管できるなら……まあ移植は後回しでもいいのかな?」
「その辺りは抜かりない」
便利な固有魔法だ。
「目が、目が……!」
一方その頃、両目を失った天使は地面にのたうち回っていた。
ミアはその姿を一瞥し。
「さて。お前はもう、用済みだ」
剣で天使の首を撥ねた。
超常的な存在に思えた天使でも、殺そうと思えば人間と同じ手段で殺せるらしい。
「天使は片付いた。まずはテトラの手伝いを……と思ったが、向こうも終わったようだな」
ミアの視線の先を、俺も見る。
テトラがちょうど、ドラゴンを縦から真っ二つに両断したところだった。
豪快な倒し方で、テトラは勝利した。
「ディオ! やったよ!」
テトラはドラゴンの亡骸の上で、得意げなVサインを俺に見せつけてきた。
俺とテトラは、嬉しそうなテトラの方に合流する。
「見事な剣術だな」
「うん。さすがテトラだ」
「でしょ? へへー……って、大丈夫なの!?」
亡骸から降りて駆け寄ってきたテトラは、俺の傷に気づいた。
「大丈夫……と言いたいところだけど、そろそろ限界だ」
俺はその場に座り込む。
魔力の操作が途切れたらまずい。
血が止まらなくなる。
「テトラ、その剣の力を使うんだ」
ミアが聖剣を指して言った。
「剣の力?」
「その剣には、戦いで負った傷を治癒する加護が備わっている……と言っても、他人の大怪我を完治させるまでには至らないがな」
「この剣、ただ力が漲ってくるだけじゃなかったんだ……?」
テトラは手に持った剣を不思議そうに見た。
「止血程度なら可能だろう」
そう言えば、勇者の聖剣にはそんな効果があったな。
使用者自身の傷の再生能力が主だが、強すぎる力によって周囲の人間にも影響を及ぼす。
「ということでディオ、今は眠れ」
ミアがその場に座って、膝枕してくれる。
半ば強制的に、俺は寝かされた。
「でもまだ、野営地の魔物とか、後始末が残って……」
強敵は一通り撃破したが、まだ油断できない状況だ。
「ディオは十分よくやった。ドラグニールを倒し、天使の魔法を打ち破っただろう?」
「うんうん。あとは騎士団の人たちに任せておけば大丈夫よ。お義父さまのことも回収しておくから安心して!」
「回収って……もうちょっと丁寧に扱ってあげてね」
冗談半分に返しつつ、俺は笑う。
テトラが隣にしゃがみ込んできた。
短いズボンだから、太ももがよく見える。
枕もミアのふかふかの太もも。
「……ここは天国か?」
「し、死んじゃダメよディオ!」
「ちょっと休むだけだよ……あ、でも」
「でも?」
「テトラのお願い、まだ聞いてなかった」
ドラゴンを単独で倒したら願いを聞くという話だったのに。
「それは……また、起きてから聞かせてあげるね?」
意味ありげにはにかむテトラに見守られながら。
俺は疲労の限界を迎えて目を閉じた。




