第48話 女勇者は双子の姉の唇で、好きな人と間接キスをする。
狩猟大会当日。
非参加者が集まる野営地。
後ほど父上が開会を宣言する予定の、舞台の裏側にて。
俺は皆から激励を受けていた。
「ディオ、気をつけて。無理はしないでね?」
「う、うん」
まずは母上に抱きしめられる。
舞台裏とはいえ、少し照れくさい。
「ディオ。私も隠れて近くにいるから、心配するな」
次はミアに抱きしめられた。
背中を撫でるように手が回ってきて、なんだか母上とは雰囲気が違う。
「あ、あの……ミア?」
動揺していると、耳元にミアの口が寄せられた。
「今のところは順調だ。レオーネとドリスの動向は掴めている」
ミアは現状について耳打ちしてくれる。
今日は表向き普通の狩猟大会だが、裏で様々な思惑が動いている。
父上を狙う敵。
天使を獲物として罠に掛けようとする俺たち。
「さあ。いつもの挨拶をしよう」
ミアは少し身をかがめて、頬を差し出してくる。
「……うん」
俺はミアの頬にキスした。
他の人の前だとやはり気恥ずかしさは残るが、もう習慣化してしまった。
「すっかりミアの思い通りになっているような……」
「ああ、こっちも順調だ」
ミアは俺の頬にキスを返してきた。
「ディオ様、お弁当をどうぞ!」
今度はリサリーが鞄に入るサイズの包みを渡してくれた。
「ありがとう。これでお腹を空かさずに済むよ」
「はい。なのでご褒美を……」
リサリーは顎を持ち上げながら姿勢を正して待っていた。
「まったく、しょうがないメイドだな」
「わふー」
顎の下を撫でてあげると、犬みたいに喜んでいた。
「むむう……」
皆と俺のやり取りを、トリアは不服そうに見ていた。
「あー……トリア、本当に野営地で待っているつもりなの?」
「当然です。ディオ様の婚約者がいないなんて不自然でしょう。それにお義母さまだっているのに、わたくしだけ逃げ隠れするわけにはいきません」
トリアは堂々と宣言する。
「立派な考えだとは思うけど……」
「もしかして、心配してくれるのですか?」
「当然だよ」
俺は即答する。
「ふふ。そうですか」
トリアは嬉しそうにはにかんだ。
「トリア、なんだか余裕そうだね?」
「ディオ様がいますから」
「私もいるよ!」
テトラがささっと近寄ってくる。
「ええ。テトラや他の皆様もいますからね」
トリアはテトラの頭を軽く撫でてから、俺の方を見た。
「ディオ様、わたくしとも挨拶をしましょうか」
「挨拶……?」
不思議に思っている間に、トリアの顔が俺の目の前に迫ってきたかと思ったら。
次の瞬間には、唇に温もりと柔らかい感触が触れていた。
口と口とのキスだ。
熱烈な想いが、唇を通して伝わってくる。
「ふふ。どきっとしましたか?」
「……勝ち誇っているところ悪いけど、トリアも顔真っ赤だよ」
「だって仕方ないでしょう。わたくしの、初めてのちゅーですよ?」
トリアは普段はあまり見せないような、緩みきった表情をちらつかせる。
「初めてって……良かったの?」
「ええ。わたくしはディオ様の婚約者ですから。ご武運をお祈りしていますよ」
あー。
こんなにかわいい婚約者が激励してくれるなんて、俺は幸せ者だ。
頬を赤く染めながら見つめてくるトリアを、そのまま見つめ返していると。
「二人とも、いいなー……」
テトラが横から、俺たちを見比べていた。
「では、わたくしとちゅーしましょうか」
「へ……? じゃあする!」
あ、そっちなんだ。
とか思っている間に、双子は軽く触れる程度の口づけを交わしていた。
(おお、これが姉妹百合ってやつか)
この二人は、仲が良すぎるくらい良好な関係だ。
「あ。そう言えば、ディオと間接キスしちゃった」
テトラは俺を見て、くすくすと笑った。
トリアを通じて、テトラと間接キス。
言われてみれば確かにそうなのかもしれないが、不思議な感覚だ。
「むむ? テトラ、わたくしをダシにしないでくださいね」
意識させられると、こっちまで照れる。
そうして、みんなと言葉を交わした後。
最後に父上と顔を合わせた。
「ディオ。私は息子を信じている」
「ありがとう、頑張るよ」
俺は父上をなるべく安心させられるよう、力強くうなずいた。
○
会場に向かう。
開会式のような形で、父上が狩猟大会の始まりを告げる。
俺が一緒に参加するテトラと話を聞いていたら。
「おい、ディオサマ!」
悪ガキが三人組で絡んできた。
昨日撃退した奴らだ。
ルカを助けて以降、すっかり反抗的だ。
「ディオサマは水魔法を見せびらかしてたけど、どうせ実戦は初めてだろ?」
「女連れとか情けねえなあ」
「見ろよ俺たちの剣! すげえだろ!」
おどかしたり煽ったりと、騒がしい。
剣を抜いて見せびらかしているが、あまり手入れされていない様子だ。
刃の輝きは鈍く、ぱっとしない。
「アンタたちの目は節穴なのね。ディオの剣をよく見なさい」
俺が何か反応する前に、テトラが言い返していた。
テトラは俺の腰にある剣を指さした。
「あー……なんか、すごそう……か?」
悪ガキどもは剣の価値を見定める眼なんて持ち合わせていなかった。
「これはウィンターソン家秘蔵の宝剣なんだから! ちなみに私のもすっごい剣なのよ!」
テトラは誇らしげに、聖剣を抜く。
輝きとか、オーラみたいなものが悪ガキのなまくらとは段違いだ。
「お、おお……」
「そもそも、北部でウィンターソン家に張り合おうとするなんて無謀よ。アンタたちの家とは歴史とか財力が段違いでしょ」
北部の頂点はウィンターソン家。
双子の中では武断派のテトラでも言いくるめられる程度には、当たり前の理屈だ。
「ぶ、武器の格で勝負は決まらないからな!」
「そうだそうだ! 結局はどんな獲物を狩るかだぞ!」
悪ガキどもはどうにか食い下がろうとしていた。
「べー。ディオと勝負になるのなんて、私だけだし」
やれやれ。
(天使を討ち取ることも重要だけど……)
まずは狩猟大会で、彼らに力の差を見せつけるべきだな。
反抗的でも、ちょっと馬鹿で子供なだけで北部の人間だ。
将来の主として、分からせてやるか。
「ディオ、頑張ろうねっ」
一人で決意する俺の肩を、テトラは笑顔でぱしぱしと叩いてきた。
テトラはとてもはしゃいでいた。




