第44話 男装美少女は魔眼の力を抑えられない
「あら? ディオはもうルカと仲良くなったのね」
俺がルカに手を掴まれている様子を見て、テトラが言った。
「仲良く……まあ、そう見えるよな」
「ぼ、ぼく、ディオ様と仲良し……!」
ルカはにへらと笑みを浮かべている。
「さすがディオ様、商会長だけでなくご子息とも親交を深めるとは」
トリアも満足そうにうなずいている。
また新しい女の子に目をつけて……なんてお小言が双子から飛んでくることはなかった。
ルカを男の子と認識しているからだ。
「ディオ様、ルカは少々大人しすぎる気質がありましてな。よければ振り回してやってください」
ルチアーノは娘(一応息子という体裁か?)を俺に任せると、近くにいた諸侯を捕まえて営業を仕掛けていた。
ルカの姿からは想像できない、たくましさだ。
「ではディオ様、わたくしたちも戻りますね」
「初めてできた男友達でしょうし、ちゃんとルカを大事にするのよ?」
「思えばディオの周りは女の子ばかりで……困ったものです」
双子も令嬢が談笑している輪に戻っていった。
ルカはぼっちでいかにも大人しそうだ。
端的に言えば、悪ガキから目をつけられやすいタイプ。
ここはウィンターソン家の長男として、俺が一緒に行動することで守ってあげよう。
ふわふわとしたショートボブの髪型。
男装にしてはガーリーな雰囲気だ。
「……ディオ様?」
じろじろ見ていたら、ルカが不思議がっていた。
「とりあえず、何か食べる?」
「う、うん!」
そうして俺はルカと、会場のテーブルに並べられた料理を見に行った。
「わあ……!」
ルカはを見て目を輝かせている。
「好きなものを好きなだけ食べていいからね」
「い、いいの!? じゃああのケーキを……あ、とどかない……!」
ルカはテーブルの向こう側に置かれたカップケーキに手を伸ばそうとするが、小柄なせいで届かない。
「はい、どうぞ……?」
俺が代わりに取ってあげると。
ルカはケーキを受け取らなかった。
代わりに顎を少し持ち上げて、小さな口を「あー」と開けている。
「えっと、ルカ?」
「あー……?」
ルカは当たり前みたいに、食べさせてもらうのを待っていた。
「……どうぞ」
雰囲気に流された俺は、そのまま食べさせてあげる。
「もきゅもきゅ」
ルカは餌付けされるみたいに、ケーキを頬張っている。
とても幸せそうだ。
その様子を眺めていると何かに目覚めそうだけど。
相手は男の子…のフリをしている美少女だ。
あれ、目覚めてもいいのか?
「にへへ……おいしい」
「やっぱりまずいかもしれない……」
ルカの笑顔は男装しているだけじゃ隠しきれない破壊力を有している。
「ディオ様は、ケーキ好きじゃないの?」
「あ、そういうわけじゃなくてね?」
「……?」
ルカは首を傾げていた。
変な空気になりそうだったので、話題を変える。
「ルカは好きなものとかある?」
「え、ディオ様」
どうやらルカは予想外の言動を平然とする癖があるらしい。
「あー……友人として、ってことだよね?」
「う、うん」
若干歯切れが悪いせいで、別の理由があるみたいに聞こえる。
「今日会ったばかりなのに、随分気に入ってくれたんだ」
「だってディオ様は……ぼくを助けてくれるだけじゃなくて、一緒にいてくれるから。ぼくはいつもおどおどしてて、ひとりぼっちで……話してても、つまらないって言われるし」
ルカはしゅんと肩を落とす。
「俺にとっては……ルカは魅力的な人だと思うよ。他の人が気づかないのは意外だ」
「ぼくが特別だと思った人には、無意識に自分の魅力を伝えちゃうから……ディオ様もその影響を、受けてるのかも……」
ルカはもしかして、魅了の魔眼のことを言っているんだろうか。
自分が気に入った相手には、魔眼の効力を抑えきれない、とか。
「あ、変なこと言ったよね……」
「いや、そんなことないよ」
他の人ならいざ知らず、俺には言いたいことが伝わった。
「そ、そうかな……?」
「ああ。ルカはもっと自信を持つべきだ。五年後には確実に大化けするから」
「おおばけ……?」
未来のヒロインは、まだ将来の自分の姿を想像できていなかった。
「そう。そして自信を持つためには、まず自分を積極的にさらけ出していくことが大事だ」
「自分を、さらけ出す……」
「例えば俺なんか、最近までもっと太ってたんだ」
「そうなの……!? しゅっとしててカッコいいのに……」
ルカが目を丸くしていた。
「こんな感じで、ルカも何か俺に自分のことを教えてほしいな」
「ぼくのこと……じゃあ、実はね……!」
ルカは逡巡の後、意を決したように語気を少し上げた。
何かを打ち明けようとしている。
あ、これはまさか。
「ぼく、本当は——」
「そうだ! 他にも、好きなものを教えてよ。俺以外で」
俺はルカが言いきる前に、質問を投げかけた。
「え……」
ルカは一瞬、拍子抜けしたような反応を見せてから。
「あ、ねこ……!」
会場の端を小走りで駆ける黒猫を指さした。
○
会場にいたのはただの猫ではない。
魔猫だ。
見てくれは普通の猫と同じでも、人間には使えない特殊な魔法を使えるのが特徴だ。
この世界では魔女の肩に乗ってサポートしてくれる存在として有名で、契約召喚獣としてよく用いられる。
そんな魔猫は、人目の付かない場所に巣を作っていたらしい。
追いかけていくと、庭園の生け垣に母猫と二匹の子猫が住み着いているのを発見した。
「にへへ……かわいい」
ルカは巣の前でしゃがみ込んで、魔猫の親子を撫でていた。
魔猫は親子揃って「にゃーにゃー」とルカに甘えている。
「めちゃくちゃ懐いてるね」
「好きなものを見ると、抑えきれなくて……」
「抑えきれない?」
「あ、なんでもない……」
ルカはごまかしているが、俺は察した。
多分、無意識に魔眼の力が漏れ出してしまったんだろう。
「ルカも大変だな……」
「わ、舐められた」
俺の同情をよそに、ルカは猫に手を舐められてくすぐったそうにしていた。
「ね、ディオ様。またここに来て、この子たちの様子を見に来ていい?」
「つまり、今後この屋敷の庭に出入りしたい……ってこと?」
「う、うん……! 毎日来たい……!」
大人しいルカにしては意外な自己主張。
にしても、毎日か。
ルカに深入りしすぎない方がいいと考えていたのに、真逆の展開になりかけている。
何か、うまい言い訳はないものか。
「だめ……?」
考え込んでいたら、じーっと見つめられた。
目が合うとつい吸い寄せられてしまいそうになる、黄金色の瞳。
なんだか、頭がくらくらしてきた。
「うん、いいよ。毎日でも来てくれ」
「にへへ。ありがとう、ディオ」
俺は半ば無意識のうちに首を縦に振っていた。
(断るつもりだったのに、なんでだ……!?)
気づけばルカに絆されていた。
いや、これは。
(ナチュラルに魔眼をちょっと使ってないか?)
ルカ、恐ろしい子だ。
額に手を当てる俺の横で、ルカは引き続き魔猫をかわいがっている。
その時。
「お待ちしておりました、レオーネ様」
生け垣を挟んだ向こう側で、声が聞こえてきた。
「ああ。ところで本当にここは安全なのか?」
「はい。この場所は屋敷の庭園でも誰も来ないような外れた場所ですから。内緒の話をするには最適です」
草の隙間から覗き込むと、見えたのは二人。
レオーネと、ウィンターソン家の騎士と思しき男だ。
(レオーネは謹慎中のはずだが……なんでいるんだ)
何か怪しい会話が、俺の目の前で行われようとしていた。




