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第36話 女勇者、デレる

 テトラを追いかけて訓練場の外に出る。

 テトラは木の陰にしゃがみ込んでいた。

 地面を木の棒でつついて、いじけている。


「……なんで来たの」

「放っておくわけにはいかないよ」

「あっそ」


 とはいえ、何を話したものやら。


「……」


 とりあえず、黙って隣に立つ。


「もう……こんなに強いなんて聞いてない!」


 しびれを切らした様子で、テトラが顔を上げて話し始めた。


「テトラに認めてもらうために頑張ったよ」

「……なんでディオは、北部の人間なのに龍華剣や制風剣を使えるの」


 単に剣術への興味かもしれないけど、会話を振ってくれる。


「別に北部の人間でも中央や南部の剣を使う人はいるよ……というか、今名前で呼ばれた?」

「そんなの、今はいいでしょ。それより、ディオは誰にあんなに多彩な剣術を教わったの? ここの騎士団長?」


 俺の疑問はスルーして、テトラはどんどん自分の好奇心をぶつけてくる。


「いや、独学だよ」

「独学でどうやってあそこまで……私の知らない剣術ばっかりだったし!」

「公爵家の図書館には、剣術について記された書物もあるんだ」

「制風剣の秘奥義まで書いてある書物が……?」


 そう言えば秘奥義を使える者は、各流派に片手で数えるほどしかいない設定だったな。


「あー……うん」


 これは嘘だ。

 本当は原作知識を元に再現してみた。

 やってみたら実現できてしまうのは、ディオの隠された才能のおかげだ。


「私も姉さんみたいに、本を読んだ方がいいのかな……ディオはどう思う?」

「どうだろう。テトラはやっぱり、自分の剣を磨いた方がいいと思う」


 俺が言ったような本が存在しないとバレたら困るし。


「そうなのかな……?」

「うん。テトラには独自の技があるんだろう? 実際に目の当たりにしてみたらすごかったし……あれをもっと磨けば光るはずだ」

「ディオがそう言ってくれるならそうする……けど、名前で呼ぶ許可を出した覚えはないよ?」


 さっきから普通に会話できているし口調が柔らかくなった気がするから、俺も名前で呼んでみたんだけど。


「ダメだった?」

「うーん……やっぱりいいよ、名前で呼んでも。ディオは私が思ってたより強かったから」


 テトラは思いのほかあっさり名前呼びを認めてくれた。


「許可が出る基準は強さなんだ……」

「でも、前は確かにろくでもない無能だった気がするのに。ディオはどうして変わったの?」


 難しい質問だ。


「姉さんのために、すっごく頑張ったとか?」

「まあ、そんなところかな?」


 間違いじゃない。

 トリアには、前世とは違って幸せになってほしい。

 だからこそ俺自身がまともになって、この一方的な婚約関係から解放してあげたいと思っている。


「へー、そっか。ディオって努力家なんだ」

「努力家って、そこまで言うほどかな?」

「分かるよ。私も今の強さを手に入れるために、毎日頑張ってきたから」


 確かに毎日、剣も魔法も座学も頑張っている。

 それでも、俺が使える剣術は原作知識と潜在能力ありきだから、手放しで賞賛を受けるのは気が引けるけど。


「……認めてもらえたみたいでよかった」

「でも……やっぱり姉さんをあげるのはやだなあ……」


 テトラはしゅんと肩を落とした。


「別に奪ったりしないよ」

「嘘つき。ディオは姉さんの婚約者のくせに」


 そっぽを向くテトラに、俺は本心を伝えることにした。


「その。実はトリアとは婚約解消するつもりだからね。テトラから姉を奪うことにはならないよ」

「そうなの……? あ」


 テトラが振り返る。

 何やら、期待のような眼差しを感じたその時。


 がさり、と後ろから音が聞こえてきた。


「どうして……?」


 トリアが衝撃を受けた様子で、その場に立ち尽くしていた。


「あ、トリア。実は——」


 この際、本人にも打ち明けてしまおうと思ったら。

 トリアが駆け寄ってきて俺に抱きついた。


「わたくしではだめなのですか? 婚約解消なんて……嘘だと言ってください!」


 悲しみ、不安、絶望。

 そんな感情が複雑に混ざった声を、ぶつけられた。


「いや、これはトリアの幸せのために必要で」

「おっしゃっている意味が分かりません! 私の幸せは、今すぐディオ様の嫁にしてもらうことです!」

「え? この婚約は、俺が無理やり押しつけたものなのに?」

「きっかけはそうだったかもしれませんが……今の私は、ディオ様のことをお慕いしているんです!」


 トリアは目に涙を浮かべながら、俺をまっすぐ見つめた。


「トリアが、俺のことを?」


 正直、意外だった。

 トリアにとっては、この婚約は不本意だと認識していたから。

 印象が改善したとはいえ、トリアは自分の目的のために、打算的に俺との関係を維持しているのだと思っていた。


「だからもう二度と、婚約を解消するなんて言わないでください……」


 さらに強く。

 全身を任せるように、密着された。


 結果。

 俺はその勢いとか、トリアの想いの強さに、押し負けた。


「分かった……婚約解消はしないよ」

「……絶対ですからね?」


 俺の目的は、原作で悲劇的な運命を辿ることになる女の子たちを、幸せにすることだ。

 絶望するトリアの顔なんて見たくない。

 だから応える。


「うん、絶対だ」

「嬉しいです……ディオ様」

 

 トリアは幸せそうに、俺の名前を口にした。


「あーあ。姉さんがこんなにディオのことを好きだなんて……これだと、私が邪魔しない方がいいよね」


 正直、婚約に否定的だったテトラの助け船も期待していたところだったけど。

 こんな時に限って、潔さを発揮していた。


「テトラも姉さんの気持ちを分かってくれましたか?」

「うん。確かにディオって強くて、かっこいいね」

「……おや?」


 満ち足りた表情で俺にくっついていたトリアは、違和感を覚えていた。

 それは俺も同じだ。


「俺が、かっこいい……?」

「うん。ディオはかっこいいよ」

「すっかり名前呼びが定着してるね?」

「それよりさ、ディオ」


 俺のやんわりとしたツッコミはスルーされた。


「はい、なんでしょう」

「私はさっき、「私より強い人じゃないと、姉さんの相手として認めない」って言ったよね」

「言ってたけど……改まってどうしたの?」

「それって、私自身の理想でもあるんだよ?」


 テトラの口調が柔らかいどころか、かわいさが増してきた。


「つまり?」

「だからね? 姉さんと一緒に、私のことももらって?」

「はい……?」


 あのテトラが。

 つい先程まで俺のことを嫌っていた、あのテトラが。

 原作や前世では、悪役モブのディオ・ウィンターソンの……即ち俺の首を撥ねた張本人が。


 今、とんでもないことを言っている気がする。


「だって私もディオのお嫁さんになったら、姉さんが嫁入りしてもひとりぼっちにならずに済むでしょ?」

「でもそれだと、色々と問題があるのでは」

「なんで? ディオは私のことも嫁にしたいって言ってたのに」


 テトラは名案を思いついたとばかりに、きらきらした笑みを俺に向けている。

 いや、確かに記憶を取り戻す前に、そう言ったかもしれないけど。


「て、テトラ!? 何を言い出すのですか。ディオ様はわたくしの旦那様ですよ!」


 トリアが待ったをかけてくれた。

 まだ俺はトリアの旦那様じゃないけどな。


「少しくらい私にディオを分けてくれてもいいでしょ? 減るものじゃないし」 

「嫁が増えたらわたくしとディオ様が二人で過ごす時間が減るでしょう!? それにディオ様はわたくしのことが好きなんです!」

「えー、私のことも好きだと思う! プロポーズされたことあるし!」


 女好きのガキが見た目を気に入って口走っただけのわがまま発言が、いつの間にか素敵なプロポーズみたいに扱われている。


「ディオは私のことも好きだよね?」


 他人事みたいに二人のやり取りを眺めていたら、話を振られた。


「ディオ様、ここは断固たる決意を……」

「でも姉さん。将来、三人で暮らせたら幸せだと思わない?」


 何気なく放たれたテトラの一言。

 トリアはそんな人生設計を想像してみたようで。

 その結果。


「……ありですね」


 大真面目に、うなずいた。

 もう一人の当事者である俺の意思は関係なく、双子姉妹は話を進めている。


 どうやら俺は。

 いつの間にか、姉妹両方を攻略していたらしい。

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