第27話 原作がエロゲーだから、専属メイドには発情期があるらしい
「わふふふふーん……♪」
機嫌の良さそうな軽快な音色の鼻歌で、俺は目覚めた。
リサリーの声だ。
俺がまだ寝ていると思っているらしい。
うっすらと目を開ける。
「ふふふーん……今日も一日がんばるわんっ」
窓際でカーテンを開けようとしていたその後ろ姿に、違和感があった。
(うん……?)
メイド服の下から伸びて、ひょこひょこと動く尻尾。
頭の上には、ぴこぴこと動く耳。
どちらも水色の髪と同じ短い毛が生えている。
朝早くから、俺の視界に不思議な光景が広がっていた。
もしかしてまだ夢でも見ているのか……?
「リサリー……だよね?」
「あ、ディオ様! おはようございます!」
確信が持てないまま呼びかけてみると、振り向いたのは確かにリサリーだった。
カーテンが開けられて、朝の陽射しがベッドの方に降り注ぐ。
いつも通り、元気な笑顔だ。
「おはようリサリー。ちなみに、その尻尾と耳はどうしたの?」
「へ……? あっ!」
リサリーは一瞬ぽかんとした後、すぐに両手で頭の耳を押さえた。
隠そうとしているみたいだけど、手遅れだ。
「……見ちゃいました?」
「と言うか今もしっかり見ているけど……もしかして」
俺は原作の知識を元に、一つの可能性に思い当たった。
「リサリーって犬系の獣人だったりする?」
「ななななんで分かったんですか……!?」
リサリーはものすごく動揺しつつ自白してくれた。
尻尾が「!」マークみたいに立ち上がっている。
「まあ、見た目で? あとは今までも犬っぽいなあ……と思うことがあったし」
「くぅーん……」
鳴き声まで犬みたいだ。
「でもリサリーって、普段はケモ耳も尻尾も生えてないよね?」
だから人間の女の子とだと思っていた。
「私の種族はちょっとした擬態魔法が使えるんです」
「種族単位の固有魔法ってこと?」
「はい。ですが私はまだ未熟でして、油断するとこうして解けてしまうんです……」
この世界の獣人は、男性は二足歩行の動物のようだが、女性はケモ耳と尻尾がある以外はほとんど人間に近い見た目だ。
きっとエロゲーが原作だからだろう。
別にケモナー向けの作品でもなかったし。
「でも、どうしてわざわざ魔法を使ってまで隠してたの?」
「だってここはウィンターソン家ですよ? 人間以外の異種族がいるとバレたら、どんな酷い目に遭うか……」
リサリーはぷるぷると震えて、耳をしょんぼりと横に垂れさせていた。
「その割にはうっかり俺にバレてるけどなあ。リサリーって抜けてるところがあるんだね」
「うう……でもディオ様は私のご主人様だから、内緒にしてくれますよね?」
リサリーは俺の方に近寄ってきて、懇願した。
「リサリーが酷い目に遭うのは嫌だからね。内緒にするよ」
「ありがとうございます……!」
北部は魔界の異種族から、長年王国を守り抜いてきた。
ウィンターソン家はその代表だ。
おかげで獣人にとっては、自分たちを狩る存在としてのイメージが強いのだろう。
だからリサリーは怯えている。
もっとも、父上は忠誠心のある家臣は大切にしてくれる人のはずだ。
何より、魔王のミアが身分を明かして居候している家だしな。
犬系メイドの一人くらいは受け入れてもらえるに違いない。
「私、これからもディオ様の専属メイドとしてこれまで以上に頑張ります!」
「うん、よろしくね」
そう言いつつ、俺はリサリーの顎の下を撫でてあげた。
「わふー。さすが私のご主人様です……」
「そう言えば獣人って、主と決めた相手に一生懐く種族なんだっけ?」
獣人の主に対する執着とまで言われるレベルだ、なんて設定が原作には存在する。
「はいっ! だけど私が懐いているのは獣人だからじゃなくて、相手がディオ様だからです!」
「確か……相手を主にするためには誓約みたいなものが必要だったと思うけどさ。俺たちの場合はあくまで雇用関係上の主従だよね?」
俺はリサリーと、何か儀式めいたことをした覚えはない。
「ふふーん。実は、主従の誓いは既に済ませています! ディオ様の専属メイドになったときに!」
「うーん。そんな気軽に……」
「へへー」
リサリーはなぜかドヤ顔だった。
いったい、いつの間に。
俺に何かするわけじゃなくて、リサリーが一方的に主と認識したらそうなるのか?
気になることは色々あるが、とりあえず。
「ちなみに、獣人の主は何をしたらいいの?」
「私が頑張って尽くすので……お世話してください?」
リサリーもよく分かっていない様子だった。
「つまり今まで通り、主人とメイドとして過ごしていればOKってこと?」
「基本的にはそうですね。ただ……」
「ただ?」
「女の子の獣人には、はつじょーき? があるってママが言ってました! だからそれを鎮めるのもご主人様のお仕事です!」
リサリーは屈託のない笑みで言った。
どうやらリサリーは、そういうことには無知らしい。
「発情期……」
繰り返すが、この世界はエロゲーが原作。
なので獣人にはそういう設定も存在する。
「リサリーって俺と同い年くらいだよね?」
「はい。まだはつじょーきが来たことはないんですけど、多分あと何年かしたら来ると思います!」
ごくり。
リサリーの言葉に俺は、つい喉を鳴らしてしまう。
(きっとその頃には、もっとすごい美少女に育っているんだろうなあ)
原作にも水色の髪の獣人ヒロインはいた。
こうして耳と尻尾がある姿を見ると、よく似ている。
十八歳だった原作のヒロインをそのまま幼くしたような外見だ。
(でも、あのヒロインは別の名前だったよな……?)
リサリーとは違う。
まあ、いずれにせよ。
こんなにかわいい女の子が俺を主と定めて懐いてくれる。
しかもその気になったら手を出し放題。
リサリーをベッドに引きずり込んでしまおうと、手首を掴む。
「わわっ」
ぐへへへ最高だ……って。
(久々に竿役モブの人格が出てきそうだった……!)
でも本人が望んでいて、しかも必要なことならやっぱりアリか?
いや、落ち着け俺。
仮に必要だったとしても、今じゃない。
「……? ディオ様、どうしました?」
「あー……とりあえず、今日はいつも通り仕事をよろしく」
俺はリサリーの手首を放す。
「お任せくださいっ!」
俺の内で暴れる邪な人格のことなんて露知らず、リサリーはうなずいた。
俺はようやく、ベッドから出る。
「今日の予定は……トリアと出かけるんだっけ」
「はい! 私もお弁当を作ってお供させてもらいますね! 楽しみですー」
引き続きケモ耳と尻尾を出したまま、リサリーは朝の支度を手伝ってくれる。
実は今日の話は、トリアから誘われた。
トリアいわく「週一の交流ではお互いを知るには足りないので、もっと会いましょう」とのことだ。
○
支度と朝食を終えて。
今日もやってきたトリアと会うために、エントランスに向かうと。
「ディオ様。おはようございますっ!」
昨日よりもおめかしした様子に見える、爽やかな笑顔のトリアがいた。
しかし、そんなトリアだけでなく。
その隣には。
「アンタが姉さんに変なことをしないか、しっかり見張ってあげるから。覚悟しなさい!」
仏頂面の、いかにも仕方なくついてきた雰囲気のテトラがいた。
どうやら平和な日常ってわけにはいかないみたいだ。




