第25話 師匠と婚約者は火花を散らす
翌日の昼間。
庭の池付近で今日もミアと水魔法の訓練中だ。
普段と違うのは、他にも人がいることだろう。
「あ。トリア様、お茶のおかわりはいりますか?」
「ありがとうリサリーさん。お願いします」
優雅にティータイムに興じているトリアと、その横に控えてお茶をカップに注ぐリサリーだ。
「ところでトリア様、一つ聞いてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
訓練をする俺とミアの傍らで、その様子を観覧している。
「このお屋敷で公爵夫人としての教育を受けるのは週に一度と聞いたのですが、どうして今日もいらっしゃるのですか?」
「ふふ。オルクス先生の授業をディオ様と一緒に受けるためです」
訓練中だが、二人の会話が気になる。
「でもオルクス先生の授業は午前中だけですよね?」
「そうですね。午後もいるのは……ディオ様の日頃の様子を、もっと見たくなったからです」
「好きな人のことは気になりますよねえ。私も分かります!」
「そ、そうですね……好きな人……」
リサリーの言葉で、トリアが少し動揺しているのが声から伝わってきた。
「トリア様がいらっしゃるから、お世話をする名目でディオ様の様子を見れて私も楽しいです!」
二人分の視線を、背中に感じる。
好きな人のことが気になる、なんて話題の中で。
「ところでリサリーさんは、ディオ様とどのような関係なのですか?」
「私はディオ様の専属メイドです! なので婚約者のトリア様がいらっしゃった時はトリア様のお世話も担当させてもらいますね!」
リサリーはトリアからの踏み込んだ質問に対しても、いつも通りのテンションだった。
「……かわいらしいメイドさんがお世話をしてくれて、わたくしも嬉しいです」
「へへー。ありがとうございます」
メイドさんにお世話と言えば。
トリアっていつもこの屋敷に一人で来るよな。
ハルシオン家で仕えているお付きの人とかいないんだろうか。
「リサリーさんには、お礼にクッキーをあげます」
「わあ! むしゃむしゃ」
リサリーはトリアに餌付けされていた。
令嬢とメイドだけど、一応同い年だよなあの二人って。
トリアには双子の妹のテトラもいるし、ああいう扱い方に慣れているのかもしれない。
「もぐもぐ……ところでトリア様! 一つお願いがあるのですが」
リサリーはトリアに対して、俺と話す時のような気さくさだ。
もしかして俺の婚約者だからか?
「お願いとはなんでしょう?」
「いつかこのお屋敷でお泊まりするときは、私に髪のお手入れをさせてくださいっ」
「ええ、構いませんよ」
「ではディオ様の隣の部屋を支度しておきますね! あのお部屋は連絡扉で繋がっているんですよー」
「そ、それは……まだ早いような気がしますが。いっそそういう手もありでしょうか……」
何やらトリアが真剣に検討し始めた。
(連絡扉で繋がった隣の部屋を利用する「そういう手」って、どういう手だ……!?)
その瞬間。
水の制御に割いていた集中力が途切れた。
「あ、まずっ」
池の水を誤操作してしまった。
水流を作るどころか、全ての水を一気に宙に浮かせて、池から放り出してしまった。
我ながら、圧巻の光景だ。
巨大な水の球体が宙を舞った後。
庭園に雨と魚とボートがどしゃ降りになって注がれた。
俺たちがいる場所に降らせなかっただけ、マシだろう。
「池の水を、全部抜いてしまった……」
俺は自分の所業に、呆れるしかなかった。
そんな俺の肩に、ミアが手を置いてきた。
「む。池の水がなくなった以上、一旦この訓練は中止だな。そして二人とも。ディオの気が散るから、もう少し静かにしていてくれないか?」
ミアが苦笑しながら、トリアとリサリーの方を向く。
「これは失礼しました。わたくしとしても、ディオ様の邪魔をしたかったわけではないのです……」
「ごめんなさい……」
二人とも、しっかり反省していた。
「……ところでリサリー。ディオの隣の部屋を、ゲストルームとして使うことはできるか?」
「そうですね……空いているので、お掃除してベッドを整えたら使えますよ!」
ミアの急な質問にも、リサリーは素直に答えるが。
「リサリーさん? そこはディオ様の伴侶となる者が使うはずのお部屋でしょう。《《そうではない方》》が使っていいのですか?」
そうではない方。
つまり、婚約者でもないミアが……ってことだろう。
「む。どうなんでしょう……執事さんに聞いてみますね! この家のことは何でも知ってるおじいさんなんですよ!」
「そうですか。ではわたくしも執事さんに挨拶しておきましょう。将来はわたくしもお世話になる方でしょうから」
「執事さんもきっと喜びますよ!」
リサリーはいつも通り無邪気だ。
けど俺は感じ取っていた。
トリアとミアの間に散る火花を。
「……まあいい。ディオ、寂しかったらこの前みたいにいつでも私の部屋に来ていいからな?」
「う、うん」
俺がついうなずくと。
「ディオ様ー?」
トリアの笑顔には、圧が込められていた。
「そ、それよりもディオ。池の水を空にしてしまうとは、素晴らしい操作量だな?」
ミアが露骨に話題を逸らしてくれた。
正直俺としても助かるので、ここは乗っておこう。
「ありがとう。手が滑ったというか、うっかりやり過ぎちゃっただけではあるけどね」
「確かにもう少し器用に操作できれば理想だが……これでも十分すごいことだ」
確かに。
これだけ広い池の水を一度に全部移動させて空にできるのは、ディオの隠れた才能ありきだろうな。
「でもどうしよう。水がないと同じ訓練は続けられないよね」
「では、魔力量を活かしてより多くの水を生み出してみるか。ちょうどおあつらえ向きの、巨大な桶があることだしな」
ミアは底でまだ魚が跳ねている、空の池を指した。
「ここを水で満たすのは、一日二日じゃ済まなそうだ……」
俺が気合いを入れ直そうとしていると。
「ディオ様は、水魔法が得意なのですね」
トリアが話しかけてきた。
「うん。色々使えるけど、一番得意な属性魔法は水だね」
「実は私も水魔法が一番得意でして……お揃いですね?」
トリアは得意げな笑みを浮かべて……気のせいでなければミアに向けている気がする。
「わ、私だって当然水魔法は使える!」
「そうですか……ところでディオ様、やはり魔法の訓練をする直近の目的は、二週間後の狩猟大会ですか?」
ミアが張り合おうとしたら、トリアはしれっと話題を変えた。
「そう言えばそんなイベントもあったね」
「参加資格は十二から十八歳ですから、今年はディオ様も参加されるのでしょう?」
春の狩猟大会。
北部の貴族や腕自慢の十二から十八歳の青少年が集まって、森で魔物や動物を狩って競う。
剣術も魔法も使用可能だ。
貴族にとっては自分と家の名を上げる場であり、平民の腕自慢にとっては賞金や騎士団へのスカウトを狙う場。
名を上げる。
(そういう意味では、レオーネも確実に参加するだろうな……)
レオーネはウィンターソンの分家、フロストウェル家の子息だ。
自分は怠惰で無能なウィンターソン家の一人息子よりも優れているとアピールしたいはず。
ちなみに当然ながら、前世のディオは一度も参加せずに屋敷で過ごしていた。
(今回は参加すべきだよな)
全ては俺の平穏な人生のために。
「……俺も参加して、力を証明してみせるよ」
「ええ、頑張ってください。きっとディオ様なら、一番大きな獲物を仕留めてしまうのでしょうね」
トリアは俺を応援してくれた。
「ふふ。その意気だディオ。私の愛弟子だから、当然優勝間違い無しだ」
ミアは俺が負けるわけがないと思っているようだ。
「わあ、楽しみですね! ところで優勝すると何かあるのですか?」
「さあ、どうなんだろう」
リサリーの疑問に、俺は答えられなかった。
春の狩猟大会は原作で「そういうイベントがある」程度の描写はされていたが、具体的な描写はあまりなかった。
例えば、優勝賞品が何か、とか。
「トリアは知ってる?」
「それは……またいずれ、ディオ様と二人きりの時にお教えしますね?」
トリアは意味ありげな笑みを浮かべた。
知っているけど、今は教えてくれないらしい。
何かありそうだ。
「む? 今のうちに調べておくか……」
ミアも同じことを思ったらしい。
「それより今は修行の続きだ。さあ、私が手伝ってあげよう」
ミアはおもむろに、俺の背後から両手を回してきた。
「あの、近すぎませんか? 婚約者でもないのに」
「これは師匠として、愛弟子に必要な指導をしているだけだ」
魔王と勇者の姉が、バチバチに張り合っている。
今はまだ、大きな問題にはなっていないかもしれないけど。
(仮に将来の勇者であるテトラがトリアに加勢でもしてしまった日には、いよいよその間に立っている俺は首が撥ねられるんじゃ?)
何より、この世界の女の子たちを幸せにするという俺の目標に反する。
だとしたら、どうするか。
(……正直、分からん)
なので今は、目先の目標に集中しよう。
まずは春の狩猟大会に向けて。
もっと自分の魔法を使いこなせるようになろう。




