第24話 婚約者は主導権を握りたい
トリアと一緒に授業を受けたいとオルクス先生に申し出たら「私は学びたい者を歓迎しますよ」とあっさり許可してくれた。
さらに、今後も一緒に授業を受けることが決まった。
二人で授業を受け、食事をした後。
昼下がり。
婚約者どうしの交流の時間として、庭園を散歩することになった。
安全な屋敷の敷地内ということもあり、二人きりだ。
そう言いつつ、誰かに見守られているような気配もするけど、それはさておき。
(何を話したら良いんだ……?)
並んで歩いているものの、無言だ。
少し気まずさを感じている俺の横で、トリアは涼しい顔をしているように見える。
こうした交流の場は、今までにもあった。
その時、記憶を取り戻す前はどうしていたっけ。
交流と言いつつディオがすぐにどこかへ行ってしまうのでトリアが一人で置き去りにされるか。
気まぐれでトリアにセクハラまがいの絡みをするか、くらいだったな。
(それであまり抵抗されないから、調子に乗ってエスカレートしていったんだろうなあ)
トリアはいつも浮かない顔をしていた。
しかし、幸い今は普段より居心地が悪くなさそうだ。
授業の時も楽しそうで、積極的にオルクス先生に質問したりしていたし。
そういう意味では、無言でも過去最高クラスにまともな交流ができているかもしれない。
それはいい。
(前世の記憶が戻る前とはいえ、俺はトリアにひどいことをしてしまった事実は消えないよな……)
特に前世では、ディオのせいでトリアが死に至った。
今のトリアがその結末を知らなくても、目を背けることはできない。
「トリア、ごめん」
「それは……何に対する謝罪でしょう?」
庭園に咲いた花を眺めていたトリアが、俺を見た。
「これまでに俺がトリアにしてしまった、全てのことに対して謝らせてほしい。言葉だけで済む話じゃないかもしれないけど……それでも、今の俺には謝るしかないから」
俺は足を止めてトリアに向き直り、頭を下げる。
「気にしていない、と言ったら嘘になります……が、ディオ様の謝罪を受け入れます」
「あ、ありがとう……」
頭を上げる。
俺を見るトリアの眼差しは、温かかった。
「最近、ディオ様がまともになっ……様子が変わったらしい、という噂を聞いて半信半疑だったのですが、実際に接してみてわたくしも同じことを思いました」
「ははは……」
少しだけ辛辣な言い方だ。
「ですが、まだ何か狙いがあるのではないかと、少しだけ疑っています」
トリアは冗談めかして、小さく笑った。
もっと落ち着いたお嬢様というイメージだったから、少し意外だ。
と言っても、これまでトリアとまともに会話した記憶がないから知らないだけで、本来はもっと喜怒哀楽を表に出す性格なのかもしれない。
「狙いってほどではないけど……このままわがまま放題の子供でいると、将来が色々と危険だと思って」
「それはまあ、否定しません。わたくしにとっても今のディオ様の方が……いいと思います」
もっともらしい理由をつけてみたら、トリアは同調してくれた。
「うん。これからはウィンターソン家の後継者として真っ当に生きていこうと思うんだ」
「そうですか。でもディオ様は振る舞いだけでなく……外見も随分変わりましたよね」
真っ当に生きる。
その言葉で、俺がトリアにとって害のない人物であることをアピールしていると。
トリアにまじまじと観察された。
「剣術と魔法をひたすら鍛えてたから、最近痩せたんだ」
そう答えている間にも、トリアが一歩二歩と近づいてきて、俺をじろじろと見てくる。
「だから顔が引き締まって私好みに……こほん。失礼しました、不躾に眺めてしまいましたね」
ぶつぶつと独り言を言っている途中で我に返ったのか、トリアは少し照れた様子で咳払いした。
「いや、別にかまわないけど……」
「それなら良かったです」
許可を貰ったならいいか、とばかりにトリアはまだ俺の顔を見ていた。
(自分で言うのもなんだけど……痩せたディオは美男美女の両親譲りの顔をしてるからなあ)
要するに顔面偏差値が圧倒的に高い。
トリアも気に入ったのかもしれない。
とりあえず、俺への印象を少しは改善することができた。
「今日は話せて良かったよ」
「わたくしにとってもいい時間になりました。何より、授業を一緒に受けられるよう計らってくれたことには感謝しています。ディオ様は他の方とは違う価値観を持っているんですね?」
「あれは……ただ単に、せっかく機会があるのにもったいないと思ったんだ」
こことは違う世界。日本で生きていた記憶があるから、確かにこの世界の人と価値観が違うかもしれない。
「嬉しかったです。正直なところ、テトラではなくわたくしが婚約すると申し出たのは、公爵家の図書館を利用したいと思ったのも理由の一つです」
「最初から図書館が狙いだったんだ」
「はい! あそこは北部で一番の知識の宝庫ですから」
トリアは弾んだ声で語る。
「トリアにとっては、楽しくてたまらない場所だろうね」
「いざ公爵夫人のなるための教育を受けてみたら、意外とやることが決まっていて立ち寄る時間がなかったのですが……これからは、授業という名目で毎日でも通えます!」
そんな話を聞いていて、俺は思う。
「トリアは意外としたたか……じゃなくて正直なんだね」
「ええ、そうなんです」
純粋な笑顔で肯定された。
皮肉とかではなく、単純に素を見せてくれているようだ。
「この婚約はハルシオン家にとって悪い話ではありませんし、わたくし自身にとっても他では学べないことを学べるので、利があると考えていました」
「捉え方によっては、そうなのかな……?」
「それにディオ様が以前の噂通りの方であれば、ゆくゆくはわたくしが公爵家の実権を握ることだってできるかも……なんてことも」
「うん?」
噂通りの方。
要するに、噂通りわがままで無能な人物なら、ってことか。
トリアは嫌々ディオと婚約しただけではなくて、自分なりに気持ちを整理して打算的な考えも持っていたらしい。
でも。
「ちょっと正直すぎない?」
「ディオ様がわたくしにとって害がないどころか、お近づきになっておいた方が得だと思いましたから。わたくしの心中をある程度、打ち明けることにしました」
「じゃあ、一定の評価はしてもらえてるってこと?」
俺の問いに、トリアはうなずきつつも。
「はい。もっとも、魔法の師匠であるミアさんとやけに親しげだったり、お付きのメイドを同い年の女の子に変えたりと、好色な部分は噂通りのようなので……これからは、婚約者としてディオ様の手綱を握っておく必要がありそうですね?」
そう言うトリアの笑顔は、少し怖かった。
無能でクズな評価は少し改善できたみたいだけど、やっぱり女好きだと認識されているらしい。
「あー、それには色々と事情が」
「そう言えばディオ様は……わたくしの容姿が好みで、婚約したいと言ってくださったのですよね?」
俺が言い訳しようとしたら、不意にトリアが尋ねてきた。
婚約を希望した動機を聞かれても、今の俺には答えにくい部分がある。
それでも、トリアの言っていることは概ね正しい。
「まあ、そういうことになるのかな……」
「では。ディオ様お好みの、この顔に見つめられたら、素直に教えてくださいますか? 他の女の子との《《色々な事情》》について」
トリアは顔を近づけてきて、逃すまいとばかりに視線を合わせてくる。
(いや、本当に近いな!?)
だが、なるほど。
女の子であれば手当たり次第なディオが、一目惚れして婚約したいと駄々をこねただけあって。
「うーん、確かに好みど真ん中の顔だ……もしかしてトリアは、自分のかわいさを自覚して武器にできるタイプの美少女だったりする?」
こうして自分のかわいい顔を無防備な距離感で見せつけることによって。
好色な婚約者の主導権を握るために、餌を与えようとしているのかもしれない。
なんてことを考えながら、見つめ返していると。
「わ、わたくしのことは良いんです!」
トリアの顔が急激に赤くなった。
「ぼっ」なんて効果音が聞こえてきそうな勢いだ。
したたかな雰囲気を隠さず、婚約者に対して主導権を握ろうとする。
それでいて、俺の方から踏み込まれたら弱いとか。
(こんなかわいい子が、原作ではほとんど登場しないモブキャラとかもったいないな?)
ファンとして、トリアがハッピーエンドを迎えるifルートの作品とか出してほしい。
俺がそう、切実に願っていると。
「わたくしのことよりも……これからはディオ様のことを、もっと教えていただきますからねっ」
トリアは照れ顔のまま、そう宣言した。
お互いのことをもっと知っていこうとするとか……なんだか普通の婚約者同士みたいだ。
(あれ?)
でも、それで良かったんだっけ。
ミアに説明したのとは、違う話になっているような。
(このまま順調に仲良くなっていったら、将来は本当に結婚することになるんじゃ?)
その場合、ミアのことや、テトラのことはどうなるんだろう。
魔王と勇者の間で板挟みになって、死亡フラグが立っているこの状況。
「というわけで、次はディオ様がお話をする番ですよ」
悩んでいたらトリアに手を引かれた。
婚約者どうしが手を繋いで、庭園でお散歩。
公爵家の人間からは、とても仲睦まじい光景に映るだろう。
上手くいっていなかったはずの婚約がどうにか纏まりそうだと、胸をなで下ろす人だっているかもしれない。
だけど。
俺が平穏な人生を手に入れるという意味では、状況があまり好転していない気がする。
俺は果たして、トリアとどうなりたいんだろう。
まだ分からないけど、原作や前世と同じような目には遭わせたくない。
絶対に、幸せになってほしいと思っていることだけは確かだ。




