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第23話 悪役モブに興味を寄せる婚約者と、次期公爵を狙う親戚

 その後。

 引き続きトリアとの今後について考えながら、剣術の朝練と朝食を終えて。

 予定通りオルクス先生の授業のために、図書館に向かうと。 


 この時間は別の場所で公爵夫人になるための教育を受けているはずのトリアが、なぜか図書館にいた。

 ただ「いた」だけじゃない。


「やめてください……!」

「うるさい! いいからオレの言うことを聞けよ!」


 何やらこの屋敷では見かけない少年に手首を掴まれて、絡まれていた。

 服装から察するに、そこそこの身分ではありそうだ。

 俺やトリアと、恐らく同年代。


「おいトリア。本なんか読んで、何やってるんだよ。まさかディオにやらされているのか?」

「わたくしは自分の意思で、知識を深めるために読書をしたいだけです」


 何やら俺が悪者だと決めつけられていたが、トリアは否定していた。

 読書くらいで大げさだな。


「そんなのおかしいだろ! 実はあいつが将来自分がやるはずの仕事まで、お前に押しつけようとしているんじゃないか?」

「ただ、わたくしが好きでやっていることなので、もう放っておいてください」

「だから正直になれって! オレが助けるからさ!」


 少年は何か思い込みでの善意でトリアに迫っているが、空回りしている。

 正直なところありがた迷惑だろう。

 トリアは手首を掴まれて、痛そうだ。 

 俺は止めに入った。


「おい、その辺にしておけよ」

「お前は……随分やつれてるみたいだが、まさかディオか!?」


 少年は俺のことを知っているらしい。

 公爵の子息である今世の俺に対して、こんな不躾な態度で接してくるなんて新鮮な気分だ。


「そういうお前は誰なんだ?」

「オレはレオーネ・フロストウェルに決まってるだろ! バカなお前だったら、どうせ忘れてるだろうと思ったけどな!」

「フロストウェル……ああ、ウィンターソン家の分家か。なんでこの図書館に?」


 オルクス先生の授業で聞いたことのある家名だ。

 けど、レオーネ本人のことはよく覚えていない。


「父上の仕事に同行したんだ! そのついでに、せっかくだから公爵家の屋敷を視察しておこうと思ってな」

「人の家を勝手に歩き回るなよ……しかも女の子に暴力とか良くないぞ」


 まさかこいつもディオと同類の悪ガキか?

 

「よりによってお前がオレに女の扱いの話をするのか!? 人の婚約者候補を横取りしておいて……」

「横取り……もしかしてトリアと婚約する予定があったのに俺のせいで破談になったとか?」

「ああそうだよ! ご丁寧に説明してくれてどうも!」


 なるほど。

 レオーネはそれ相応の理由があって俺を恨んでいた。


「ああ、そう言えば」


 悪ガキモブだった頃のディオ(俺)は、本家と分家の立場を利用して、よくレオーネのおもちゃを取り上げて我が物にしていたな。

 それがまさか婚約者まで奪っていたとは。

 さすが作中屈指の悪役モブ。


「それに勝手に歩き回っていたわけじゃない。この屋敷はいずれオレの家になるんだ! どうせ無能なお前にウィンターソン家は継げないだろうからな」

「なるほど」


 レオーネは自分が他者より能力的に優れていると自負していそうだ。

 無能なガキしかウィンターソン家に子供がいなかったら、代わりの誰かが公爵を継ぐ可能性が出てくるかもしれない。

 その時は自分こそが、と考えているんだろう。

 だけど、無能な悪役モブから公爵の座を奪おうとする親戚の少年か。

 こんな奴、原作や前世にいたか……?


「あ」


 そうだ。

 前世だとレオーネはちょうど今の時期に死んでいたな。

 無様な最期だったとかで、馬鹿笑いしたから覚えている。


 もし仮に、ディオ以外でウィンターソン家を継ぐ候補者がいたら都合が悪かっただろうな。

 ディオ自身にとっても、ディオを傀儡にして好き勝手していた連中にとっても。

 

 そう考えると、前世ではまさかゴドリーが何かしたのか?  

 というか。


「そもそもお前、生きてたんだな」

「はあ!?」


 さらに怒らせてしまったかもしれない。 

 まあ、俺のことはいい。


「俺が気に入らないのは分かったけどさ。だからってトリアに絡むなよ」

「オレは親切心から忠告したんだ! それをお前はいちいちうるさいんだよ!」


 貴族と言ってもまだ子供。

 しかも直情的な性格で、嫌いな相手の前だ。 

 逆上するのも無理はない。

 ただ、剣と魔法の世界での子供の喧嘩は、時に大事になるらしい。


「オレとお前、どっちが上から教えてやる!」

 

 レオーネの手のひらに、炎が集約し始めた。

 炎属性の魔法を使おうとしているらしい。


(これは……どうするかな)


 火事になったら困る。

 得意な水魔法で応じれば鎮火してひとまずトリアを守ることはできるが、それも最善手ではない。

 貴重な本が濡れてダメになってしまう。 


 ということで、俺は別の手を選ぶことにした。

 それと同時に。


「ファイア・ランス!」


 レオーネは槍状の炎を俺に向かって射出してきた。

 

「ガキの喧嘩にしては、容赦ないな……!」


 俺はレオーネの「ファイア・ランス」に対して、破壊魔法を合わせた。

 炎の槍だけをピンポイントで狙って、破壊する。

 

 結果。

 レオーネの放った炎は、俺の手に触れると同時に、霧散した。


「は……? 今何を……」

「俺の魔法を使っただけだ」


 唖然とするレオーネに、俺は教えてやる。


「でも、これじゃあまるで固有魔法……そんなわけない、無能のディオだぞ!」

「実は無能じゃなかったのかもな」

「あり得ない! ふざけるな!」


 冷静さを失ったレオーネは、もう一度魔法を放とうと身構えるが。

 俺は努めて真剣な眼差しで、レオーネに警告した。


「これ以上は子供の喧嘩じゃ済まないぞ。トリアが巻き込まれたらどうするつもりなんだ」

「くっ! 僕を悪者扱いしやがって……この借りはいつか絶対返すからな!」


 怖じ気づいたらしいレオーネは涙目になりながらも強がって、図書館から走り去っていった。


「なんだったんだあいつは……」


 しかし、ディオが無能だったのを良いことに、次代の公爵の地位を狙う親戚までいるとは厄介だな。

 婚約者候補だったトリアをディオに奪われたのは同情するにしても……問題はそのディオが俺自身を指していることだ。


(今後もああいう奴に対処していく必要があるのかもな……)


 何はともあれ、まだまだ平和には遠いのかもしれない。



 

 さて。

 一息ついてトリアの方を見てみると。

 トリアは本棚の前に立って、興味深そうに地政学についての本を眺めていた。


「わああ……」


 目を輝かせている。

 俺たちの争いより本の方が気になっていた様子だ。


「あのー」


 そっと声を掛けると、目が合った。


「あ、先程はありがとうございました。ディオ様が体を張ってわたくしを助けてくれるとは予想外でしたが……心ない言葉を投げかけられた時に庇ってくれる人がいると、嬉しいものですね?」


 おっとりというかマイペースというか。

 ふわふわとした質感の聞いていて心地いい声で、トリアは語る。


「あー、うん。トリアが無事なら良かったよ」

「はい、おかげさまで。それと、すみません」


 トリアがおもむろに謝罪した。


「すみませんって何のこと?」

「わたくしは、ここにいるべきではないですよね?」


 実はこの図書館は誰でも出入りしていい場所ではない。

 一応、本はこの世界では高級品だ。

 そんな品が図書館を作れるほど集められているので、この空間に蔵書された書物の金銭的な価値は高い。


「トリアは正式な公爵家の人間じゃないけど……今の立場なら、屋敷の中を好きに歩き回る権利くらいはあると思うよ」

「ではディオ様は、わたくしを叱ったりしないのですか?」


 トリアに首を傾げられた。

 気にしているのは図書館に入る権限の話かと思ったが、そうではないらしい。


「どうして俺がトリアを叱る必要があるの?」

「こうした学問は、わたくしには不要だからです」


 常識だろう、とばかりにトリアは答える。

 だが俺には言っている意味が分からなかった。


「不要って……その割にはさっきまで興味深そうに眺めていたじゃないか。気になるなら読んでみたらいいと思うよ」

「でも、変ではないでしょうか」

「……? どうだろう。図書館の立ち入りの話なら多分問題ないよ。持ち出せるかは分からないけど、ここで本を読むくらいは大丈夫なはずだ」

「でも、わたくしは貴族の令嬢です」


 トリアのその言葉で、少し空気が変わった。

 俺の言葉はどうやら的外れだったらしい。


「この国では性別や身分ごとに、おおよその役割が決まっています。だから役割と違うことをしたら奇異の目で見られ、おかしな人間扱いされるでしょう?」

「ああ、そうか……」


 そう言えば、原作にもそんな設定があったな。


「この国での貴族令嬢の進路は花嫁か、より高貴な家や王宮に侍女やメイドとして仕えるかくらいです。それ以外で世間的に認められているのは魔法の道くらいでしょうか……」


 地政学は、トリアが語るそれらの進路にはあまり必要とされない。


「だけどトリアは、学びたいことがあるんでしょ?」

「はい。わたくしは様々な知識を取り入れて……将来は政務や領地経営をしてみたいと思っています」


 嫌っているはずの婚約者が相手の割には、トリアは包み隠さず答えてくれる。


「だったら、目指してみたら?」

「でも、女性の仕事として認められないことをやろうとしたり、そのために必要な学習や訓練をしていたら……礼儀作法の先生やお父様に叱られてしまいます」


 秘めたる知識欲と、周囲の人間からの評価で、トリアは板挟みになっている。


「だとしても、トリアが望むならやってみるべきだよ」

「そう、でしょうか……? そんなことを言われたのは初めてです」


 トリアは戸惑いながらも、俺の言葉に耳を傾けていた。

 俺がここまで言うのは。

 トリアが諦める理由が、この国の慣例のせい……もっと言うなら原作である『ディシディア・ファンタジー』の設定のせいだからだ。


 この世界は現実で、俺たちは今、生きている。

 だから。


「誰かの都合で作られたルールに、必ずしも従うべきとは限らないからね」


 そう。

 ゲームの設定に、トリアが振り回される必要はない。 

 これは余計なお世話かもしれないが、原作のままに生きても、きっと。

 その先に、トリアの幸せは待っていない。


「……そう、ですね。おかげでわたくし、自分のやりたいことに自信が出てきたかもしれません。まずはとにかく、やってみようと思います」

「うん、そうするといいよ! トリアにも授業があるだろうから、その都合に問題がなければだけどね」

「実は礼儀作法の授業の予定だったのですが……先生が急遽来れなくなり、午前中の予定がなくなってしまったのです」


 本人の希望かどうかはさておき、午後からは俺と交流の予定がある。


「だから図書館で時間を潰そうとしていたんだ?」

「はい。先程は思わぬ横入りが入ってしまいましたが……せっかくディオ様に背中を押していただけたので、お言葉に甘えさせていただきますっ」


 そう言って初めて見せたトリアの笑顔は、とんでもなく眩しかった。


(さすが原作ヒロインの双子の姉だ……)


 俺がその眩しさに当てられている間にも、トリアは一冊の本を手に取って、俺から少し離れた席に座った。

 北部の地政学に関する本か。


 そう言えばあの本、今日の授業の学習範囲と被ってるな。


「よかったらトリアも、俺と同じ授業を受けていく?」

「え?」


 本に視線を落としていたトリアが、顔を上げた。


「ちょうどその本で扱っている内容の話をやるから、地政学に興味あるならどうかなと思って。お節介だったかな」

「そ、そんなことはありません! 興味、あります。地政学も、それ以外のことも」


 俺の授業の最終的な目標は立派な公爵家の当主となることだ。

 そのためには様々な教養や知識が求められる。


「じゃあ今日はとりあえず体験授業ってことで」

「……はい!」


 トリアは少し迷った素振りを見せてから、こくこくとうなずいた。

 昨日顔を合わせた時には強く感じた警戒心が、すっかり解けている。

 知識欲が警戒に勝ったんだろうか。 


 深く考えずに誘ってみたけど……トリアからしてみれば大嫌いなディオ(俺)と授業を受けるのは嫌だったか……?

 そう懸念したが、すぐに杞憂に終わった。


「ありがとうございます! 今までまともに接する機会がなかったから知りませんでしたが……ディオ様は意外といい人なのですね」


 トリアから、お礼とお褒めの言葉をいただいたからだ。


 アクシデントがきっかけだったけど。

 昨日会った時よりはちゃんと話せたし、良い印象を持ってもらえたみたいだ。


 よし。

 この機会にトリアと良好な関係を築き直そう。

 このままもう少し、話してみる。


「こうも好奇心に満ちた顔をされたら、放っておけないのは当然だよ」

「もしかしたらその好奇心は……この図書館で得られる知識に対してだけではないかもしれませんね」

「他に何か気になるものがあるんだ?」

「ディオ様です。わたくしは今、急激にディオ様へ興味を寄せています」


 トリアは小さく笑って、俺を見つめてくる。


「俺への興味?」

「はい。ディオ様はテトラ以外だと、わたくしのやりたいことを肯定してくれた唯一の方ですから」


 トリアはわざわざ本を読む手を完全に止めて立ち上がり、俺の前まで来て。


「実はわたくしの婚約者がディオ様で正解だったのではないか、と。そう、思い始めています」


 顔をずいっと寄せて、不敵に微笑んだ。

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