第22話 弟子を自分好みに育てる師匠と、犬みたいなメイド
トリアとテトラが帰った後、夜。
どこかでミアと話したいと思いながらも、なかなか切り出せずにいた俺は、今。
「むう。やはりディオのように才能豊かで素敵な男の子なら、婚約者の一人や二人くらいいて当然か……」
自室のベッドでなぜかミアに抱きしめられて添い寝していた。
支度を整えて寝ようとしていた時に、以前のようにミアが窓から部屋を訪ねてきたのだ。
最初はベッドに座っていたが、気づけばこうして二人で横になっていた。
「婚約者なのは双子のうち一人だけど……なかなか言い出せずにごめん」
厳密には忘れていたという、終わっている理由なんだが。
「いや……よく確かめもせず「ディオと婚約して魔界にお持ち帰りしたい」などと先走った私が悪いのだ……」
ミアはそう言いつつもやはりご機嫌斜めな様子で、いつもの凜々しさが見る影もない。
覇気のない声とともに、胸元に抱え込まれる。
俺はどうにか谷間から顔を出して、話す。
「でもさ。トリアとはまだあくまで婚約だし、解消される可能性はあるかもしれないよ」
「ディオはやけに私を期待させようとしてくるんだな?」
「え? 期待させるっていうか、ミアを元気づけたくて……」
「他に婚約者がいるのに、まるで演劇に登場する浮気男みたいだな?」
ミアはくすりと笑った。
「言われてみれば確かにそうかもしれない……」
「ディオはあの子……トリアのことが、好きなのか?」
記憶を取り戻す前のディオのことはともかくとして。
今の俺は、トリアに特別な感情を抱いているわけではない。
だが、原作である『ディシディア・ファンタジー』に登場するかわいそうな運命を辿る女の子の一人として、今世ではトリアに幸せになってほしいと思っている。
「トリアとは、心を入れ替える前の俺が無理を言ったせいで婚約することになったけど、向こうは望んでいないと思う。だから俺は、トリアの意思を尊重するつもりなんだ」
それがきっとトリアにとっての幸せであり、俺自身の平和な将来への道だ。
「そう簡単な話ではないと思うが……二人の納得する落とし所を見つけられるといいな」
婚約は最終的に家同士で決めたことだ。
当人同士の希望だけで解消できるかと言われると、簡単ではない。
「うん。このままだとトリアがかわいそうだからね。うまくやってみせるよ」
「そうか。それで、あの子との関係が落ち着いたら……ディオは私にどうしてくれる?」
期待に満ちた眼差しで、ミアは俺を見下ろしてくる。
「どう、って」
「私はディオのことを……単なる愛弟子だとは思っていない。もっと特別な存在だ」
「み、ミア?」
あれ。
これってもはや、告白みたいなものでは?
そう思っている間にも、ミアの言葉は続く。
「初対面の時はディオに体を擦りつけられたら嫌な気分になったが、今はむしろ逆だ」
「……逆?」
「こうして触れたり、触れられることに……心地よさを感じる。だからディオが触りたい場所は、どこでも触っていいんだぞ?」
「どこでも……」
ごくり。
「いや……! そんな、なし崩し的に触るなんてまずいよ」
「ふふ。さすがは私の弟子だな」
「婚約者がいる今、そんなことをするのは不誠実だからね」
もっともらしいことを言ってみたけど、説得力がない気がしてきた。
だって今、俺はミアに抱きしめられて添い寝しているし。
顔の下半分は、年の割に豊かなミアの胸に包み込まれているし。
「では、手を出してもらえる時を待つとしよう。私はそろそろ帰る」
ミアはようやく俺を解放して、ベッドから立ち上がった。
「あ、帰るんだ……?」
「一緒に寝たかった?」
優しく、からかうようなミアの笑み。
そのいつもよりあどけない雰囲気の表情に、俺の心臓が高鳴った。
「そ、それはまずいよね」
「私は構わないが……ディオが気になるというなら、代わりに別れの挨拶をしてくれ」
「おやすみ? また明日?」
よく分からないまま、普通の挨拶を口にしてみると。
「ふふ。そうではなく、私の頬にキスをするんだ」
ミアはしゃがんで、顔を俺の前に差し出してきた。
(これが魔界流の挨拶なのか……?)
いきなり頬にキスしろと言われても難しい。
相手が超がつくほどの美少女だと、その難易度は跳ね上がる。
要するに俺はめちゃくちゃ緊張していた。
「ん? どうしたディオ」
当たり前みたいな調子で、ミアは催促してくる。
うん、そうだ。
これはあくまで挨拶。
意を決した俺は、ミアの頬にそっと口づけをした。
体温が急上昇するのを感じる。
「……魔界には、大胆な挨拶があるんだね」
「これは魔界の挨拶ではない。単に私がディオにしてほしいこと……いわば趣味だ」
趣味って。
なんだそのかわいらしい理由は。
「もしかしてミアは俺を……自分が望んだことをしてくれる存在に、育て上げようとしてる?」
「ディオは私の弟子だからな。私がしてほしいことを、覚え込ませることにした」
ミアは名案だろう、とばかりに得意げだった。
(そう言えば日本の古文にも、幼女を引き取って自分好みに育てる男の話があったなあ)
まさか俺が、育てられる側になるとは。
「では、また明日。ディオが私の理想の男の子になる日が、今から楽しみだ」
ミアは俺の頬にキスを返して、窓から出て行った。
「……やっぱり俺の師匠がかわいすぎる」
俺はその後ろ姿を、呆然と見送ることしかできなかった。
○
翌朝。
今日も剣術の訓練があるから早起きだ。
「さあディオ様、今日も頑張っていきましょうねー。ぱしゃぱしゃ」
リサリーが起こしに来て、身支度を手伝ってもらっていた。
まだ眠くてぼーっとしている俺の顔は、なすがままリサリーに洗われていた。
「リサリー、今日って何か予定あるかな?」
「午前中はいつも通りですね。この後は剣術の朝練をして、朝食後に図書館でオルクス先生の授業です。わしゃわしゃ」
リサリーは予定を俺に教えつつ、顔をタオルで拭いてくれた。
「……午後は?」
「午後は婚約者のトリア様と交流です!」
「今日はトリアが来る日か……」
最近は王都に行っていたトリアだが、基本的には週に一回の頻度で公爵家の屋敷を訪れている。
婚約者であるディオとティータイムを共に過ごしたり、庭園を散歩したりと、親交を深める目的だ。
(けど、記憶を取り戻す前のディオの、トリアに対する扱いは雑だったな……)
もう自分のものになったから強い興味が失せたという実に身勝手な理由で、トリアと会ってもろくに話さない。
せいぜい、気まぐれにセクハラまがいのことをするくらいだ。
そうして自分で選んだはずの婚約者を蔑ろにしつつディオが日々を怠惰に過ごしている裏で。
トリアは屋敷にやってきて、花嫁修行とか公爵夫人になるための教育を受けてきたらしい。
(トリアのことは早めに解放してあげたいけど、具体的に何をすべきかな)
俺が迷っている間にも、リサリーは楽しげに話していた。
「確かトリア様との婚約は、ディオ様が初対面で一目惚れして熱望されたと聞きます! ロマンチックです……」
あながち間違っていないが、それでもリサリーの言うほど素敵な話ではない。
リサリーは最近公爵家で働き始めたばかりの新人だ。
トリアとの婚約について、断片的な情報しか把握していないんだろう。
婚約に関する細かい事情とか、ディオがどれだけトリアに対してわがままを働いたか、とか。
「私もトリア様のことは一度お見かけしましたが、すっごくかわいかったです! ディオ様はああいう女の子が好みなんですね?」
「あはは……」
聞かれても曖昧な返事しかできなかった。
リサリーは、俺とトリアは普通に恋愛関係にある……少なくとも俺の方は好意を抱いていると思っている様子だが、実態は違う。
前世の記憶が蘇る前だって、見た目を気に入って我が物にしたいと思っただけだからな、このエロガキモブは。
前世では原作通り、トリアのことを酷い目に遭わせてしまったが、俺には誓ったことがある。
「トリアのことを、幸せにするんだ……」
そう。
今世では、原作で悲劇的な結末を迎えた女の子を幸せにする。
「わー……ディオ様はトリア様のことが大好きなんですねえ」
「あ。もしかして口に出してた……?」
「はい! ディオ様ならきっと、トリア様と素敵なご夫婦になるんでしょうね……そうなったら私は、トリア様のお支度もすることになるんですかね?」
リサリーは純粋な眼差しで、そんな疑問を口にする。
「一人で二人のお世話をするのは大変じゃないかな」
「そうかもですね! ですが、あの見るからにさらさらした金髪を、一度触らせていただきたいです……ブラッシングしたら、絶対気持ちいいですよ!」
「リサリーは朝から仕事してるのに元気だなあ」
「はい! 元気が取り柄ですから!」
リサリーはぺかー、と晴れやかな笑みを浮かべた。
そのまま身支度を整えてもらいつつ、俺は思う。
(実際、トリアの幸せってなんだろうな……)
俺との結婚ではない気がする。
けど、既に婚約者になっている。
今になって急に「やっぱりやめた」とか言い出すのも難しい。
(下手なことをして、テトラの恨みを買ったらまた首を撥ねられかねないってリスクもあるからな……)
だからって今更手のひらを返したように親しげに振る舞うのも……向こうからしたら迷惑だし、虫が良すぎるよな。
そう考えると、今の俺にできることは。
これ以上嫌われないよう、トリアに対して敬意を持って接することくらいかもしれない。
(将来的なことはわからないけど、無難に日々を過ごしつつ、ほとぼりが覚めた頃に婚約解消を目指してみるか……?)
今ひとつ状況を打開する策が思いつかないまま、身支度を終えたところで。
「ところで、ディオ様」
「どうしたのリサリー?」
「さっきはお世話をしてみたいと言いましたけど……本当は私、トリア様のことがうらやましいです」
「そうなんだ?」
要領を得ない物言いのリサリーだったが。
「というわけで私も、ディオ様にかわいがられたいです!」
結局はいつも通りだった。
「十分ご褒美はあげてると思うけど」
「もっとかわいがられたいです!」
いつものハグだけじゃ足りないらしい。
「もっとって、どうしてほしいの?」
「ここを……触ってくださいっ!」
リサリーはそう言って顎を少し上に向けた。
「顎の下を……触ってほしいってこと?」
「はい! 撫でたりくすぐったりしてほしいです!」
リサリーは嬉しそうに、無防備な自分をさらけ出してくる。
俺は本人の要望通り、顎の下あたりを撫でたりくすぐってあげた。
「ふぁっ……わふー」
リサリーは一瞬肩を跳ねさせたが、その後は気持ちよさそうに目を細めていた。
「こんなところを撫でられて喜ぶなんて、リサリーって犬みたいだよね」
「へっ!? い、犬ですか……きき、きっと、ディオ様の気のせいだと思います!」
リサリーは見たことないくらい動揺していた。
「ふむ」
「わふー」
さらにくすぐってみると、リサリーは幸せそうに口を少し開けていた。
リサリーは人間の女の子……だよな?
○
その後。
引き続きトリアとの今後について考えながら、剣術の朝練と朝食を終えて。
予定通りオルクス先生の授業のために、図書館に向かうと。
この時間は別の場所で公爵夫人になるための教育を受けているはずのトリアが、なぜか図書館にいた。
ただ「いた」だけじゃない。
「やめてください!」
「うるさい! いいからオレの言うことを聞けよ!」
何やらこの屋敷では見かけない少年に手首を掴まれて、絡まれていた。




