第21話 婚約者と女勇者がやってきた
二週間後。
俺はゴドリーのいなくなった屋敷で、ひたすら自己研鑽に励んでいた。
剣術、座学、魔法。
今も庭園でティータイムを終えた後、魔力操作の練習を行っている。
ミアと同じ椅子、さらに言うと膝の上に座って、手取り足取りされながら。
「ディオほどの才能があれば、より自在に、より大規模に水を操ることができるはずだ」
「それって……例えばどんなことができるようになるの?」
「干ばつのときに畑を潤したり、治水にも使えるな」
もし本当にミアの言うようなことができるようになれば、ウィンターソン家の領地を治める際にとても役立つだろう。
「貴族の領主になるには、川の流れを変えられるレベルになる必要があるってことか……」
「いや。そのレベルの魔法使いは現代に数えるほどしかいないが、ディオであれば目指せるという意味だ」
ものすごく、ミアに期待されている。
「師匠が甘い評価をしているんじゃない?」
「妥当な評価に決まっているだろう? 師匠を信じるんだ」
ミアは俺の右手に触れて、持ち上げた。
今日の訓練内容は、庭の池に水流を作り出すこと。
庭の池と言っても、ここはウィンターソン家の屋敷だ。
ボートを浮かばせて遊べるくらいには広い。
よって、桁違いの水の操作量を要求される。
「魔力で池に生み出した水流で、ボートを対岸まで行き来させる……って言われても難しいな」
「そうだな。指先でそっと、柔肌をなぞるように。反応を窺いながら、時に力強く。水面に魔力を向けるんだ」
「な、なるほど……?」
どこかなまめかしい言い方だ……なんて感想を抱いていると。
ミアが俺の指に、指を絡ませてきて。
「ふふ。仕方がないな。私が手伝ってやろう」
なんだかいい雰囲気になってきた気がした、その時。
人の気配がした。
「一ヶ月ぶりに王都から戻ってきたので、ご挨拶に来たのですが……随分と楽しそうですね?」
「ほんっと、さいてー!」
金髪に碧い目。
そっくりの容姿を持ち、お揃いのドレスを着た二人の女の子。
「あ」
俺は二人のことをよく知っている。
俺と同い年で、北部一帯にその名が知れ渡るほどの美少女双子姉妹、トリア・ハルシオンとテトラ・ハルシオンだ。
「……お久しぶりです。ディオ様」
おっとりとした顔に呆れの色を滲ませるのは、姉のトリア。
「わざわざ姉さんが挨拶に来てあげたのに……どういうつもり!?」
つんつんして露骨に俺へ敵意を向けてくるのは、妹のテトラ。
(……どうしよう)
二人ともディオにとって超重要な存在なのに、すっかり忘れていた。
「ディオ、この子たちは誰だ?」
ミアが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
「あー……トリア・ハルシオン。俺の……婚約者と、その妹のテトラ」
「こん、やくしゃ」
ミアは珍しく、ぽかんとしていた。
「姉さんのことを無理やり婚約者にしておいて、他の女といちゃついてるとか……姉さんがかわいそう!」
テトラは怒っていた。
当然だ。
向こうからすると、一応は姉の婚約者である俺が、知らない女の人とものすごく近い距離感で接しているのだから。
「……なるほど。私はディオの魔法の師匠を務めているミアだ。公爵家の親族で、一時的にこの屋敷で世話になっている」
「この男が、魔法の訓練を……? ああ、だから見た目がかっこよ……じゃなくて、見てくれには騙されないんだから!」
少しして平静を取り戻したミアの言葉に、テトラは半信半疑だ。
「ディオは見た目だけでなく、とても素晴らしい才能を持った弟子なんだ。今もこの池の水を操る、大規模な魔法の練習をしていたところでな」
「鍛えている成果なのか、確かに見た目は前よりかっこよ……ではなくて、しゅっとされましたね」
トリアが何やら興味深そうに呟いている。
「でも……親戚で師匠か。残念ね! あなたがこの男の愛人なら、姉さんの婚約が解消できたかもしれないのに」
あくまでも師弟として接していただけだと主張するミアの話を聞いて、テトラはつまらなそうに結論づけた。
「婚約者とその妹という割には、あまり関係がよくなさそうだな?」
「あはは……」
ミアに小声で言われて、俺は苦笑いするしかなかった。
確かにトリアは婚約者で、テトラはその妹だ。
(だけど、良好な関係なんて築けるわけないよな……)
婚約に至った経緯は実に悪役モブらしい。
双子にとっては最悪だったことだろう。
悪役モブのクソガキであるディオが双子と出会ったのは一年と少し前。
ウィンターソン家が主催した年始の祝賀会で、北部の貴族が一堂に集まる中だった。
ハルシオン家がウィンターソン公爵夫妻とその息子であるディオに挨拶した際に、事件は起きた。
というか、起こした。
ディオは双子と初対面でありながら、集まった貴族たちの前で「この二人を嫁にする」なんて宣言した。
二人とも超がつくほどの美少女だったから、女好きのディオが目をつけるのも当然と言えば当然ではある。
そして、ハルシオン家はウィンターソン家に仕える陪臣だ。
要するに、強く命令されたら逆らうのが難しい。
(そういう立場も利用しながらわがままに騒ぎ立てる姑息さはあるんだよな、ディオって)
最終的には周りの大人たちが、どうにか話をまとめた。
公爵夫妻としてもそろそろ息子の婚約者を決めておきたい事情があったし、ハルシオン家としてもメリットのある話ではあった。
そういう大人の事情も絡んだ結果、さすがに二人両方というわけにはいかないので、姉のトリアが婚約者に決まった。
トリア本人の意向らしい。
多分、ディオのような下心丸出しのろくでもないガキから、妹を守りたかったんだろう。
(問題は、原作での末路だよな……)
トリアは婚前にもかかわらず、ディオに肉体関係を迫られ散々もてあそばれた挙げ句、十六歳で子供が産めない体になってしまったことを理由に婚約解消されて捨てられる。
(ただ……この話は、原作ではほとんど描写されていないんだよな)
そう。
トリアの悲劇は原作で重要な位置づけではなく、メインヒロインが女勇者として覚醒するきっかけとなるエピソードに過ぎない。
その女勇者こそが、トリアの妹であるテトラ・ハルシオンだ。
裏を返せばトリアは、ヒロインの姉であるモブキャラだ。
原作でのテトラは勇者として、魔王に下ったディオの首を撥ねることになる。
使命と復讐を、彼女は同時に果たした。
それが俺。
悪役モブ、ディオ・ウィンターソンの前世における最期でもあり。
今世では回避したい結末だ。
現在。
俺の印象は初対面からして最悪で、そこから好感度がひたすら下方向に突き進んでいる。
こうして再会するまで二人の存在を忘れていたのはきっと。
ここしばらく会う機会がなかったのと、気まぐれで飽きっぽいディオがトリアに対して興味がない時期だったせいだ。
(にしたって、なんでこんなに重要なことを忘れていたんだ……!)
このままじゃまずい。
もちろん俺としての記憶と人格がある以上、トリアが原作通りの結末を迎えるようなことはあり得ない。
だとしても。
婚約者であるトリアと関係が冷え切っているのは非常によろしくない。
そんな状況では当然。
姉思いのテトラから敵意を向けられる。
(現状の俺に対する認識は、トリアを蔑ろにしてミアと浮気しているクソガキってところか……?)
そんなことを、ミアの膝の上で考えていて。
「ミア、一旦下りるね」
「うん? ああ……」
とりあえず俺は、ミアの膝の上から自分の席に移動した。
このままだと……将来的に勇者となったテトラにまた首を撥ねられてしまう可能性大だ。
(でもトリアを強引に襲ったり、表立って魔王の味方をしなければ……殺されることはないよな?)
そう思いながら、俺は隣を見る。
そこにいるのは、先日自分が魔王であると俺に直接打ち明けてくれた師匠、ミア。
魔王であるミアと、仲良くお茶を飲んだり魔法の練習をしているのは事実だ。
(これじゃあ、魔王の一味と誤解されるかもな)
テトラを見つつ不安に思っていると、睨まれた。
「さっきから黙り込んだり、じろじろ見てきたり……やっぱりいやらしい」
「できれば、妹のことはあまり見ないでわたくしの方を見ていてください」
トリアからも、やんわりと注意された。
「あ、ごめん……」
俺の平和な人生のためには、双子との関係は重要だ。
(だけど、ミアと距離を取るとか……そういうのは嫌だな)
今までミアと築き上げてきた関係性は、俺にとって大切なものだ。
それにミアを蔑ろにしたら、魔王を敵に回す可能性だってまだゼロじゃない。
魔王と勇者の間で、板挟み。
死亡フラグの匂いが、ぷんぷんと漂っている。
(なんとかして、双子姉妹との関係を改善しないと……)
俺はそう、決意した。
でも、その前に。
(ミアにちゃんと説明した方がいいだろうなあ……)
ミアはさっきからずっと、浮かない顔で俺を見ていた。




