第19話 裁かれる悪徳教師と、匂いをつけてくる専属メイド
その日の夜には父・ウィンターソン公爵が帰還し、関係者が執務室に集められた。
まずは容疑者のゴドリー。
そして俺とミア。
父上と、その横にはオルクス先生がいた。
他には公爵家に忠実な騎士が複数名控えている。
「ゴドリーが独断で騎士を動かし、ミアを捕縛しようとした件について。おおよその経緯は把握しているが、改めて当事者の口から聞かせてもらおう」
父上はゴドリーに促した。
「騎士を動員したのはその少女が悪魔族のスパイだからです! 私はただ、公爵家のためを思って行動したのです!」
「いかなる理由があろうと彼女は私の客人だ。一家臣であるお前は、まず主に報告するのが筋だろう」
殊勝なことを口にするゴドリーに、父上は理屈で返す。
「それは、あくまで公爵家のために……調べれば確実に証拠が出てくるはずでした!」
証拠が出てくるはずだった、か。
「父上がいない間に全て終わらせて、証拠を捏造するつもりだったんじゃないか?」
俺は口を挟んだ。
「そ、そのようなことは……」
「あの場で引き下がったのも、仕切り直せばまたチャンスがあると思ったからだろう? でもまさか、今日のうちに父上が帰ってくるとは想定外だったよね」
父上の名前を出したとは言え、強硬手段に出たにしてはあっさり諦めていた印象だ。
ゴドリーは明日にでも次の手を打つつもりだっただろうが、数時間という早さで父上が戻ってきたことで、その目論見が外れた。
ゴドリーも、自分が失敗したと悟ったらしい。
「で、ではせめて彼女についても徹底的に調査すべきだ!」
「それはお前の判断すべきことではない。ゴドリー、お前への正式な処分は追って伝える。それまでは謹慎とする」
「ぐっ……」
せめてミアを巻き添えにしよう。
そんな狙いが失敗して悔しそうなゴドリーだが、まだ余裕がありそうだ。
(このままだと、ゴドリーの処分理由は越権行為……ってことになるよな)
長年公爵家に仕えている男だから、それだけで失脚に追い込むような罰を与えることは難しい。
もう一押し、必要だ。
「そう言えばゴドリーは、どうして騎士を自由に動かせたんだろう。ウィンターソン家の騎士は本来、父上か上官の命令以外は聞かないはずだよね?」
子供の素朴な疑問を装って、俺は話を切り出した。
「そ、それは私が公爵家に仕える最も忠実な家臣だからで……」
「指揮系統が違うのに、そんな理由で? むしろ裏金を渡していたとかの方が納得できるけど」
「し、失礼な……!」
図星だと、ゴドリーも動揺するらしい。
「お前こそ、主人の息子に対して礼儀に欠ける口の利き方だな」
父上はゴドリーを叱責しつつ、俺を見た。
「ディオ、何か思うことがあるなら言ってみなさい」
「実は俺、知ってるんだ。ゴドリーが公爵家の財産を少しずつ横領して、自分の懐に入れているのを」
「ふむ。ディオはその金を使って、ゴドリーが騎士や公爵家の家臣の中に自分の手駒を用意していた……と言いたいのだな」
ミアが話を合わせる形で、補足してくれた。
「な……!? 一体何の証拠があって言っているんだ!」
「ゴドリーの部屋にあるワイン棚の裏に、隠し部屋があるのを偶然見つけたよ。そこには確か、怪しい帳簿もあったかなあ」
「あ、あり得ない……!」
ゴドリーはしらを切ろうとしたが、動揺を隠しきれていなかった。
父上の鋭い眼差しが、ゴドリーに向けられる。
「……今すぐゴドリーの部屋を調べろ」
父上が控えていた騎士に指示を出した。
本来ゴドリーしか知らない隠し部屋を俺が知っている理由。
見たと言ったが、それは今回の人生でのことではない。
前世で家中の誰もが逃げ出してもぬけの殻になった屋敷で、腹を空かせたディオが一人食料を漁っていた際。
ゴドリーの部屋だった場所でワイン棚を触っていたら偶然見つけたのだ。
その頃には、金目のものはゴドリーが持ち出して逃げた後だったが、帳簿は残っていた。
滅び行くウィンターソン家において、証拠を隠滅する必要すらないと思ったのだろう。
「お待ちください! 私の部屋を勝手に捜索するなど……!」
「ここはウィンターソン家の屋敷だ。それに、もうお前の部屋ではなくなる」
「おっしゃっている意味が……分かりません」
「ゴドリー、お前は横領と汚職の容疑で投獄する。後ほど正式な処分を伝えるまで、牢にいろ」
「私は公爵家に最も忠実な家臣だ! その私を処分しようなどと……!」
声を荒げゴドリーを前に、父上はため息をついた。
「お前は私の前で口癖のようにそう言うが、どうも違和感があった。その意味がようやく分かったよ」
「は?」
「お前のそれは私への忠義ではなく、ウィンターソン家の持つ栄光と財産への執着だ」
「ぐぐぐ……!」
動揺、逆上、焦燥。
様々な感情が入り交じった、歪んだ表情を晒しながら、ゴドリーは叫んだ。
「わわわ私は由緒ある家柄で、王族とも遠い血縁関係に当たる! そんな私を、北部の田舎貴族ごときが投獄しようなどと、不届き千万だ!」
「開き直って偉そうなことを言い出したな……」
俺は思わず、呆れてしまった。
(でも確かに、そんな自慢話を前世でよくしていたかもな……)
真偽不明だが、きっと見栄を張るためのくだらない嘘だ。
そう思っていると、静観していたオルクス先生が口を開いた。
「それは初めて聞く話ですね」
「はあ? 部外者は黙って——」
「私の血縁者に、貴方のように醜悪な者がいた覚えはありません」
「あ?」
言っている意味が分からない、とばかりにゴドリーは間抜けな顔を浮かべた。
「その言い方だと、オルクス先生がまるで王族みたいに聞こえるけど……」
「ええ。ディオ君には言っていませんでしたが、私は国王陛下の弟に当たります」
「お前が、王弟?」
正体を明かしたオルクス先生を見て、ゴドリーは呆然としていた。
「貴方が王族の血を引くかどうかは、調べれば分かること。その間、投獄しておくという公爵の判断には私も賛成です。もし身分を詐称していたのであれば……さらに重い罰が課されることになるでしょう」
オルクス先生は淡々と、ゴドリーに宣告した。
北部の守護者であるウィンターソン家だけでなく、この国の頂点である王家まで敵に回した。
これはもう、詰みだ。
「ああああああ! 血筋と権力だけの王族や貴族に、私のような才気溢れる平民上がりの気持ちなどわかるまい! その無理解さが、私を行動に駆り立てたのだ!」
ゴドリーは壊れたように叫んで逃げようとしたが、出入り口付近にいた騎士に力ずくで取り押さえられた。
「おい、暴れるな!」
「私の言葉を理解できないというなら、それはひとえにお前たちの傲慢さ故だ……! 目の前に膨大な金と権力があって……手を伸ばせば届きそうな状況だったら、誰だってこうする!」
よく分からないが、自分の罪を他人のせいにし始めた。
だけど。
「《《誰だって》》、なんて聞き捨てならないな」
「ああ?」
「お前の言葉はリサリーや俺を信じてくれた人たち……ウィンターソン家に忠実な家臣への侮辱だ」
そう。
少なくともリサリーや真面目に働く家臣たちは、ゴドリーみたいに不誠実な真似はしない。
「ハッ! 生まれた時からなんでも持ってるガキが、分かったような口をきくな!」
「そうだな。俺は多くを持っている。だけど一度すべて失ったから、取り戻そうとしているんだ」
「何を意味不明なことを……! ガキが余計な知恵をつけやがって、お前が馬鹿のまま私の傀儡でいれば、近い将来——」
「聞くに耐えん。私のかわいい弟子の耳が汚れるから黙っていろ」
我慢できなくなったらしいミアが、ゴドリーを蹴飛ばして気絶させた。
ミアは床に転がったゴドリーには目もくれず、公爵の方を窺う。
「勝手に手を下してしまった。私は処罰対象だろうか?」
「いや。私は立場上、冷静かつ公平な判断が必要でな……それでも、息子や家臣は私の誇りだ。そういう意味で、二人は私の誇りを守ってくれた」
父上は、ミアと俺を交互に見る。
「ミアだけじゃなくて俺も?」
「ゴドリーに言い返してくれただろう? やはり身近で仕えてくれる者がいると、責任感が芽生えるのかな」
ゴドリーの侮辱を許せないのは、父上も同じだったらしい。
だけど公爵という立場があると、感情のままに振る舞うことは難しいんだろうな。
それにしても、身近で仕えてくれる者か。
「そういうことなら、リサリーに感謝だね」
「ああ。ねぎらってやりなさい」
その点は心配ない気がする。
リサリーの方から、毎回ご褒美を要求してくるから。
少しして。
父上の命令で、気絶したゴドリーは牢に連行されていった。
その無様な様子を見届けつつ、俺は思う。
(オルクス先生が王族だったなんて驚いた……)
悪役モブのガキらしく無礼を働いて、王族の不興を買う……なんて展開はないよな?
少なくとも今までの俺は、いい生徒だったはずだ。
多分。
(ともあれ、これでゴドリーの失脚は確定だ)
これで、ディオを破滅に導く存在をまた一人、排除することに成功した。
そうして俺が、安堵していると。
「お疲れ様。よくやったな」
わしゃわしゃとミアに頭を撫でられた。
いつもより、少し豪快な手つきだ。
「あ、ありがとう……もしかしてだけど」
「どうした、ディオ?」
「ミアって今、けっこう機嫌が良い?」
「ああ。ディオの喜びは、私の喜びでもあるからな」
俺を破滅に導く存在のもう一人は、魔王からお姉さん系ヒロインにジョブチェンジしつつあった。
○
その日の夜。
俺はいつもより遅めに寝る支度を整えていた。
リサリーに手伝ってもらいながら着替え終わるところだ。
「ふう、やれやれ」
「ディオ様、なんだかご機嫌ですね?」
「まあね。ゴドリーがいなくなって、すっきりしたのかな」
リサリーに最後のボタンを留めてもらいつつ、俺はうなずく。
「思えば……ディオ様はゴドリーさんの悪いところを、前々から見抜いていたんですね!」
「まあ、実はね」
「さすがは私のご主人様です!」
リサリーは無邪気に喜んでくれた。
「しかも聞きましたよ! 新しいオルクス先生は実は王族の方だったとか」
「俺も驚いたよ」
「そんなすごい方に教えていただくなんて……英才教育ってやつですね!」
「期待に応えられるよう頑張るよ」
それにしても、寝る前なのにリサリーは元気だ。
と思ったら、大人しくなった。
いや、少し違う。
「先生と言えば……魔法の先生のミアさんとは、どんな関係なんですか?」
どこか緊張したような声色だ。
「どんな関係って、師匠と弟子だよ?」
「でも、それ以上にお二人の仲は親密そうに見えます。先輩のメイドさんたちも、皆さんそう言ってました!」
リサリーは拗ねているみたいな態度だ。
「まあ、仲良くなりたいとは思っているけどね」
「むう。ディオ様は、私のご主人様ですからね?」
「それはもちろん、そうだよ」
「じゃあ、今日もご褒美ください!」
リサリーは両手を広げた。
「ちなみに、何に対する?」
「今日はいつもより夜遅い時間まで頑張ってお仕事してます!」
「まったく、リサリーはわがままなメイドさんだな」
そんなことを言いつつ、今日もハグしてあげた。
父上に「ねぎらってやれ」と言われたからだけじゃない。
リサリーがそうしたくなる雰囲気を出しているというか……とにかく、なんだかんだで甘やかしたくなる。
(この状態で妙な気分になってエロガキモブの人格が表に出てこないだけ、成長してるかもな……)
そう思っている間にも、リサリーは頬ずりしてくる。
「へへー」
「今日はいつも以上にくっついてくるね?」
「先輩の皆さんが、私もディオ様のメイドに興味があると言い始めたので……誰のご主人様か分かるように匂いをつけているんです」
匂いをつけるなんて、なんだか犬みたいだ。
そう言えば原作にも犬系獣人でケモ耳美少女なヒロインがいたな……というのはさておき。
「前は俺の担当なんてみんな嫌がっていたのに、希望されるようになったなんて光栄なことではあるね」
「え……ディオ様は、私以外にもメイドをご所望ですか……?」
リサリーはショックを受けていた。
何か誤解したらしい。
「うーん……当分はリサリーだけでいいかな」
「当分、ということはいずれは私以外も増やすんですか……?」
「リサリーだけに働かせて、過労で倒れたりしたら困るし」
「ディオ様は私の心配をしてくれるんですね……!」
リサリーの表情が晴れやかになった。
エロゲー的に言うなら、正しい選択肢を取れた気がする。
「そう言えばディオ様、もう一つ聞いたことがあるんですけど……」
主人が寝ようとしているのに、リサリーは話し好きだ。
だけど、そういうところが気に入っている部分でもある。
「何かな?」
「公爵様の前で私をべた褒めしてくれたって聞いたんですけど……本当ですか?」
べた褒め。
ゴドリーに異を唱えた時のアレか。
「うん。リサリーは公爵家に忠実な家臣だ、って言ったよ」
「うれしーです」
ぎゅーっ。
強くくっつかれた。
少しして、リサリーは満足したらしい。
「ではディオ様、おやすみなさいませ。明日からも、ディオ様の専属メイドとして張り切って参ります!」
「うん、おやすみ。よろしくね」
そうして、明日から快適な生活が送れそうだと思っていた矢先。
バルコニーの方の窓が、ノックされた。
そこにいたのは、寝間着姿のミアだった。




