第18話 悪徳教師、失敗する
夕方。
林での訓練を終えて、俺とミアは屋敷に帰った。
堂々と門から入って庭を通る。
「魔力を消耗するとお腹が空くのは変わらないな……」
「ディオはよく食べてよく育つべき年頃だからな。それくらいがちょうどいい」
そう言うミアだって、まだ成長期のはずだ。
原作だと、もっとスタイルのいい美少女に育っていた。
「ところでミアは、好物とかあるの? いつもは料理長が俺の好みに合わせて作ってくれてるらしいんだけど……せっかくならミアの好きなものを食べてほしいからさ」
「ディオは私のことを考えてくれて優しいな」
ミアから初期とは真逆の評価をいただいた。
「強いて言うなら……いつも出てくる、あの挽肉が詰まったパイだろうか?」
「あれ、俺も一番好きなんだ」
「やはりそうか!」
ミアはどこか嬉しそうだった。
「やはり……って?」
「ディオがおいしそうに食べているのを見ていると、私も幸せな気分になれるんだ」
「ミアが食べておいしいから……じゃなくて?」
「うん? ああ、そうだな。そういう理由もある」
ミアはふわっとした返事をしつつ、俺に熱い眼差しを注いできた。
なんだろう。
「それだとミアにとって料理の味はついでで、俺を見るのが主目的……みたいになってない?」
「ふふ。よく気づいたな」
心なしか少し弾んだ、ミアの声。
そうして話しながら、エントランスに入った途端。
複数の鈍い足音が聞こえてきた。
「な、なんだ……!?」
その途端。
突如として、複数の騎士が俺たちを包囲した。
「ディオ様、その者から離れてください」
騎士たちの後ろから、ゴドリーが現れる。
この騎士たちは、ゴドリーが裏金を渡して仕事をさせている連中らしい。
「ゴドリー……なんのつもりだ」
「ディオ様。今あなたの隣にいる少女は、悪魔族と繋がっているのです!」
エントランスには、何事かと集まった公爵家の人間が多くいた。
そんな彼らに聞こえるように、ゴドリーは声を張り上げる。
「どうして急にそんなことを……」
「彼女が悪魔族と会話している姿を見た者がいます!」
ゴドリーの隣には、気弱そうな庭師の男がいる。
「わ、ワシは確かに見て、聞いたんです!」
どうやら林で感じた気配は、この男だったらしい。
実際にミアがサキと話している場面を目撃されているとなると、不用意に否定したら墓穴を掘りかねない。
しかも繋がりがあるどころか、ミア自身が悪魔族で、その頂点に立っている。
「そもそも彼女は出自が疑わしい。そして何より、ウィンターホルムの地下での一件。彼女だけが地下の現場を都合良く発見したなんて、何か妙だ」
ミア自身を糾弾するというよりは、集まった公爵家の人々に演説でもするように、ゴドリーは語る。
「ミアは本当にウィンターソン家の親族だ。それに地下での一件は、ミアの活躍のおかげで捕まっていた人たちを助けられたんだ。それを責めるなんて——」
「ああ、そうか!」
ゴドリーは、俺の言葉を大声で遮った。
「当家の親族だと偽って取り入って、乗っ取ろうと画策しているのでは? 現に今、彼女は魔法の師匠だと称してディオ様をたぶらかそうとしている!」
「何を適当なことを……!」
「ここは魔界から北部を守護する公爵家の屋敷。悪魔族のスパイが入り込むなど言語道断だ! 今すぐその少女を捕らえろ!」
どうやらゴドリーは会話をするつもりがないらしい。
包囲する騎士に、命令を下した。
騎士たちはゆっくりと、ミアに詰め寄ろうとする。
「……やめておいた方がいい」
ミアが冷え切った声を発した。
少しでも戦いに身を置く者なら誰もが感じられるであろう、圧倒的な気配。
それだけで、騎士たちはミアに近づくのを躊躇した。
その場に硬直が生まれる中、エントランスには騒ぎを聞きつけた人々が集まってきた。
(らしくない強引さだな……)
ゴドリーは回りくどく、こざかしい手段を好む。
騎士を使って直接行動を起こすのは予想外だった。
(俺の教師という立場を失って焦っているのか……?)
だとしても、ミアを標的にする理由が分からない。
(俺を孤立させて、また意のままに操りたい……あるいは本気でミアが自分と同じことを狙うライバルに見えているのかもな)
ミアは絶対にそんなことを考えていないと、俺には分かる。
しかし、少し面倒な状況なのは間違いない。
ミアが悪魔族なのは事実。
目撃者の話も事実。
今は硬直状態だが、ミアが本気を出せば公爵家の騎士を殲滅することも可能だ。
(絶対にそれは避けないと……!)
ミアは善意から、同族を助けようとして行動している。
それを無碍にするようなゴドリーの振る舞いのせいでミアが汚れ役になるなんて、許せない。
「待て。ミアを捕まえるのはやっぱりおかしいよ。そもそも罪状が不明瞭だ。一方で、拉致されていた人を助けた事実はある。公爵家は恩を仇で返すような真似はしないはずだ」
俺はゴドリーと、取り囲む騎士にそう告げる。
「ああ……そうか! もしやディオ様はこの者に操られているのでは?」
「俺は自分の意志で発言している!」
「いえ……先程のディオ様は、およそご自分の意志とは思えないような、小難しい言葉を発していらっしゃる。長年教師を務めてきた私が言うのですから、間違いありません!」
なるほど。
怠惰で無能なディオに、それらしい理屈を並べて他人を庇う知能なんてない。
そのことは公爵家の人間であれば誰もが知っているだろう。
それなのに、ミアのために論理的に話しているのは、操られているからだ、と。
そう、ゴドリーは主張したいわけだ。
ただでさえ判断能力が低く、洗脳されているかもしれない子供のディオ。
解任されたが教師としての歴は確かにあり、公爵家に長年仕えてきた実績のあるゴドリー。
どちらが信頼に足るかと、ゴドリーは周囲に投げかけている。
(これはまずいな……)
不利な状況に追い込まれたかと思った、その時。
「私はディオ様が操られているとは信じられないが……」
「ミア様は客人で、恩人だ。そんな方を捕らえるなんて、やはりおかしいのでは」
周囲に集まった、ウィンターソン家に仕える人たちの声。
以前までなら誰も聞いてくれなかった俺の言葉に、耳を傾けてくれる。
「そうです! ディオ様はご自分の意志で発言されています! 専属メイドとして、誰よりもそばでディオ様の成長を見守っている私が言うんだから間違いありません!」
リサリーもその場に現れて、俺を擁護してくれた。
「リサリーが言うなら……そうなのかもな」
「そもそも、ゴドリーはどんな権限があって騎士を率いているんだ?」
俺の主張が正しいのではないかという雰囲気が、エントランスに漂ってくる。
「みんな……ありがとう」
これまでの俺の努力が、家中の人たちからの信頼を勝ち取っていた。
「くっ……厄介な」
ゴドリーにはミアの捕縛を見せつけたい意図があったらしいが、裏目に出た。
主張に無理があり、騒動を起こしたことで、ゴドリーは劣勢だ。
「さあ、もういい加減に——」
「ええい! とにかくその目障りな女を捕らえろ!」
それでも、兵数では勝っている。
そう判断したゴドリーがなおも強硬に命令を下そうとした、その時。
「ディオ様と客人から離れろ!」
ゴドリー配下とは別の騎士たちが、俺とミアの前に割って入った。
騒ぎを聞きつけて、若くウィンターソン家に忠誠心の厚い騎士が駆けつけてくれた。
その中には、昨日模擬戦をした青年もいる。
「ええい、公爵家一の忠臣であるこの私の邪魔をするなど!」
「そうだ。お前は公爵家の家臣に過ぎない」
うろたえるゴドリーに、俺は告げる。
「ゴドリーには、ウィンターソン家において誰かを独断で裁く権限なんてないんだ」
そう。
ゴドリーは父上が不在の隙に大きな顔をしており、裏金で他の家臣を抱き込んでいるが、正式な権限があるわけじゃない。
「だからと言って、ディオ様の私情で疑惑のある者を見逃すという、拙い裁定には納得いかない者も多くいることでしょう……!」
要するに、ガキの話を聞くつもりはないと。
この期に及んで、ゴドリーには俺への侮りと、この場を押し切りたい本心が垣間見える。
「確かに俺の一存で物事を進めるのも筋違いだね」
「ふっ……そうです! ディオ様は信頼できる大人の言うことを聞いておけば——」
俺が説得されたと勘違いして調子に乗るゴドリーをよそに。
俺はオルクス先生の授業を思い出していた。
「あくまでも裁くのは公爵である父上だ。いったんこの場は保留にして、父上が戻ってから判断を仰ぐのが、ウィンターソン家として正しいと思うけど……違うかな?」
「……公爵様の判断を待つことにしましょう。ディオ様が不要な騒ぎを起こしたことについては、改めてその責任を問わせていただく!」
ウィンターソン公爵の名前を出されては、ゴドリーも直接的には逆らえない。
ゴドリーは苛立ちを隠すこともなく俺に文句を言ってから、周囲に集まった人々を押しのけてその場を去っていった。
(そう、あくまでも裁くのは俺ではなく父上だ)
ここで俺が独断で動いていたら、ゴドリーは逆に「ディオ様の判断は不当で、いつものわがままを言っている」とか騒いだだろう。
誰がこの家の当主であり、最高権限者なのか。
そして、権限を持たないゴドリーの言動が、いかに不当であるか。
この場を収めるには、俺自身が何かをするのではなく、この家の序列をハッキリさせるのが最善だった。
「さすがディオ、私の弟子だな。おかげで大事にせずに済んだ」
背後から、頭に手を置かれた。
殺気が消えて、いつものように優しいお姉さんオーラを纏ったミアが、撫でてくれた。
(間違いなく……ミアは戦わなくてもこの状況を自力で解決することだってできたよな)
それでもあえて状況を見守っていたのは。
これも、俺への信頼があってこそかもしれない。
だから俺は。
「ありがとう、ミア」
「うん? どうしてディオがお礼を言うんだ?」
感謝を言葉にしたら、ミアにとぼけられた。
その姿に癒やされつつ、俺は勝利をある程度確信する。
ゴドリーは強硬手段に出ようとして失敗した。
公爵家の騎士を私的に動かして、これだけの騒ぎを起こしたのだ。
すぐに父上が戻ってきて、問題に対処することになるだろう。
あいつを断罪するのは、その時だ。
「とりあえず今は、食事にしようか……ゴドリーのせいで余計に疲れた気がするよ」
「そんなに疲れたなら、私が食べさせてあげてもいいぞ?」
ミアが思わぬ提案をしてきた。
「うーん……ミアが師匠だからと言って、それは甘やかされ過ぎているような気がする」
「ふふ。遠慮するな」
家臣の前でそんな当たり前みたいに言われたら、俺が普段からミアに甘やかされまくっている怠惰なガキみたいに聞こえないか?
と思ったけど。
その後。
本当に俺はミアにひたすら「あーん」されながら、夕食を堪能した。
もう甘やかされまくりでいいかもしれないです、はい。




