第17話 師匠は弟子をお持ち帰りしたい
翌朝。
俺は早起きして訓練場で基礎的な体作りを行った。
大人の騎士たちとは別メニューだ。
「疲れた……アラクシス、明日もよろしく頼むよ」
「承知しました……と言いたいところですが、少し事情が変わりました」
アラクシスは険しい面持ちで言った。
「何かあったの?」
「北の山脈の方で魔物が多発しているという情報がありまして。しばらく哨戒任務に出ることになりました」
「そうか……団長が自ら出向くってことは、事態は深刻なの?」
「それを確かめてまいります。その間ディオ様には、宿題をお渡ししておきますので、毎日欠かさないようお願いします」
そうして俺は、毎日のランニングと筋トレ、素振りを言い渡され。
アラクシスは騎士を率いて出撃していった。
○
朝練を終えて食事をしたら、次は座学だ。
早起きして運動をして、既に疲れ切った状態で授業を受ける。
(こんな生活は日本での学生時代以来だな……)
疲労と眠気を感じるが、それでも集中力が途切れないようにしないと。
「本日は当主としての矜恃、振る舞い方について。つまりは帝王学の授業です」
オルクス先生は本を手に持ち俺の前に立っている。
この王国の仕組みや身分制度の大まかな部分は、俺も原作設定から把握している。
俺に不足しているのは、どちらかといえば貴族として、公爵家の当主としての心構えの部分だ。
原作や前世のディオが、特に問題のあった点でもある。
授業が進んでいき、オルクス先生が問いを投げかけてきた。
「公爵家で二人の者が諍いを起こしたとしましょう。その場合、ディオ君はどのようにして仲裁されますか?」
「それは……諍いの内容によるかな」
「おっしゃるとおりですね」
オルクス先生は満足そうにうなずいた。
内容を聞いてから判断。
当たり前のことだが、できない人もいる。
以前までのディオとか。
「では、一人は公爵家に古くから仕える重臣。もう一人は公爵家に滞在している客人としましょう」
「なるほど」
似たような立場の人が実際にいるな、と思いつつ、俺は話しに耳を傾ける。
「重臣の方が「客人は公爵家に害をもたらす存在であることを隠している。一刻も早く屋敷から追放するべきだ」とディオ君に訴え出たとします」
「害をもたらすって……具体的には?」
「それはまだ分かりません。しかし重臣の話では、どうやら証拠があるようです」
オルクス先生は、今度は具体的な舞台設定を語らなかった。
「さあ、ディオ君はこの問題にどう対処しますか?」
そして再び、問いを投げかけてくる。
俺はしばらく考えてから、答えを述べた。
「証拠があるというならそれを元に検証するべきだろう。その上でお互いの話を聞いて……重臣の言うことが嘘であれば、嘘をついた動機を厳しく尋問する。本当なら客人を追放……うーん」
客人。
そう口にした時、ミアの顔が思い浮かんで、つい言葉を濁した。
俺の答えを聞いたオルクス先生は、またうなずく。
「悪くないですね。裁定として、間違ってはいないでしょう」
「じゃあ、正しくもない?」
オルクス先生の言い回しは、何か含みがある。
「はい。ディオ君の裁定には重大な欠陥があります」
「それは何?」
「ディオ君が公爵ではなく、そのご子息であるという点です。公爵家で発生した問題を裁く権限があるのは、主であるウィンターソン公爵か、彼に委任された者だけです」
オルクス先生は、淡々と語る。
「じゃあ、特に委任されてもいない当主の息子が裁こうとするのは……」
「はい。越権行為に当たります」
「権限もない奴に尋問されたり、追放すると言われても、誰も納得しないよね……」
少し違う話かもしれないが、現代日本でも、仮に裁判官ではなくその息子に有罪判決を出されたとして、受け入れる人はいない。
「もちろん納得感や妥当性の問題もありますが……大前提として、貴族は特権階級だということを忘れてはいけません」
貴族は特権階級。
それがこの話とどう繋がるのか。
確かに今の俺、ディオ・ウィンターソンは貴族だけど。
あ、そうか。
「特権階級だからこそ、その力を濫用してはいけない……ってこと?」
「はい。民の反感を買うだけでなく、立場を超えた振る舞いをすれば、自分の立場を揺るがすことにも繋がりかねません。なぜか分かりますか?」
オルクス先生は俺に説明しつつ、考える機会を与えてくる。
「貴族である自分の越権行為は……裏を返すと、他人の越権行為を認めることにもなってしまう、とか?」
「素晴らしい、正解です。ディオ君の先程の裁定では、ご自身が身分制度の恩恵を受ける立場にいながら、自らその仕組みを否定しかねない行いとなってしまいます」
貴族が身分制度を否定するなら、平民だって同じことをする者が出てくるだろう。
その先にあるのは下剋上や革命だ。
「なるほど……難しいな、貴族って」
「はい。難しく、責任が伴い、厳格なルールが存在する。しかしそれらは全て、貴族としての立場を守るために存在します。そして北部の守護者であるウィンターソン家がその地位と血筋を守ることは、ひいては民の平穏にも繋がるのです」
「分かりました、先生」
そうして、ゴドリーの授業とは天と地ほどの差がある、非常にためになる授業を終えた。
○
午後。
今日は魔法の訓練だ。
いつもの林で行うことになっている。
今までもそこでやっていたし、ミアいわく、少し用事があるとのことだ。
「やはりか……あの地下での戦闘後から、ディオの魔力総量が飛躍的に向上しているようだ」
適当な木に向かって魔法の試し打ちをしていると、ミアが言った。
「そうなんだ?」
「ああ。ごく稀に、鍛えた分だけ魔力の総量が増える体質の者がいると聞くが……ディオもそうなのだろう。前回の戦闘で魔力を使い果たした結果、ある種の壁を超えたと言ったところか」
「ブレイクスルー、ってやつだね」
ディオがそういう体質であることは、設定としては知っていた。
けど、実際魔力の総量が増えているかは、あまり自覚できていなかった。
魔力の流れを掴めても、量までは分からない。
自分の脈を感じることができても、体を巡る血液の量を把握できないのに近い。
「どうして俺自身も気づいていなかったことを、ミアには分かるの?」
「少し特殊な眼を持っているからな」
「もしかして……ミアには魔力の流れが見えるの?」
この前の地下室を探り当てた時も魔力の流れを追っていたのだとしたら納得だ。
「ああ。そうだ」
「それは……訓練で習得可能だったり?」
「学習意欲が旺盛なのはさすが私の弟子と褒めてやりたいところだが……習得は無理だな、これは先天的な力だ」
特殊な眼、と言っていたし、魔眼のようなものか?
「じゃあ俺は、俺に使える魔法を鍛えるしかないね」
「そういうことだ。割り切りの早さも時には大事だな」
というわけで、次は破壊魔法を試してみることになった。
魔力の総量が増えているということは、使用可能な上限も増えているはず。
近くの木に向かって一度使用してみた結果。
「一度使った程度じゃ、あまり疲れなくなったな……」
目の前でへし折れた木を見やりつつ、俺は実感する。
以前までなら、一発だけでもとてつもない疲労感と空腹感に襲われていた。
「見事だ。今後は破壊魔法の応用性や制御の面でも、できることを増やしていきたいな」
「そのためにはどうしたらいい?」
顔を上げて、ミアの方を見る。
目が合って、逸らされてしまった。
耳が少し赤い。
初心な師匠だな。
かわいすぎる。
「ま、まあ基本的には、本人の想像力の問題だ。よってまずは、自分なりに破壊魔法で何ができるか把握するところからだ」
「確かに……回数上限が増えたってことは色々試すチャンスも増えたってことだからね」
そうして俺は破壊魔法で何が壊せるのか、手に纏って対象に触れる以外の使い方ができるのか。
など、色々と試してみた。
その間、ミアに手伝えることはないので、横で見守ってもらっていた。
とりあえず、疲れるまで破壊魔法を試してみた結果。
「二十発くらい使ってもまだ余裕があるな……」
やはり原作のディオは溢れる才能を余らせていたんだな。
さて。
そろそろ一休みしよう。
そう思ってミアの方を向くと。
近くで見守っていたはずのミアが、いつの間にか誰かと会話していた。
黒い尻尾の生えた、ミアと同年代くらいの女の子だ。
ミアと同じ褐色の肌で、髪はピンクだ。
「もしかして、悪魔族の女の子か……?」
俺は思い当たる可能性を、ぼそりと呟いた。
すると話していた二人が、俺を見た。
「あ、バレちゃいました? わたし、悪魔族のサキでーす」
悪魔族の女の子、サキはけろりとした態度で自己紹介を始めた。
「だからディオがいる間に出てくるなと言ったのに……」
「えー。でもこの様子だと、あの子も薄々気づいていたんじゃないですかー?」
ミアは呆れているが、サキはそう主張する。
「えーっと、ミア?」
原作の設定を知る俺は当然、ミアの正体を知っている。
そのことを気取られないようにしていたのに、失敗したかもしれない。
そうやって、俺が気まずさを感じていると。
「……そうだな。ディオには話しておこう」
ミアは意を決した様子で、そう言った。
結論として、ミアは自身が魔王であることは伏せながら、ある程度状況を説明してくれた。
まず、ミアは悪魔族で、ある程度高い地位にいる。
目的があって故郷を出奔し、公爵家に滞在している。
その最中に地下室での事件が発生したので、魔界の方では今回の件を解決するための人間界行きだと説明されているらしい。
そしてサキは、ミアに仕える同族。
拉致されていた悪魔族や他の異種族を魔界に送還する役割を担当していたらしい。
加えて、ミアに魔界の近況を報告する任務も与えられているのだとか。
「その……今まで隠していてすまない」
「全然気にしてないよ。何かあるとは思っていたからね」
頭を下げるミアに対し、俺は首を横に振る。
「そうか? ありがとう。ディオは優しいな」
「ははは……どういたしまして」
しみじみとお礼を言うミアを前に、俺は少し罪悪感を感じていた。
ミアが知らないと思っていることも、俺は知っているからだ。
「よかったですねー、ディオくんに分かってもらえて。ところでミアさま、いつ帰ってくるんですか?」
サキはミアに早く帰ってきてほしそうだ。
魔界はトップ不在で大変なんだろう。
実際、俺もミアがいつまで公爵家にいてくれるのかは気になっていた。
「ミア、魔界に帰るの?」
「いや。ディオと離れたくない……ではなくて、やり残したことがあるからまだ帰る気はない」
何か気になる言葉を漏らしつつ、ミアは優しく俺の頭を撫でてきた。
「まったく、ミアさまはしょうがないですねー。わたしも当面はこちらにいる予定なので、用があったらいつでも呼んでくださいねっ」
サキはやれやれと言った様子だが、なんだかんだでミアに対する甘さを隠せていない。
「何よりディオくんは悪魔族にとって恩人ですし、ミアさまの大事な人みたいですし……近くにいたいのもうなずけます」
「だ、大事な人とはなんの話だ……!」
からかうようなサキの言葉に、ミアはまんまと乗せられていた。
「えー? ディオくんは、ミアさまの想い人なんでしょ?」
「そ、それは! どうしてそう思った……?」
ミアは声を大きくしたが、否定はしなかった。
「やー。だって魔界じゃ見たことがないくらい、ミアさまが甘ーい顔してますし。そういう時は決まって、視線の先にディオくんがいますし」
ミアってそんなに、俺の前だといつもと違う態度なのか?
おそらく近い立場にいるであろうサキが言うのだから、的外れじゃなさそうだ。
「ディオはかわいい弟子だし将来が楽しみなのは間違いないが……」
「そうですかそうですか」
ミアの早口に、サキはご満悦だ。
「それにあの誓いはあくまで緊急事態で……」
「むむ? 誓いってまさかこの子とキス——」
「わ、わー! それ以上は言うな!」
何かに気づいたサキの言葉を、ミアは声を張り上げてかき消した。
(こんな調子で他人にペースを逃げられてあたふたしているミア、初めて見たな……)
これだけ見たらどう考えてもラスボスじゃなくてヒロインだ。
惜しむらくはあの時の俺は死にかけていたから、キスの感触をあまり覚えていないことだ。
なんて、アホなことを考えていると。
「……大体事情は察しました。ディオくんを置いていきたくないなら、いっそ魔界に連れ帰ってしまいましょう」
サキがおもむろに、とんでもないことを言い出した。
「ふむ、それは名案だな。ディオをお持ち帰り……したい」
ミアは据わった眼で、俺を見つめてきた。
あれ?
もしかして俺、このまま魔界にお持ち帰るされる?
「……って、できるわけがないだろう! そんなことをしたら、あの龍人族の男と同じになってしまう」
ミアは慌てて否定したが、一瞬その気になっていたよな?
「言ってみただけですよ。割とぼっち気質なミアさまにようやく仲が良い男の子ができたなら、片時もそばに置いておきたいだろうなと思って」
「よ、余計なお世話だ!」
サキはミアの部下か何かだと思っていたが、こうして軽口を飛ばしている様子を見るにそれ以上の関係なんだろうか。
「ごめんなさいー。それじゃあわたしは、ミアさまのお邪魔をしないように帰りますねー」
「あ、こら!」
サキはけらけらと笑いながら、ミアの制止もお構いなしでその場を立ち去った。
その直後。
ガサリ。
茂みの方から、草の擦れる音がした。
人の気配だ。
走り去っていく足音が、聞こえてくる。
「もしかして誰かに見られた? まずいかな?」
公爵家の領地に、悪魔族が滞在している。
問題があるような気がする。
「問題ない。本当に聞かれたくない話であれば、もう少し気を使ったからな」
しかしミアは気にしていなかった。
「それならいいけど……」
「ああ。だから少し休憩をしたら、訓練の続きをしよう。さあ、こっちで休むといい」
ミアは敷き布を整えて、今日も柔らかい太ももを枕代わりにするよう誘ってくれた。




