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第16話 剣術の才能と、様子のおかしな専属メイド

 午後は剣術の訓練だ。

 俺は屋敷内にある騎士団の屋外訓練場にいた。

 騎士団長が直々に稽古をつけてくれることになっている。


「ディオ様の場合、まずは基礎からですな」


 騎士団長アラクシス。

 隻眼で筋骨隆々、いかにも実戦経験豊富そうな中年の男性だ。

 おそらく父上よりも年上だろう。

 公爵家最強の剣として、武人であれば知らない者はいないらしい。


「基礎って言うと、素振りとか?」

「いえ、その前段階。体力作りです」

「なるほど……確かに必要かもしれないね」


 俺は体力がない。

 最近は魔法の訓練で外出していたが、元々は屋敷内で怠惰に過ごしていただけだった。

 アラクシスもそれを暗に指摘している。

 剣を振るには魔力があっても仕方がない。

 基礎的な体力や筋力が必須だ。


「ではランニングをしましょう。まずは軽く、訓練場のグラウンドを十周」

「十周……!?」


 全然軽くないんだが。

 

 そうして俺は、強豪校の運動部みたいな厳しいトレーニングを行った。

 

 ウィンターソン家の騎士団は王国最強だ。

 そんな騎士団の訓練場となると、グラウンドも広大だ。

 その広いグラウンドをひたすら走る。

 その後は腹筋腕立てスクワット。

 

 ほとんど休みなく一時間以上続けた結果。


「し、しぬ……!」


 俺は死ぬほど疲れていた。

 ついこの前まで怠惰だったお坊ちゃまに対して容赦のない訓練だ。


(俺が望んだことだけど、想像以上にしんどいな……!?)


 俺は呼吸を荒くしながら、訓練場の片隅に仰向けになっている。

 

 その頭上に、誰かが近寄ってきた。


「ディオ様、訓練お疲れ様です!」

 

 リサリーだ。

 手にはタオルと、革袋の水筒が握られている。

 

「もしかして……差し入れ?」

「はい! 私の仕事は専属メイドとしてディオ様のお世話をすることですからね。スペシャルドリンクをお持ちしました」

「それは……すごく助かるよ」


 俺は体を起こす。

 リサリーは両手を広げた。


「ふふーん。褒めてくれても良いですよー?」


 まるで抱きしめろと言っているみたいだ。

 やっぱりリサリーは俺に懐いているというか、好意を隠していないというか。


(いや、思い上がるな……!)


 俺が竿役モブを脱却するため、自制心を働かせようとしていると。


「ご褒美なしですか……?」


 リサリーが露骨に残念がっている。


「……しょうがないな」


 運動後で汗を大量にかいているし、人前で抱きしめるのは気が引ける。

 代わりに頭を撫でてあげた。


「えへへ。ディオ様に撫でられると頭がほわほわしてきます」


 やっぱりリサリーはかわいがりたくなる雰囲気を持っているな。

 そうして存分に頭を撫で続けてあげている様子は、当然周囲の人間に見られていた。


「やっぱりディオ様の女好きは変わってないみたいだな」

「でも今のは、メイドの方から要求してたし、シンプルにモテているんじゃ?」

「確かに最近は成長著しくて、やる気にも満ちあふれていらっしゃるからな……」

「英雄色を好む、みたいな話か。ウィンターソン家の後継者はあれくらいの方がいいかもな」


 休憩中の騎士の会話が漏れ聞こえてくる。


 俺はリサリーにタオルで汗を拭いてもらいつつ、お手製スペシャルドリンクを飲みながら思う。


(これも俺の努力の成果……ってことなのかな)


 このリサリーとのやり取りが「エロガキのセクハラ」ではなく、むしろ好意的なものとして認識されている。

 きっと、良い傾向だ。



 さて。

 ここまでは体力作りと筋トレばかりだった。

 しかし剣術の訓練をしている以上、剣は握ってみたい。

 そのことを、アラクシスに伝えてみると。


「ふむ。お気持ちは分かりますが……」


 アラクシスは俺の目を見つつ、熟慮する。

 俺がわがままを言っているだけではないのか、見極めようとしている様子だ。

 

「俺、強くなりたいんだ……!」


 その言葉で、俺のやる気を理解してくれたらしい。


「いいでしょう。自分の現在地を知っておくというのも、重要ですからね」


 アラクシスは了承してくれた。

 どうやら初心者の俺に、実力を理解させる目的らしい。


「ありがとう!」

「訓練用の模擬剣を使って、実戦形式の手合わせをしてみましょう」


 最初に実戦で負けて挫折しておくことで、今後の成長につなげる。

 理にかなった指導法ではある。

 だけど俺は知っている。


(ディオは、剣術の面でも天賦の才能を持っている、って裏設定があるんだよな)


 父親譲りと考えたら違和感はない。

 原作や前回の人生だと、全く生かす機会がなかったけどな。




 というわけで俺は、いきなり騎士の一人と模擬戦を行うことになった。


「ディオさまー! がんばってくださーい!」


 リサリーの声援を受ける中。

 俺は模擬剣を手にして、対戦相手と向かい合う。


「オレがディオ様と模擬戦を……」


 相手は騎士の中でも一番若手の青年だ。


「ディオ様は公爵家の後継者で魔法に長けていて、実戦経験もある。油断するなよ」

「オレだって誇り高いウィンターソン騎士団の一員です! 任せてください!」


 アラクシスに発破を掛けられて、若い騎士はやる気を出していた。

 一人前の騎士として、子供には負けられない意地があるんだろう。


「では、始め!」


 アラクシスの合図で、模擬戦が始まった。


「……」

「……」


 互いに見合ったまま、動かない。

 向こうにとっては、年下の子供相手だ。

 しかもその子供が公爵家の後継者となると、自分から打ち込むのは気が引けるだろう。


「俺の方から仕掛けてもいい?」

「え、ええ。どうぞ!」


 若い騎士は表情を緩めた。

 慢心、ではない。

 接待の筋道が見出せたってところだ。

 非力な俺が仕掛けてきたところを適当にいなして、頃合いを見て一本取りに行く。

 要するに彼は程々に勝負した感を演出してから勝つつもりだ。


(好都合、と思っているんだろうな)


 さて。 

 この世界の剣は特殊な鉱石で鍛造されており、使い手の力を発揮することができる。

 魔力とはまた別の力、剣気だ。

 誰でも持っているが、剣を握った状態でしか扱えない力。

 その力によって発揮されるもう一つの異能こそが、剣術だ。


「じゃあ、行くよ」


 俺は原作の描写を思い出しながら、模擬剣を構える。

 この剣も本物と同じ鉱石で打たれている。

 これなら、いける。

 俺は剣を振りかぶりながら、若い騎士に駆け寄る。

 初めての行為だったが、動き出してみたら体が正解を知っているかのようにスムーズに動いた。


「——破重衝はじゅうしょう


 王国における剣術流派の一つ、断山剣だんざんけん

 その初級技である「破重衝」は、剣先に仮想の質量を付与することで、使い手本来の筋力を超えた斬撃を放つことができる。

 元々は北部を守る剣士が巨大な魔物の硬い鱗を斬るために編み出されたと、設定資料集で見た。 

 

「なにっ……!?」


 不意打ちによる超重量の一撃。

 子供のお遊戯をあやすつもりで構えていた若手騎士は、自分の剣で応じようとしたが受けきれなかった。


「うおおぉ!?」


 若手騎士は後方に吹っ飛ばされて、背中を地面に打ちつけた。


「勝負あり、ですな」


 アラクシスが決着を宣言した。


 結果。

 俺は一番の若手が相手とはいえ、最強の騎士団に所属する剣の使い手から一本取った。


「わー! ディオ様が勝ちました! ぱちぱち」


 観戦していたリサリーが、無邪気に喜んでくれた。

 少し照れくさいが、嬉しくもある。

 何より、模擬戦で張り詰めていた空気が一気に弛緩して、癒やされる。


(今日も俺のメイドがかわいい)


 俺がリサリーの方に軽く手を振っていると。


「正直に言うと驚きました。ディオ様はいつの間に剣術を使えるようになったのですか?」


 アラクシスが率直に尋ねてきた。


「実際に使ったのは初めてだよ。知識としては把握していたから、試してみたら体が想像以上にうまく動いてくれたんだ」


 これは嘘じゃない。

 剣術は原作でも登場する、ゲーム的な言い方をするなら「メジャーな攻撃スキル」だ。

 初級程度ならぶっつけ本番でも行けるかと思って試してみたら、予想通りの結果になった。


「なんと……! これは公爵様以来の逸材かもしれませんな……」

「それって……お世辞?」

「この私が、お世辞を言うような人間に見えますか?」


 無骨な真顔。

 アラクシスはお世辞や冗談を言っているわけじゃないらしい。

 まあ、ディオは潜在能力では最強だけどその才能を百パーセント腐らせている設定だからな。


「ウィンターソン家の騎士団長に褒めてもらえて光栄だよ」

「はい。私としても、今後ディオ様を最強の剣士として鍛え上げるのが楽しみになってきました」


 アラクシスは不敵に笑う。

 とんでもなく厳しい訓練が待っていたりは……しないよな?

 

「それに引き換えお前は、油断したな」

「お、オレはそんなつもりは……ディオ様が「破重衝」を使ってくるなんて、団長だって予想してなかったでしょ!?」


 アラクシスは俺を賞賛する一方で、対戦した騎士には厳しい言葉を投げかけていた。


「戦場では常に予想外の事態が発生するものだ」

「だ、だけど……!」

「敵や魔物は、お前の言葉を聞いてくれないぞ」


 アラクシスの言葉は冷徹なようで、上官としては正しい。


「……こちらから仕掛けていれば、勝っていました」

「お前は一度頭を冷やしてこい。模擬戦ご苦労だったな」


 若い騎士はまだ何か言いたげだったが、アラクシスが下がらせた。


(実際、向こうから仕掛けられたら多分何もできなかったな)


 剣を握って騎士と対峙するなんて初めてだったし。

 先に剣術を使われていたら、対処不能だった。


(けど確か、カウンター用の剣術もあったような……)


 俺が原作の設定を思い返そうとしていると。


「ディオ様。騎士団の訓練は本来、朝に行っています。ですので明日からは、朝五時にこの場所へ来ていただくようお願いします」

「五時か……分かった」


 朝からハードなことになりそうだ。


「やはり基礎体力には不安があるので、まずはランニングと筋トレ、素振りを中心に行っていただく予定です」

「まあ、同じ技を使うにしても身体能力が優れていた方が有利だよね」


 何より、剣気の強さは運動能力が関係している設定だ。

 

「ですがディオ様は技術面では素晴らしいセンスをお持ちだ。剣術に関する実戦的な訓練も行いたいと考えています」

「そっちは大歓迎だよ」


 ランニングより確実に楽しいだろうな。


「実戦訓練を行うに際して、同程度の実力や年齢の相手がいると理想的なのですが……」

「もしかして、誰か心当たりが?」

「実はちょうどディオ様と同年代の方で、将来有望な剣士がいるのです」

「へー、そうなんだ」


 騎士見習いとかだろうか。


「ただ、その方は少女でして……」


 アラクシスは、どこか言いにくそうだった。


「……?」


 まさか俺がエロガキだから、少女と近づけない方がいいと考えているとか……?

 邪推していると、アラクシスは一人で首を横に振った。


「今のディオ様であれば、問題ないかもしれませんな」


 会わせてもいいと結論づけたらしい。


「ちなみに、その子はどこに?」


 訓練場にいたりしないかと、俺は周囲を探してみる。


「騎士団の者ではありませんので、ここにはいません」

「そうなんだ。公爵家の人ではあるの?」

「厳密に言えばその点でも近からず遠からずと言いますか……」


 歯切れが悪い。

 割とハッキリ物を言うアラクシスらしくない態度だ。


「いずれにせよ、近日中に屋敷に来ていただくよう手配しておきましょう」

「うん、よろしくね」

 

 不思議ではあったが、手配してくれるなら大した問題じゃないよな。


 ということで本日の訓練は終わった。




「ディオ様、お疲れ様です! 今日も一日頑張ってえらいですね」


 リサリーが近寄ってきて、優しくもこそばゆい言葉をかけてくれる。


「ありがとう。リサリーは優しいメイドさんだね」

「では、そんな私からディオ様にご褒美をあげます」


 ぎゅーっ。

 抱きつかれた。


「……俺の方からしてもらえないからって、自分からするのはアリなの?」

「ディオ様をねぎらうには、これが一番だと思いました!」


 リサリーはくっついたまま屈託のない笑みを向けてきた。

 同年代で身長も同じくらいだから、顔が目の前にある。


「リサリーって、メイドなのに距離近くない?」

「はい! 私はなんといってもディオ様の専属ですからね」


 リサリーは専属メイドの意味を何か勘違いしていたりするんだろうか。

 正直、このままリサリーの体温を感じていたい気持ちもある。

 が、内なる竿役モブが暴走したら大事だ。

  

「とりあえず離れようか。俺、お腹が空いたな」


 俺はそっとリサリーの肩に手を置いた。


「む。それは一大事です。さっそく食堂に行きましょう」

「うん。そうしよう」


 リサリーがようやく俺を解放してくれた。


「さあディオ様。今日も晩ご飯を食べてゆっくり休んで、明日も朝から頑張りましょうね!」


 今度は手を握ってきたので、やっぱり解放してもらえなかった。

 

「なんというか……リサリーって、メイドっていうよりは仲の良い同級生の女の子って感じだよね」

「……? よく分かりませんが、私はもっとディオ様と仲良しになりたいです!」


 やっぱり友達みたいな距離感だ。


 ともあれ。

 明日からまた頑張ろう。

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