王女様の不安
「春希くん、バレンタインはチョコレートじゃない方が良い?」
「うん? いや、オレは真冬からもらえるなら何でも嬉しいよ」
バレンタインデーを間近に控えた週末、アルバイトが休みであった春希は、自宅で真冬と共にテスト対策を行っていた。今ではすっかりと春希の家の住人と言っても差し支えない程に、真冬は春希の家での生活に慣れていた。
休憩のためにコーヒーを淹れながら、真冬はキッチンから春希に問いかける。リビングのテーブルに座っていた春希は、キッチンのカウンター越しに真冬と話していた。
「もう、そういうことじゃなくて。せっかくのバレンタインなのに、春希くんが苦手な甘い物を渡されても困るでしょう?」
「そうか? 誕生日とか記念日とかもそうだけど、オレは気持ちが1番大事だと思ってるよ。何を送るのかも大事だけど、1番はその人の気持ちなんじゃないかな」
「でも……せっかく渡すなら、春希くんが喜んでくれる方が嬉しいよ。その……これからもずっと一緒にいてくれるんでしょう?」
「真冬……」
芳ばしい湯気を立てながら、コーヒーカップが春希の前に置かれる。反対側の椅子に座った真冬は、半分の期待と半分の不安とが入り混じったような表情をしていた。
真冬の家庭環境からして、いつ両親や姉が真冬をアメリカに連れて行ってもおかしくはない。春希は真冬にいつまでも側にいることを約束していたが、真冬はその言葉を春希の足枷にしたくはないという気持ちがあった。真冬の意図を感じた春希は、手を伸ばして真冬の手を握る。そして、真冬にしか見せない優しげな眼差しを向けていた。
「真冬はもっと自信を持って良いんだよ。真冬がオレを好きでいてくれること自体が幸せなことだし、オレは真冬のことを守るって約束したから。だから、そんなプレッシャーみたいに感じなくて良い。真冬は、今まで通りの真冬でいてくれれば嬉しいよ」
「うん……私も、春希くんがいてくれるだけで嬉しい。私の家のことを知ってても、こうして隣にいてくれる。だから、私はそんな春希くんをガッカリさせたくないっていう気持ちになることがあるの。嫌われたらどうしようって、そんなことを考えてしまうときもあるんだよ?」
「もっと好きになることはあっても、嫌いになることなんてないさ。家でも学校でも、ずっと真冬のことを考えてるよ。真冬と一緒にいれて幸せだなって、ずっと思ってる」
「……本当に?」
「ああ。でも、真冬をそういう気持ちにさせてるってのは、オレの言葉足らずな部分があるからなのかもしれない。ごめんな、真冬。真冬がそんなことを思っていたなんて、知らなかったよ」
逆に謝る春希に、真冬は何度も首を振る。握られた手を強く握り返し、真冬は春希に対してお願いごとをする。
「だから……もっと春希くんのことを知りたい。好きなことも嫌いなことも、私は春希くんのことを知りたいよ」
「ああ、知ってくれ。その代わり、オレにも真冬のことをたくさん教えてくれ。オレも真冬のことを、もっとたくさん知りたいんだ」
テスト対策の休憩中、春希は真冬と一緒にコーヒーを飲みながら、他愛ない会話をしていく。その時間が2人にとって、何よりも幸せな時間であることに間違いはなかった。
「どちらかと言えば、チョコレートはビターな方が好きかな。好き好んで甘い物を食べないってだけで、そんなに苦手なわけではないけど」
「じゃあ、あまり甘くないチョコレートにすれば良いかな? 頑張って作るから、待っててね」
「それは本命チョコということでよろしいでしょうか、王女様?」
「もちろんです。王女様からナイトへの本命チョコなのですから、ありがたく受け取りなさい。分かりましたか?」
「期待しています、王女様」
周囲から付けられているあだ名を使い、2人は本当の王女様とナイトのような立場になって話をする。やがて、どちらからともなく笑みが溢れると、お互いに苦笑いを浮かべる。どうやら、2人のキャラクターには合わない設定であることを実感していたようであった。
「バレンタインも期待してるけど、まずは目の前のテストを片づけないとな。たったの1度で首席から陥落したら、まぐれだって言われてしまうからな」
「最大の敵が目の前にいるって、不思議だね。私も、春希くんが最大のライバルだって思ってるよ」
「首席に贈られる恩恵のことを知っているのは一部の人間しかいない。だからといって、それを知っている真冬が手を抜く必要は無いからな。本気でやってもらっていい」
「ふふ、そのつもりだよ? 私が負けず嫌いなの、春希くんは知っているでしょう?」
「そうだな。出会ったばかりことを思い出すよ。真冬は、オレを甘やかしたりしないって分かってるから助かるよ」
学年首席の座を巡って、春希の家のリビングで学園内最高峰の争いが繰り広げられる。
王女様として長らく首席に君臨していた真冬と、その牙城を初めて崩した春希。お互いのプライドがぶつかり合う戦いが、再び幕を開けようとしていた。




