学園のバレンタイン事情
2月に入ると、学園は期末テストというイベントを控えている影響からか、普段よりも校内の空気が張り詰めていた。
しかし、期末テストの後には、男女の一大イベントが待っているということもあり、どこか浮ついた生徒たちも数多く存在していた。
「春希は王女様から本命チョコをもらうのは確定してるもんな。他の女子も春希に渡したいとか言ってるやつもいるし、とりあえず一旦殴って良いか?」
「いきなりなんだ。あいにく、オレは甘い物はあまり好きじゃないんだ」
「え、春希くんそうなの?」
休み時間に春希たち4人が集まっていると、話題も自然とバレンタインデーの話になる。主に男子たちがソワソワとしているこの時期であるが、春希としては何1つとして変わりない日常の中の1日に過ぎなかった。
春希が甘味に興味が無いことを知らなかった真冬は、首を傾げていた。今まで自分の作った料理で甘い物はいくつもあったが、春希は1度としてそのようなことを口にしたことはなかった。
「ごめんなさい……私、春希くんが甘い物を苦手にしていることを知らなくて、今までたくさん作ってしまったよね? そういうことは、ちゃんと伝えてもらって良いんだよ?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだ。確かにチョコレートとか甘いやつは苦手だけど、真冬の作ってくれる料理はどれも美味いというか……愛情がこもってる味がするんだ」
「そ、そんなこと……恥ずかしくなるから言わないで?」
「……なあ、綾乃。俺たちは一体、何を見せられているんだ?」
「そういう話題を振る夏が悪いんだよ? ほら、周りの男子たちも致命傷を受けてる人たちがたくさんいるし」
春希と真冬が2人の世界に入っている中、同じクラスの男子たちは、綾乃の言う通り盛大に致命傷を浴びているようであった。彼らにとっては、あわよくばと狙っていた真冬が春希の彼女となってしまったというショックからようやく立ち直ろうとしていたところであったが、こうして2人がイチャイチャとしている様子を見せ付けられては、致命傷を浴びている日々を送っていた。
「バレンタインもそうだけど、学年末の試験も控えてるからヤバいよ? ほら、また私たちは春希の力を借りないといけないし、春希は春希で首席の座を王女様たちから死守しないといけないしさ」
「そうなんだよなぁ……浮かれてばかりもいられないんだよ」
「春希くんはやっぱり緊張する? 初めて追われる立場になるって気持ちは」
「いや、そうでもないよ。この前だって、真冬に勝てたのはたまたまだし、今回もそう上手くいくとは限らない。それに、真冬の他にも首席の座を狙っているやつらはたくさんいるからな。まあ、負けるつもりはないが」
春希が鋭い視線を周囲に向けると、そこには確かにバレンタインという浮かれた雰囲気もある中で、春希たちを監視している者たちもいた。彼らは同じクラスであったり、他のクラスから様子を見に来た者たちであったりとであったが、春希や真冬のことをマークしている者たちであった。
彼らも学年トップという首席の座を狙っており、おそらく春希と同じく特待生として入学している者たちであるということは、春希も薄々気付いてはいた。特待生にとって、学年首席の座を手中に収めれば、大学進学への大きな足かがりとなる。授業料免除という恩恵を受けている彼らであったが、成績が悪い場合にはすぐにその恩恵を剥奪されるため、周囲を過剰にライバル視している者たちも少なくはない。それに気付かない物も多くいるが、春希にとっては彼らの存在を見抜くことは容易であった。
「春希くん……やっぱり気付いてた?」
「まあな。今まで真冬の陰に隠れていたけど、初めて公に自分の名前が知れ渡ってしまったからな。今まではノーマークにしてくれていた連中も、これまでとは様子を変えてくると思う。油断するとやられることは確かだな」
そんな視線に真冬も気付いていたのか、小さな声で春希と様子を伺っていく。これまでも真冬は学年トップの座を確固たる物にしていたが、その牙城が春希によって初めて崩された。それは、今まで到底真冬に敵わなかった者たちにとってはチャンスであり、春希であれば勝算があると踏んでのことであった。
真冬は、春希の手を固く握る。その温かな手の感触から、春希には真冬が何を考えているのかが分かっていた。
「彼らが立ち向かってくるのであれば、真っ向から返り討ちにしてあげましょう。私と春希くんがいれば、この学園で上に立てる人はいません。そもそも、首席の座は私にとって自分の存在意義を示す場所でもありました。春希くんを倒すのは、他でもない私です」
「ひぇぇ、あの王女様がこんなに凛々しく見えるなんてっ……! 春希、あんたホントに王女様に勝てたの? 何かの間違いじゃないの?」
「こう見えて、真冬も負けず嫌いなんだよ。これは本気でやらないと、真冬にやられるな」
真冬からのバレンタインを楽しみにしながらも、春希は苦笑いを浮かべながら真冬の頭を撫でていた。




