遅れて来た参謀
「ふぅ……あぁ、疲れた……」
「だ、大丈夫? 春希くん、顔色悪いよ?」
放課後の生徒会室。会計の定位置である椅子に腰掛けると、春希は盛大に息を吐く。ぐったりと目の前のテーブルに突っ伏す春希に、真冬は心配そうに声をかける。
その2人の周囲には、まだ満足していなさそうな夏と綾乃、そして微笑ましく見守る渚と岩手透の姿があった。
生徒会へ久しぶりに顔を出していた岩手透は、周囲から参謀と呼ばれている人物である。周囲からの信頼が厚く、勉強やスポーツも万能である。そのため、生徒会長である夏よりも優秀な人材と見られているのか、周囲からはそのような異名を付けられていた。
「だいぶ周りから取り調べを受けていたみたいだね。こっちのクラスも、今日は福島と宮城さんの話題で持ちきりだったよ」
「ねぇ、ホントにヤバかったよね。特に男子たちからの、春希くんに対する殺気めいた視線が凄くて、これは春希くん大変だなって思ってたよ」
「うちの部活の部長も、以前宮城さんにアタックして玉砕していたから、今頃ショックで倒れ込んでいるんじゃないかな」
「そう思ってたなら、少しは助けてくれても良いんだぞ。お前こそ、サッカー部の練習は良いのか?」
「ああ。冬の間は自主トレとなってるから、しばらくはこっちに顔を出すことが出来ると思うよ。今まで色々とサボってばかりで済まなかったね。宮城さんも、こうして僕と話すのは初めてじゃなかったかな。僕は山形の推薦で生徒会の庶務をすることになっている、岩手透だ。今更だけど、よろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いします。岩手さん」
落ち着いた雰囲気の透に頭を下げられ、真冬も小さく会釈する。生徒会が発足してから数ヶ月が経過するが、透は県内でもそこそこ有名なサッカー部のレギュラーであったため、年内の生徒会活動に参加することはなかった。ある程度の積雪があり、グラウンドで練習することが困難な状況のため、こうしてオフの期間は生徒会に顔を出すことが出来るということであった。
「しかし、あの春希が王女様とねぇ……未だに信じられん! 綾乃、俺たちは夢を見ているんじゃないよな?」
「何回もそう思ったけど、何度目を開けても現実だったよ……休み時間の度に、周りのことなんて気にしない2人がイチャイチャしてて、周りの人たちが蒸発してた……特に男子たちは虫の息で、女子の間でも何人か保健室に搬送されてた」
「なぁ、王女様よ……俺がこんなこと言うのもアレだが、ホントに春希で良いのか? だって、この春希だぞ?」
「おい、それはどういうことだ。お前ら、普段のオレを何だと思っているんだ?」
訝しげな視線を向けて来る夏と綾乃に、春希は苦言を呈する。しかし、彼女である真冬は至って真剣に、夏と綾乃に対して誠実な口調で語りかける。
「はい。私は春希くんとお付き合い出来て良かったと思っています。私のことをずっと見てくれていて、ずっと私の側で守ってくれるのは春希くんだけですから。私は、春希くんのことが大好きです」
「オレも、真冬のことが好きだ。この気持ちは死ぬまで変わらないし、真冬がこの世界で1番可愛いというのも変わらない」
「は、春希くん……そんな、みんながいる前でそこまで言われたら、私困るよ……」
「もっと困ってくれて良いんだぞ? 真冬は、もう少し自分が周りから狙われていることを自覚した方が良い。いつ真冬が知らない男たちに狙われるかを考えてたら、真冬の蕎麦を離れられない」
「でも、離れる気はないんでしょ?」
「ああ。世界が終わっても離す気はないよ」
周囲の生徒会メンバーのことなど全く気にも止めていない様子で、春希と真冬は2人だけの世界に入り込んでいく。その様子を見ていた渚と透は苦笑いを浮かべ、夏と綾乃は両手で顔を覆っていた。
「ええい、春希ぃぃっ! 生徒会室に彼女を連れ込んでイチャイチャするなぁぁぁっ! ここは神聖なる生徒会室だぞ!?」
「何だ山形か。いたのか?」
「いたのか、じゃねぇぇぇっ! おまっ、そんなキャラだったのか!?」
「こんなの、私たちが知ってる春希じゃない……」
「まあまあ。いつもは仏頂面と呼ばれている福島が、ここまで感情豊かなのは良いことじゃないかな。これも、宮城さんのおかげかな」
「そうそう。真冬ちゃんと関わるようになってから、春希くんの評判も少しずつ変わってきたの知ってる? 今までは生徒会の中でも何を考えているのか分からないって言われてたけど、よくよく見ると春希くんの良さに気付いてる人もいるってこと。それに、春希くんのことを狙ってた女の子も結構いたらしいからね」
「そ、そうなんですか? だ、ダメですよ! 春希くんは、誰にも渡しません!」
春希のことを守ろうと、真冬は春希に抱きついて離れない。そんな真冬の頭を、春希は優しく撫でていた。
「はは、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。今日1日で、福島と宮城さんの間には誰も入る余地が無いことに、誰しもが気が付いたはずだ。僕がこんなことを言えるような立場ではないけど、福島のことをよろしく頼むよ、宮城さん。何を考えているか分からないと言われて誤解されることが多いけど、宮城さんは本当の福島を見てくれると思うからね」
「……はい。春希くんのことを大切にすると、約束します」
「春希くんも、真冬ちゃんを悲しませるようなことしたらダメだからね?」
「ああ、もちろんだ。渚も、オレや真冬のように想いが通じ合えることを応援してるよ」
「わ、私のことは良いんだよ! ね、透くん!」
「いやいや、これは手厳しいなぁ」
意味深なやりとりを交わす渚と透に、真冬は首を傾げる。春希は渚の心の内を見透かしているようだったが、これ以上春希の口からもたらされる情報はなかった。
そして、そんなやり取りを遠巻きに眺めていた夏と綾乃の2人は、お互いの顔を見合わせて不敵な笑みを浮かべる。
「とりあえず、会計の春希の不信任案を提出するか」
「そうそう。これ以上王女様とここでイチャイチャされたら、こっちの目の毒にしかならないからね!」
「私怨で動くなよ……オレはただ、真冬と一緒にいたいだけだ」
「それがイチャイチャだって言ってんだよ! 何で2人とも成績は常にワンツーフィニッシュなのに、こんなにバカップルなんだよ!?」
「それは山形と秋田には言われたくないんじゃないかな、きっと」
頭を抱えて騒ぐ夏と綾乃に、透の冷静な指摘が突き刺さっていた。




