王女様との初登校
「変なところを見せてしまい、すみませんでした。春希くんの帰りを待っていたら、アポ無しで姉がインターホンを押したのです。きっと、アメリカに帰る直前にここに寄ったのでしょう」
「そうか……話には聞いていたけど、中々強烈なお姉さんだな」
真冬の部屋のリビングで、2人は神妙な面持ちで向かい合うようにして座っていた。春希にとって図らずとも真冬の部屋に初めて上がったのだが、そんなことを気にする余裕などあるはずもなかった。
テーブルの上には、分厚いアルバムが置かれている。春希がアルバムを手に取って中を確認すると、そこには真冬の婚約者候補とでも言うべき人物たちの写真やプロフィールが載せられていた。
「……すごいな。オレでも知っているくらい有名な企業の御曹司だったり、海外の有名企業の跡取りだったりと、錚々たるメンバーだな」
「そうですね……おそらく姉は、近いうちにこの中の誰かと婚約を交わすと思います。私も、両親の意図通りにいくならば、この中にいる誰かと婚約させられるでしょう。タイミングとしては、私が高校を卒業してアメリカに連れていかれた後でしょうか。まさか、在学中に仕掛けてくるようなことはないと思いますが、あの人たちならばやりかねませんね」
「まあ、これだけ立派なアルバムを作ったってことは、それなりに骨を折ってるのかもしれないな。両親や姉のコネを生かして、真冬の情報が出回ってしまっているというわけか」
春希がアルバムをテーブルに置くと、真冬は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、近くにあったゴミ箱へアルバムを投げ捨てる。忌々しさすら感じさせるであろうアルバムを処分し、真冬は必死に目の前の悪夢から逃れようとしていた。
「……これで春希くんも、私の両親や姉の恐ろしさが分かったでしょう。このままだと、春希くんにまで危害が及ぶかもしれません。なので、私とこれ以上付き合うのは」
「でも、オレはさっき真冬が姉に言った言葉を信じてるよ。オレも、真冬と結婚したいって思ってる」
「っ……! あんな目に遭ったのに、まだそんなことを言うんですか? 私と一緒にいる限り、あの人たちに怯えながら生活しないといけないんですよ?」
「でも、真冬はそんな姉に、オレと結婚する意思があることを伝えてくれた。オレの答えはもう決まってるよ。真冬が無理矢理に連れ去られそうになるなら、オレが真冬を連れ去っていく。どこまでも一緒に逃げてみせるよ。真冬を、絶対に1人なんかにさせたりしない」
「春希くん……バカですよ。いつも合理的で理論的に考えるのに、どうして今だけバカな答えを出すんですか」
真冬の瞳から、音も無く涙が頬を伝う。その涙が拭われることはなく、そのままテーブルの上へと滴り落ちていく。
真剣な表情をしていた春希だったが、その表情を徐々に緩めていく。そして、立ち上がって真冬の元へと歩み寄ると、真冬の頭を撫でながら抱きしめた。
「オレは、オレの意思で真冬と関わりたいって思ってる。どうせ、両親が死んだ時点でオレも死んだようなものだったから、怖いものなんて最初から無いさ。それに好きになった人を守れないなんて、それ以上に情けないことなんてないから」
「春希くん……」
「結婚しよう、真冬」
「っ……」
春希からのプロポーズに、真冬は声を詰まらせる。立ち上がって春希のことを抱きしめながら、春希の胸の中で大粒の涙を流していく。その涙に様々な想いが込められていることを、春希は自分なりに理解していた。
もしもこの話を周囲に聞かれたら、おそらくほとんどの人が2人を嘲笑うだろう。一時の過ちと燃えがってしまった感情だと、嘲笑するかもしれない。しかし、春希にとって周囲の声などどうでも良いものであり、自らの選択に影響を及ぼすことは無いという絶対的な自信があった。
春希の胸を借りていた真冬は、涙を拭ってから春希の顔を見上げる。そして、春希にしか見せることのないであろう笑顔を見せながら、大きく頷いた。
「……はい」
「真冬っ……」
「んっ……!? んっ、はぁっ……!」
真冬への想いが臨界点を突破した春希は、そのまま真冬の唇を奪っていく。真冬は驚いたように目を見開いたが、すぐに瞳を閉じて春希に体を委ねていく。
真冬の部屋で、2人は初めてのキスを交わす。お互いの想いが届くように、2人はいつ終わるとも知らないほどに、長いキスを交わしていた。
「んっ……はぁ……」
「っ……ごめん、真冬。急にこんなことしたら、驚くよな。嫌じゃなかったか?」
「……嫌なわけないです。好きな人とキスするのに、理由は無いと思いますよ?」
「……ありがとう、真冬」
「春希くん……私のお願いを聞いてくれますか?」
「オレで叶えられるお願いなら、何なりと」
再び春希の胸の中に納まった真冬は、少しだけ逡巡しながらも口を開く。
「今日はずっと……私の側にいてくれませんか。そして、私のこと……めちゃくちゃにしてください」
「真冬……」
「私が春希くんのものだってこと……忘れないように刻み付けてくれませんか?」
「…………分かった。真冬のこと、ずっと大事にするって約束する。何があっても離れないって、約束するから」
最愛の恋人を抱きしめながら、春希は固く胸に誓う。真冬を悲しい目に遭わせずに幸せにすると、春希は覚悟を決めたのであった。




