王女様との朝
「んっ……」
春希が目を覚ますと、見慣れた天井の景色が視界に入る。外が氷点下になりそうなほどの真冬の空気の影響からか、寝室もどこかひんやりとした空気が流れていた。
ただいつもと違うのは、春希の左腕の中に確かな温かさがあるということだった。春希に抱かれるようにしたまま、真冬は規則正しい寝息を立てている。春希はしばらくの間真冬のことを見つめていたが、真冬が起きる気配はない。冬休みに入っていたため急いで起きる必要のなかった春希は、そのまま真冬の頭を撫でながら寝顔を見つめ続けた。
「本当に、綺麗な顔をしてるよな」
透き通るような白い肌に、淡黄色の真っ直ぐ伸びた髪。学園で王女様と呼ばれている真冬が、今こうして同じベッドで寝ていることに、春希はまだ実感が湧いていない部分があった。
周囲が思っているよりも、真冬は恵まれた環境で生きていない。もちろん自分が望めば一般家庭よりも断然裕福な生活を送ることが出来るし、将来の心配をすることもない。だが、両親の言うがままのレールの上を歩むだけの人生に、真冬は大きな疑問を持っていた。自分とはあまりにも違う境遇に、自分が真冬の隣にいるのは相応しくないと、春希は考えていた。しかし、それと真冬のことを大切に想っている気持ちは別である。大切な人を守って一緒にいたいという気持ちは、春希とて誰にも負けるつもりはなかった。
「ん…………はるき……くん?」
「おはよう、真冬」
しばらくの時間が経った頃、春希の腕の中で寝ていた真冬がゆっくりと瞳を開く。朧げな視界の中に春希を確認した真冬は、自分が春希のベッドで一夜を共にしたことを思い出した。
はっきりと覚醒した真冬は、慌てたように起き上がる。そして、身動きが取れずに夜を過ごしていた春希に対して、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 私、あのあとそのまま寝てしまって……」
「全然謝る必要なんてないよ。王女様の寝顔を見ることが出来ただけで、とんでもない役得だよ」
「そ、そんなに見てたんですか?」
「ああ。ものすごく綺麗な顔だなって、ずっと見てた」
「ず、ずるいです! 春希くんだけ私の寝顔を見るなんて!」
「真冬だって、オレの寝顔を見たときあっただろ? ほら、鍵を落としてここに泊まったときにさ」
「あのときとは状況が違います! もう、そんなこと言う人には朝ご飯作ってあげませんよ?」
「それは困るな。真冬の作るご飯、めちゃくちゃ美味いのに」
頬を膨らませたまま、真冬は足早に寝室からリビングへと消えていく。真冬が脱衣所で着替えることを知っていた春希は、寝室でパジャマから室内着へと着替えていく。そして、真冬が着替え終わるまでの間、窓を開けて部屋の空気を入れ替える。
外の空気は凍てつくように冷たく、春希は身震いをしながら窓を閉め、エアコンのタイマーをセットしていたリビングへと向かう。
「春希くん、朝ご飯は適当に作ってしまって大丈夫ですか?」
「ああ、真冬に任せるよ。でも、真冬に任せっぱなしなのは申し訳ないから、オレも手伝うよ」
「気にしなくて大丈夫ですよ。春希くんは座ってても良いんですよ?」
「ダメだ。真冬を召し使いにするつもりはない」
もはや通い妻と言われても支障がないほど、真冬は春希の部屋のキッチンの扱いに慣れていた。包丁な鍋が収納されている場所や、調味料の場所。はたまた冷蔵庫のどこに何が入っているのかも、真冬はある程度把握していた。
慣れた手付きで料理を開始する真冬の隣に、春希が立つ。野菜を洗ったり皿を準備したりと、春希は真冬と一緒に朝ご飯を作ることに楽しさを覚えていた。
「……なんだか、新婚さんみたいですね。2人で朝からご飯を一緒に作っていると」
「はは、そうかもな。真冬は、本当にそうなったらどうなると思う?」
「そうですね……きっと、ものすごく幸せを感じると思います。本当にそうなれば良いのになって、私は思いますよ?」
「そっか。じゃあ、本当にそうなるように頑張るよ」
目を細めて沸騰していく鍋に視線を落としていた真冬を、春希は後ろから優しく抱きしめる。春希の体温を感じた真冬は、ほんの僅かに体重を春希の方へと預けていく。
「……ダメですよ。春希くんには、春希くんの幸せがあります。私も本当にそうなったら幸せだなって思いますけど、両親や姉と春希くんが争ったりするような場面は見たくないですから。そんなところ、春希くんには見てほしくないんです」
「オレはバカだから、真冬の家のことはよく分からない。それでも、真冬のことを好きだって気持ちは、両親や姉に伝えたいんだ。真冬の運命が誰かに決められるって言うなら、オレは最後まで抵抗してみせるよ。真冬は、誰にも渡さない」
「本当に……春希くんはおバカさんです。そんなそと言われたら、何度だって本気にしてしまうじゃないですか」
「何回でも伝えるさ。真冬のことを1番大切に思ってるのは、オレだってこと」
腹部に回された春希の手に、真冬は自分の手を重ねていく。鍋に入っている野菜が煮込まれていく中、真冬は完全に体を春希に預けていた。
「春希くん……1つお願いしても良いですか?」
「ん? オレが叶えられる願いなら、何でも良いよ」
「今日、春希くんはまたお昼から夜までアルバイトだと聞きました。なので、春希くんが帰ってくるのを……ここで待ってても良いですか?」
「……ああ。バイトが終わったら、すぐに帰ってくる。真冬のために、終わったら速攻で帰ってくるから」
「はい……春希くんの帰りを、待ってますね」
春希の方を振り向いた真冬は、そのまま春希のことを強く抱きしめる。運命に抗おうとしている真冬を、春希は精一杯の気持ちを込めて抱きしめた。




