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生徒会の王女様は距離感がバグってる  作者: レイチェル


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23/40

王女様の涙

「おかえりなさい、春希くん。お疲れさまでした」


「…………」


「……? 春希くん、どうかしましたか?」


「えっ? あっ、いや、その……」



 アルバイトを終えた春希が帰宅すると、予め合鍵を渡していた真冬が出迎える。パーティーの準備をしていたと思われる真冬は、エプロンを着けて何か料理を作っている様子だった。

 玄関まで出迎えに来てくれた真冬を見て、春希はしばらく無言で玄関に立ち尽くし、真冬の顔を見る。その様子に首を傾げた真冬が問いかけると、春希はようやく我に返った様子を見せた。



「なんかこう、自分以外の人間が出迎えてくれるなんて珍しいなって思ってさ。おかえりなんて言われたの、いつ振りなんだろうなって思ったよ」


「そうですね……私もそうかもしれません。誰かにおかえりなさいなんて言ったの、本当に久しぶりかもしれません」


「お互いに一人暮らしだったから、当たり前と言えば当たり前か……それでも、なんか良いなって思ったよ。家族がいたら、きっとこんな感じなんだろうな」


「私もそう思います。いつも1人でいたから、こうして安心出来る人と一緒にいることの大切さを、改めて感じました」



 どちらからともなく、2人は頬を綻ばせる。そして、春希が持っていた紙製の箱を見て、真冬が春希に声をかける。



「その大きな箱は何ですか? 何か買って来たんですか?」


「ああ、これか? いや、毎年多くのクリスマスケーキを発注しているらしいんだけど、悲しいことに多くのケーキが余るらしい。どうせ廃棄処分になるだけだからって、店長がくれたんだよ。クリスマスにバイトしてる、せめてものお礼らしい。オレは別に気にしてないんだけどな」


「まあ、そうだったんですね。普段から春希くんが頑張っていることが認められているってことじゃないですか?」


「そうだと良いな。ケーキはどうしようかなって思ってたから、正直助かったよ。後は何をすれば良い? 手伝うよ。真冬だけにやらせるわけにはいかないから」


「ふふ、ありがとうございます。実はもうほとんど完成してるので、春希くんはテーブルに運ぶのを手伝ってもらえますか?」


「了解。お任せを、王女様」


「もう、春希くん?」



 上着を脱いだ春希がリビングに戻ると、既にテーブルの上には真冬が作った手料理が所狭しと並べられていた。サラダやチキン、はたまたピザまで手作りされており、春希はその光景に目を奪われる。春希がもらってきたケーキを合わせると、豪華なパーティー会場の完成だった。

 春希から食器の場所などを教えてもらっていた真冬は、手際良くパーティーの準備を進めていく。春希も一緒に加わり、程なくしてパーティーの準備が完了した。



「じゃあ……メリークリスマスです、春希くん」


「ああ。メリークリスマス、真冬」



 シャンメリーが注がれたグラスで乾杯をする2人。真冬の作った料理を食べ始めると、春希が感嘆の声を漏らしていく。



「ホントに、真冬の作る料理は美味いよ。なんだかんだで作ってもらってることが多いけど、どれも一級品だ」


「一人暮らしを始めると決めてから、実家で練習してましたから。あとは、こっちに来て一人暮らしを始めてから、色々レシピを見て勉強しました。春希くんこそ、私に夕飯を作ってくれたときがあったじゃないですか。あのときのお料理、とても美味しかったですよ」


「オレの作るやつは、誰でも作れる簡単な料理だよ。真冬みたいに、細かいところまで考えて作ってないから、味に深みが無いんだ。こうやって、真冬の手料理を食べられるのは幸せなことだと思うよ。将来、結婚して家庭を持ったらめちゃくちゃ幸せだと思うよ、その相手は」


「そうでしょうか? 前にも同じようなことを言われたような気がしますが、今回も春希くんの冗談ですか?」


「いや、冗談なんかじゃないさ。真冬に失礼だから、冗談はやめることにしてるから。本当にそう思ってるよ。真冬が将来誰かと結婚したら、その人はめちゃくちゃ幸せになるだろうなって」


「春希くんは……いつも私のことを困らせてばかりです。そんなこと言われたら、その光景を頭の中で考えてしまうじゃないですか。でも……私は、きっと春希くんが思うような幸せな家庭は築けないと思います」


「どうしてそう思うんだ?」



 料理を食べる手を止めて、真冬がふと窓の外へと視線を移す。春希が帰宅している途中では降っていなかったが、今は真っ白な雪がひらひらと風に乗って舞っている。

 真冬は、少しだけ昔のことを思い返していた。



「高校を卒業したら、私はおそらく両親と姉のいるアメリカに行くことになると思います。つい先日、姉から連絡がきてそう言われました。私が日本で生活することが出来るのは、あと1年と少しということらしいです」


「そんな話、初めて聞いたぞ? 大体、真冬に才能が無いって勝手に言って、海外に拠点を移したのは両親と姉なんだろ? どうして今になってそんな話が出てくるんだ?」


「姉が両親に提言したそうです。私が高校で優秀な成績を修めていることを知り、両親と共に会社の経営者としての素質を持っている可能性があると見出されたのでしょう。両親は半信半疑だったようですが、姉の説得によって了承したそうです」


「その話を聞く限りだと、姉は真冬の味方のように見えるけど、違うのか?」


「どうでしょうか……姉は私より5つ年上なので、今年で22歳になります。子どもの頃から両親の厳しい教育を受けて育ち、今では両親が経営している企業の跡取りとして、早くも注目を集めているようです。アメリカを拠点として、IT企業を経営している両親からすれば、姉は自慢の娘だと思います。私は……そんな厳しい教育方針に耐え切れず、逃げ出したのです」


「真冬……」



 知られざる真冬の過去を知り、春希も神妙な面持ちを隠すことが出来ない。真冬と関わるようになった当初に聞いていた話ではあったが、春希の想像している以上に、真冬の抱えている闇は深いものがあると感じた。

 周りには見えないプレッシャーが、真冬の両肩には常にのしかかっている。それは、自分が抱えているプレッシャーとは比べ物にならないほど、真冬が抱えるには大き過ぎるものだった。



「友人と遊ぶような機会は与えられず、ひたすら勉強させられる日々でした。家には家庭教師や専属のヘルパーなど、常に私は誰かに見張られていました。思えば、中学の頃に短い間だけお付き合いしていた彼は、両親が日本では有数の大企業の御曹司でしたから、きっと両親は何も言わなかったのでしょう。将来その人と結婚するようなことになれば、自分たちが経営している企業と太いパイプが出来ることになる。今になって思えば、彼が私に近付いてきたのも、誰かの入れ知恵だったのかもしれませんね」


「……真冬」


「だから、私には春希くんの言う幸せな家庭を築くことは出来ません。きっと、両親が決めた婚約者と結婚し、それなりの家庭を築くのでしょう。たとえそれが仮初の関係であっても、周囲からは幸せに見えるのでしょう。私には、両親や姉の決めたことに抗うことは出来ません。それが、宮城という家系に生まれた、私の運命なのですから」


「……オレはそうは思わないよ、真冬」


「春希くん……?」



 淡々と事実を告げる真冬に、春希は首を振る。厳しい現実を突きつけられているにも関わらず、春希は穏やかに笑っていた。



「オレは真冬の家のことは分からないから、軽々しく生意気なことは言えない。けど、真冬が心優しくて頼りになる人だってことは知ってるし、幸せな家庭を築くことが出来るというのは、間違いないって思ってる」


「……それが仮初の愛でも、幸せになれるということですか?」


「真冬が本当の幸せを見付けられるまで、オレが見守ってあげるから。それならどうだ?」


「な……何を言ってるんですか、春希くん? 自分が何を言ってるか、分かっているんですか?」



 自分の耳を疑っているかのように、真冬が目を見開く。その瞳からは、うっすらと涙が滲んでいた。今まで誰にも見せてこなかった弱みを、真冬は初めて他人に漏らしそうになっていた。

 自分の境遇よりも、遥かに重い宿命を背負っているのかもしれない。しかし、春希にとってそれはそれほど大きな問題ではなかった。両親が突如して他界し、誰にも頼ることの出来ない中で育ってきた春希からすれば、怖いものは早々見つかるものではないのであった。

 そして、春希は夏や綾乃が言うようなお人好しである。自分が守りたいと思ったものは必ず守ってみせると、固い決意を持っていた。同時に、真冬に抱えていた感情の正体に、春希はようやく気がつく。自分がどうして真冬のことを気にかけているのか。どうして真冬のことを守りたいと思ったのか。それは、自分の感情に素直になれば簡単に見つかる答えだった。



「オレが、真冬の側にいる。辛いことも悲しいことも、オレが全部受け止めるよ。真冬が運命に負けないよう、側で守っていくよ」


「……あ、あははは。春希くんってば、こんなときにまで冗談を言わないでください。そんなこと言われたら、私……本気にしちゃうじゃないですか」


「真冬に冗談は言わないって決めた。だから、これは冗談なんかじゃないよ」


「……どうして」



 真冬の瞳から、音もなく涙が流れ出す。真冬の頬を伝い、テーブルの上に大粒の水滴が滴り落ちていった。

 その綺麗な涙を、春希は視線を逸らすことなく見つめていた。真冬が誰かの前で見せた初めての涙は、春希の決意を強固なものへとしていく。



「どうして、春希くんが辛い運命を背負ってくれれんですか? 春希くんには……関係のない話じゃないですか。春希くんは、ただの隣の家に住んでいる人で、ただ同じ学校に通っている人じゃないですか」


「最初はそうだった。オレの中でも、真冬はそんな存在だった。でも、今は……オレが守ってあげたい、好きな人なんだ」


「っ……!」



 春希の口からもたらされた言葉を、真冬はすぐに理解することが出来ない。その言葉の意味を、真冬は必死に考えていくが、頭の中で整理が出来ていないのか、思考が上手くまとまらなかった。

 自分の気持ちに嘘をつくことは出来ない。振り返ると、ずっと前から……最初に出会ったそのときから、春希は真冬に惹かれていたのかもしれない。



「好きだよ、真冬。たとえ真冬がオレのことを好きじゃなくても、真冬が幸せを見付けられるまで、近くで見守ってるよ」


「っ……か、勝手ことを言わないでください!」



 涙を拭う素振りを見せず、真冬は椅子を後ろに倒しながら立ち上がる。そして、自分が春希に対して抱えていた想いが、今まで必死に隠してきた想いが、爆発していく。



「春希くんはいつもそうです! 思わせぶりなことばかり言って、私の心をかき乱してる! 私がどんなに複雑な気持ちで春希くんと関わっていたか、分かりますか!? 誰も信じられなくて、特に男の人はすぐにお金目的で私に近づいてくる! 付き合っていた彼だってそうでした! みんな、私ではなくて、お金や名誉が目的で私に近づいてきてる! でも、春希くんは違った! 何の見返りも求めてなくて、自分のことは後回しにして私に優しくしてくれて! これじゃあ……私が春希すんのことを好きになってしまうのも、当たり前じゃないですか!」


「真冬……」


「春希くんは意地悪です! 私のこと困らせて、いつも私の気持ちを弄んで楽しんでいるんじゃないですか!? 大体、春希くっ、っ!?」


「ごめんな、真冬……ごめん」



 非難轟々である真冬の体を、春希は椅子からゆっくりと立ち上がって抱きしめる。大粒の涙を流していた真冬は、春希に抱きしめられた影響で、非難の声が止んでいく。

 真冬が壊れてしまわないよう、春希は真冬の体を優しく抱きしめる。温もりを知らずに育ってきた春希にとって、真冬の体の温かさは特別な存在になっていた。



「誰かを好きになったなんて初めてだったから、どう接したら良いのか分からなかったんだ。でも、いつもオレは真冬のことを考えてたよ。今日だって、早く真冬に会いたかった」


「っ、は、離してください! 春希くんなんて、もう知りません! もう、知らないっ、んだから……っ」



 言葉では拒絶しているように見えても、真冬はしっかりと春希の背中に手を回している。そして、精一杯の力で春希のことを抱きしめた。

 それに応えるように、春希も真冬のことを離さない。しばらくの間、真冬は春希の胸の中で泣いていた。その涙の意味が様々であることを理解していた春希は、真冬が泣き止むまで抱きしめ続けていた。

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