王女様との約束
「ありがとうございます、春希くん。こんなにたくさん持ってもらって」
「全然大丈夫だよ。真冬が買いたい物が買えて良かった」
辺りが既に常闇に包まれた頃、春希と真冬は再び電車で1時間ほど揺られて帰宅するところであった。最寄駅から2人が住んでいるマンションまでの道のりを、春希は両手に紙袋を引き下げて歩いていた。
ショッピングモールではあの後、真冬が巡りたいショップをいくつか回り、映画を観たりゲームセンターを巡ったりした。真冬も遠出をするのは久しぶりだったようで、春希が言い出したデートというお出かけを楽しんでいた。
「でもまあ、夜になるとすっかり冷え込んでくるな。冬本番って気がするよ」
「クリスマスは雪が降るかもしれないって予報があるくらいですからね。春希くんはクリスマスもバイトなんですか?」
「ああ、そうだな。特に正月も帰省する予定も無いし、クリスマスもいつも通りバイトだよ」
明日から数日間の登校日を挟み、学園はしばしの冬休みへと突入する。冬休みが始まるとすぐに待っていたのは、カップルたちの一大イベントであるクリスマスであった。
「真冬はクリスマスの予定は無いのか? 友達と過ごしたり、気になってる男と過ごしたりとか」
「彼氏がいたら、今こうして春希くんとお出かけなんかしてませんよ? 女の子たちからお誘いは受けてますけど、実家に帰るということにしてお断りしたんです。なんとなくですが、私がそういう場にいない方が良いかなと思って……クラスの皆さんで、合コンみたいなことをするって言っていましたから」
「ああ、なるほど。クラスの男たちが盛り上がっていたのはそのせいだったのか。男たちは意中の真冬が来るかもしれないから盛り上がり、女たちは恋敵である真冬が来るかどうか警戒してるってことだな」
「はい、そうです。なので、私はクリスマスは大人しく家で過ごすことにします。特に予定はありませんし、外に出ても混み合っているでしょうから」
ゆっくりとした足取りで、2人はマンションへの道のりを歩いていく。その途中、近道として利用している小さな公園へと入っていた。
しばらくの沈黙が流れた後、春希がゆっくりと口を開いた。
「あのさ……もし良かったらなんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
「クリスマス……オレのバイトが終わってからで良ければ、少し時間をくれないか?」
「えっ……あ、あの……?」
今まで誰かと付き合ったことのない春希にとって、真冬に抱いている感情を素直に表に出すことは難しかった。その結果、春希は遠回しな表現に終始してしまうことになる。
その言葉の意味を、もちろん真冬は理解していた。そして、春希からそのような声をかけて来るとは思ってもいなかったため、真冬は少し驚いていた。しかし、真っ直ぐに見つめてくる春希に、真冬はその言葉を搾り出すことの意味を理解していた。
「あっ、いや……ごめん、そんな意味じゃなくて……いや、そんな意味ではあるんだよな。真冬のことを意味なく揶揄ったりしないって言った手前、こんな言い方は良くないよな」
「……ちゃんと伝えてください、春希くん。私、逃げたりしませんから」
「……ああ」
「あっ……は、春希くん……?」
腹を括ったのか、意を決したように春希が大きく息を吸い込んでは吐き出していく。冷たい冬の空気が肺に入り、熱を帯びていく体を冷やしていくようだった。
そして、春希は持っていた紙袋を近くのベンチへと置くと、真冬の手をそっと握る。予期せぬ春希の行動に、真冬は胸の鼓動が高鳴っていくのを感じていた。
「もしも真冬がクリスマスの夜に時間があるのなら……一緒に過ごしたい。オレは、真冬のことをもっとたくさん、今まで以上に知っていきたいと思った。今は上手く言えないけど……真冬と一緒にいたい」
「あっ、えっ、えぇっ? そ、そのっ、は、春希くん?」
「あっ、いや、真冬を困らせるつもりは無いんだ! 嫌だったら断って良いし、強要するつもりは全然無いんだ!」
「あ、い、いえっ、違います! 嫌なんかじゃ、全然ないですから!」
いつもは冷静沈着で頭脳明晰な2人が、今はまるで子どものようにあたふたとしている。それはまるで、付き合いたてのカップルを見ているような、そんな雰囲気であった。
春希に握られている手が、みるみるうちに熱を帯びていく。手袋をしていないため寒さを感じていたはずだったが、真冬の手はあっという間に温かくなっていた。
「は、春希くんこそ……貴重なクリスマスの夜を、私と一緒に過ごして良いのですか? もっとこう、気になっている女の人とか、彼女とかいないんですか? な、渚さんとかもいるでしょうし!」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。彼女がいたら、今ここでこんなことしてないさ。渚も、この前も言ったかもしれないけど、あいつにはちゃんと好きなやつがいるから。クリスマスも休みを取っていたし、もしかするとそいつと一緒に過ごすのかもしれないな。それに、オレと一緒でそんなに自分を卑下するなよ。真冬を信じているオレがこう言ってるんだから、少しは自信持って良いと思うぞ? こんな気持ちになったの、真冬が初めてなんだから」
「……本当ですか?」
「ああ、本当だ。真冬の心の傷が簡単に治らないことは知ってるし、オレなんかには到底理解出来ないくらい、真冬は苦しんできたと思ってる。ただ、単純に真冬の助けになりたいって思うんだ」
華奢な真冬の手を、春希は優しく包み込むように握っている。春希が精一杯の勇気を振り絞っているのが分かっているからこそ、真冬は自分も素直になるべきであると、その手を握り返していく。
「クリスマスの日、春希くんが帰って来るのを待っています。ささやかですが、2人でパーティーをしましょう」
「……ああ。ありがとう、真冬」
杜の都と呼ばれている街に、クリスマスの足音が近づいて来る。春希が空を見上げると、空から音もなく白い雪が舞い降り始めた。




