ナイトと王女様
その日、仙台学園の昇降口は異様な雰囲気に満ち溢れていた。
冬休み前の定期考査が終わり、その答案用紙も返却され、生徒たちがその結果に様々な反応を見せている。そして、学年上位30名の名前が一斉に張り出される昇降口前には、王女様と呼ばれている真冬のV7を拝もうと、2年生を中心とした数多くの生徒たちの姿があった。
しかし、そこに訪れた者たちは一様に戸惑いの声を上げていた。それもそのはずであり、常に1番左に名前を連ねていた真冬の名前が、その定位置の場所に無かったのだ。真冬の名前は1つ右に移動しており、その代わりとでも言うべきか、今まで2番目に名前を連ねていた者の名前が、今日は1番左に鎮座していた。
自分の名前を確認していた春希の隣で、夏と綾乃が驚いたように騒ぎ出す。そして、その声で周りの生徒たちもようやくその人物の存在を認知することになる。
真冬のV7を阻んだのは、同じ生徒会に所属しており、ナイトと異名を付けられていた春希だった。
「ちょっ、ちょっと春希っ!? あんた、いつの間にこんなに勉強してたの!? あの王女様を倒すだなんて、あり得ないんだけど!?」
「俺たちの勉強も見てくれてたのに、お前はこんなに成長してっ……俺は嬉しいぞ、春希ぃぃっ!」
「そんなに騒ぐな……みんな見てるからやめてくれ」
存在感を消していた春希であったが、近くにいた夏と綾乃が騒ぎ立てたため、周囲の視線が一気に向けられる。100人は越えようかという視線を向けられ、春希は小さくため息をついた。
そして、春希が立っている場所から数メートル程離れた場所に、真冬を始めとした女子生徒たちの姿がある。春希が真冬に視線を向けると、真冬もやや信じられないといった様子で、張り出されていた順位表を見ていた。
「え、ちょ、王女様? これ、何かの間違いだよね?」
「この福島春希って誰? 聞いたことないんだけど?」
「確か生徒会にいたんじゃない? ほら、王女様の御守り役って言われてる」
「えっ、ナイトって言われてる人!? あの人、めちゃくちゃ頭良かったんだ!?」
「ってか、よく見るとカッコいいんじゃない? 初めて見たけど、ナイト様って感じするよね!?」
真冬の周囲を固めていた女子たちがガヤガヤお騒ぎ出し、その視線を春希へと向ける。そして、その視線につられるようにして、真冬もまた春希の方へと視線を移した。
このとき初めて、公衆の面前で2人は顔を合わせることになった。学園の王女様と呼ばれている真冬と、そのナイトと呼ばれている春希。生徒会以外では決して関わることの無かった2人が、こうして相見えていた。
お互いの視線が交差すると同時に、その間にいた人だかりが引き波のように解けていく。順位が張り出されていた表の前を境にして、春希と真冬の間には何も遮るものが無くなっていた。
最初こそ、自分の順位に驚きを隠せていない様子の真冬であったが、春希を目の前にしてすぐにいつもの優等生である真冬へと戻っている。穏やかな微笑みを浮かべながら、真冬はゆっくりと口を開いた。
「学年1位、おめでとうございます。福島さん」
「……ああ、ありがとう」
真冬から声をかけられた春希も、いつものように仏頂面で返事をする。春希の家のリビングで話をしている2人とは思えない程に、2人の間には他人行儀な雰囲気で満ち溢れていた。
しかし、当の春希は真冬の心境を悟っていたのか、内心では苦笑いを浮かべていた。そしてそれは、真冬も内心では春希がガッツポーズをしたい程に喜んでいることを汲み取っていた。そのため、真冬の表情に僅かな陰りが生じているのを、春希は見過ごさなかった。そして、すぐに夏と綾乃に声をかけ、春希は真冬に背中を向ける。
「ほら、順位の確認を終わったし、さっさと戻るぞ。いつまでも注目の的になるのはごめんだ」
「はいはい、分かってるよ。まったくお前も、もう少し愛嬌良く出来ないもんかね?」
「いやいや、無理でしょ。だって、この春希だよ? 無理に決まってるよぉ」
自分のクラスへと戻っていく3人の背中を、真冬はしばらくの間見つめていた。誰にも見つからないように唇を少しだけ噛み締めていたことは、おそらく春希以外の人間には悟られもしていないことであろう。
「もう、何なのあの人? せっかく王女様が話しかけてるのに、あの態度!」
「ホントだよね! あんな返事しか出来ないなんて、ホント最低よ!」
「……でも、ちょっとカッコ良いかも?」
「えぇっ!? あんた、ああいうのがタイプなのっ!?」
周囲の女子たちが騒いでいる中、真冬は努めて冷静に振る舞っていく。しかしながら、春希に敗北を喫してしまったことは、真冬にとって少なからず衝撃的な出来事となっていた。
その日、学園は真冬が学年トップの座から陥落した話題でもちきりとなり、同時に春希の名前も広く知れ渡ることになった。




