王女様のお気遣い
『お、お邪魔しましたぁ……』
夜の帳が下りた7時。春希の家の玄関がゆっくりと開いていく。そして、魂が抜けたような2人が、挨拶もそこそこに立ち去って行った。
その後を追うように、渚も春希に見送られるような形で玄関からゆっくりとした足取りで出て行く。
「結局、私も色々と春希くんに教えてもらっちゃったね。今日はありがとう。とても助かったよ」
「いや、こちらこそ。あいつら2人を教えるのは、流石に1人じゃ無理があったから、渚がいてくれて良かったよ。渚こそ、安全圏だからって油断するなよ?」
「うん、そのつもり。あの2人に教えてた私が赤点なんか取ったら笑われちゃうからね。じゃあ、私はあの2人がちゃんと帰れるかどうか見送ってから帰るね」
「1日で詰め込める量に限界があったから、2人とも頭がバーストしてるな、きっと。3人とも、気を付けて帰るんだぞ」
「おおぉ……春希も気を付けて帰るんだぞぉ……」
「またねぇ、春希ぃ……」
「……いや、ここは最初からオレの家なんだが」
渚に肩を持たれながら、夏と綾乃の2人が重い足取りでエレベーターの中へと入って行く。渚が春希に手を振ると、その扉がゆっくりと閉まっていった。
その姿を見届けた春希は、小さくため息をつく。正直なところ、付け焼き刃の詰め込みで赤点が回避出来るかどうかは厳しいところがあったが、あとは2人の努力次第といったところであった。
凍て付くような寒さが広がる12月の夜。春希が少しだけ外の空気を吸ってから中に入ろうとすると、隣の家の玄関の扉がゆっくりと開いていく。そして、おそるおそるといった様子で真冬が顔だけを覗かせていた。
「……みなさん、帰ったのですか?」
「ああ、ようやくな。勉強の邪魔をして悪かったな」
「いえ、それは全然気にしていません。山形さんと秋田さんの絶望しているような声が時折聞こえて来るくらいで、意外と静かでしたよ」
「実際のところ、生徒会長や副会長に赤点を取られても生徒会の評判が下がるだろうからな。そこは厳しく指導させてもらったよ」
再び小さくため息をついた春希に、真冬は少なからず同情せざるを得なかった。
本来であれば自分も春希や渚と共に、夏や綾乃に勉強を教えなくてはならない立場である。しかし、自分と春希の家が隣同士であるということは、渚以外の学校関係者には知られていなかった。どんなところから情報が漏れるか分からない以上、余計な行動は慎んだ方が良いという春希の提案で、今回の問題を全て一手に引き受けたのは、他ならぬ春希であった。
「……春希くん、夕飯は食べましたか?」
「いや、これからだよ。何を作ろうかと思っていたけど、冷蔵庫にある物で適当にかな」
「あの、もし良かったらですけど……夕飯、ご一緒しませんか?」
「それはありがたい提案だけど、良いのか? 真冬に余計な手を煩わせて」
「自分から進んでそんな役回りを引き受けている春希くんに、私なりの償いです。それと……みんなが春希くんに勉強を教えてもらっているのに、私だけ教えてもらえないのは不公平ではありませんか?」
「……え?」
「中で待っててください。夕飯と勉強道具、一緒に持って行きますから」
「おいおい……」
少なからず春希は動揺していたが、真冬は一旦玄関の扉を閉めると、色々と荷物をまとめては春希の家の中へと運んでいく。話の通り、その中には夕飯の他に教科書やノート類も混じっていた。




