第九十二話 『図書館』
「それは私の能力です」
司書さんは、俺の問いにそう答えた。
どうやらこの司書さん、『探知』という能力者らしい。
「この能力はですねぇ......」
司書さんは、自分の能力について話し始めた。
なんとなくの予想は付いているが、それでも分からないところもある。
めちゃくちゃ知りたいって訳でもないが、教えてくれるのなら聞いておこう。
ちょっとは気になる訳だしありがたい。
「指定した物や人の位置を、障害物を透過して知ることができる能力です
人に探知結果を見せることもできます」
「へー
そうなんですか」
探知結果を見せてもらっている時の感覚は、穂香に『天眼』の視覚共有をしてもらった時の感覚に似ているのだろうか。
「見せてもらってもいいですか?」
「何が見たいですか?」
何見たいってそりゃ、裸の女の子だろ。
だって障害物透過するんだろ?
見放題じゃん。
何てこと、この純粋無垢そうな先輩に言えるわけもなく、適当な対象を考える。
「じゃぁ、さっきの友達で」
「分かりました
それではじっとしていてください」
司書さんはそう言った途端、ぐっと近づいてきた。
文字通り、目と鼻の先まで近づいてきている。
鼻の先がくっつきそうだ。
女の子がこんな近くに。
ドキドキしちゃう。
「へぇー......」
俺のドキドキも束の間、目の前の司書さんは見えなくなり、代わりに哉っぽいのが見えた。
それはおそらく哉なんだろうが、白くくすんだ景色の中で青く哉の形に光っているだけなので分かりにくい。
「こうやって見えるんですね」
こんな感じの見え方なら、この能力は覗きには使えない。
でも結構すごい能力だな。
人探しとかでは重宝されそうだ。
「な、何やってるんですか!」
突然聞こえてきた声に、司書さんは驚いて能力を解いた。
俺にはもともと、何人かの足音が聞こえていたのでそれほど驚きはしない。
その声の主はユキちゃんだった。
彼女が今までに、こんな大きな声を出したことがあっただろうか。
いやない。
これが初めてだ。俺が聞いてきた中では。
俺は、彼女の初めてを聞いちゃったわけだ。
なんかそう思うとエッチだな。
「......何やってるんですか?」
お怒りですか?雪音さん。
トーンがいつもの数周りも低い。
何が悪いのかちょっと良く分からないけど、ごめんなさい。
こういうの、良くないんだろうなぁ
「ちょっと能力が面白そうだったからな
共有して貰ってたんだよ」
「あんなに近距離でですか?」
あれは確かに近かった。
キスされるかと思ったもん。
超ドッキドキだった。
「私の能力は共有がメインではないので、あそこまで近づかないと共有できないんですよ」
能力って、近づいたら共有出来んの?
それとも、司書さんの能力がそうってだけ?
「そうだったんですか」
え?
納得するの?
ナイスフォローだ。
ナイスフォローなんだけどさ。
俺、納得できないよ。
なんで近づいたら共有できるんだよ。
どういう仕組みなんだよ。
この状況で、理由に納得できてないの俺だけ?
フォローされた俺だけ?
えぇ......
「佐々木くん、魔法陣に関する文献でしたよね
では探してきますね」
「あ、ありがとうございます......」
ま、まぁいっか。
丸く治まったならそれでいいよ。
変に口を突っ込んで、話をややこしくすることなんてないよな。
「ナンパ相手に逃げられてやんの」
そう言って笑いながら近づいてくるのは小夏。
「あの人はナンパ相手じゃないし、逃げられてもない」
「じゃぁあの人は誰で、何しに行ったのよ」
「あの人は図書委員
俺が探そうと思ってた本を探しに行ってくれたんだよ」
ほんと、いい人だよ。
いつも突っかかってくる、誰かさんとは違う。
「名前は?」
司書さんの名前?
分かんないんだよなぁ
「知らないけど?」
「そう
まぁ、ナンパ相手の名前なんだから知らなくて当然よね」
「ナンパじゃないって......」
ほんとこいつ、人の話聞かないよな。
聞かないのか信じてないのかわざとなのか、どれなのかは分からないけども。
「ていうかあなた、女の子を動かせるのね
自分で探しに行きなさいよ」
「あの人は、あれが好きでやってるからいいんだよ」
そう、この人は本を探すのが好きなのだと言っていた。
だからお願いしているのだ。
本を探すのが嫌なら、お願いなんてしない。
それに、彼女は『探知』の能力を持っている。
その能力のおかげで、探している本を素早く見つけ出すことができる。
俺が探すのなんかよりも断然早く見つかるのだ。
「好きでやってるなんて思われて可哀そうね
勝手な妄想って困っちゃうわよね」
ほんと困っちゃう。今身をもって体験してるよ。
勝手な妄想されるのって困っちゃうよね。
「翔琉先輩は、私がいるのでナンパなんてする必要なんですよね!」
穂香のやつ、なんか話遅れてない?
ナンパの件はもう終わったと思うんだけど......
てか、「私がいるので」って何?
めっちゃ彼女みたいな目線から言ってくるじゃん。
何彼女面してんの?
まぁ嫌な気はしないけどさ。
「はやく座りなさい
私はヤバいのよ?」
いつの間にか席に着いた小夏は、隣の席を叩きながら言った。
そうだな、お前はヤバい。
追試ですら困難なお前の学力もそうだが、普段の発言もそれなりにヤバい。
今のこの行動だってそうだ。
なんで教えてもらう立場なのにそんな上からなの?
まぁ俺は気にしないけどさ。
とにかく、小夏はヤバい奴なのだ。
「どこが分からないんだ?」
とりあえず、どこが分からないのかを把握しておく必要がある。
そうでないと効率的には教えられないからな。
まぁ教えると言っても、明香から教えてもらったことをそのまま俺が言うだけだが。
「全部よ」
「......その内のどこなんだ?」
「だから全部よ」
どうしてこうも自信満々に言ってくるんだろう。
自信を持てる状況じゃないというのは、自分が一番分かっているはずだろ?
「分かった
じゃぁ夏休みの宿題をもう一回解いて行って、分からなかったところがあったら聞いてくれ」
分かったわ。
小夏はようやく勉強を始めた。
俺は隣でその様子を見ていた時、
「カケー!」
哉の大きな声が、本棚の向こうから聞こえてくる。
静かにしろって言っただろ。
「哉さん、少し声が大きすぎますよ」
「あぁごめんごめん」
ほら、司書さんもそう言ってるだろ。
もう少し大人しくしろ。
てか、二人一緒に帰ってくるんだな。
そんなことを思っていると、本棚の向こうから二人が出てきた。
司書さんはそれなりの量の本を荷車に乗せ、哉が大量の本を手に持っていた。
もしかして、持ってあげているのだろうか。
俺はそこまで気が回らなかった。
流石やさ男だな。
彼女持ちは一味違うぜ。
「よいしょぉ!」
哉が大量の本を『ドン』と置き、机が揺れる。
その揺れに苛立ったのか、小夏が『キッ』と哉を睨む。
が、哉はそれに気づいてすらいない。
そのまま気づかない方がいいぞ。
もう恐ろしいのなんのって。
「お前の分の本は?」
激しく置かれた本たちを見てみると、どれも魔法陣に関係する物っぽい。
哉の読むものが見当たらない。
てか、これ全部魔法陣系の本かよ。
めっちゃ多いじゃん。
これで学ぶのは大変そうだ。
だが頑張らないとな。
「俺の本はまだだな
今から探してくる」
「荷車でも全部運べたんですが、重そうだと持ってくれたんです」
自分のことも後回しで、司書さんを手伝ったのか。
人任せにしないで、俺も探しに行けば良かったかもしれない。
「あなたも、伽月を見習いなさい」
「そうだな」
ほんとその通りだ。
返す言葉もありません。
何が「好きでやってるからいい」だ。
探すのは好きでも、あの量の本は運べない。
運べない以前に、あのか弱そうな先輩に本なんていう重たいものを持たせてしまった。
小夏も、たまには正しいこと言うんだな。
これは確実に俺が悪かった。
反省しよう。
「いえいえ、好きでやってることですので
気にしないでください」
「ありがとうございます」
この人は本当に優しい。
仏様だ。
崇めるべき存在だ。
司書様ぁー
「哉君も、運んでくれてありがとうございます
助かりました」
「おうよ!
じゃぁ、俺はもう一回本探してくるわ」
そう言って、哉はどこかに行ってしまった。
さっきの文献エリアとは違う方向に。
あっちの方向ならお探しのものがあるだろう。
「それでは皆さんも頑張ってください
多少でしたら騒いでもかまいませんが、他の生徒が来たら静かにしてくださいね
でも、ここにはほとんど人が来ないですけどね」
司書さんは、微笑んでいる。
仏様というより女神様かもしれない。
「私はカウンターにいますので、何かあれば来てくださいね」
司書さんも行ってしまった。
てなわけで、ここに残ったのは能力研究部の部員だけになった。
俺と小夏、二人は別々の勉強を始める。
俺は教えながら自分のことをしなければならないので結構大変だが、まぁこれくらいやってのけようじゃないか。
頑張ろうじゃん?
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「ここ、どうやってやるの?」
こうやって頼りにされるのは、嬉しいものだな。
俺は小夏に、勉強でしか頼りにされてない気がする。
俺も別に、成績がいいって訳ではないんだけどな。
でもまぁ仕方ないか。
自分で言うのもなんだが、この部活の同学年だと俺が一番成績がいいんだし。
我が部活の学力は、後輩たちが補ってくれている。
ホント、不甲斐ない先輩たちですみません。
これからも頼んます、後輩方。
「ここはな......」
俺は、よんちゃんに教えてもらったことを頑張って思い出す。
えっと......
どう言ってたっけな?
確か......
「なぁカケ、これなんでレールガンって読むんだ?」
ちょっとさぁ、せっかく思い出しかけてたのに話し掛けないでくれない?
忘れちゃったじゃん。
いいとこまでいってたのにさぁ
「当て字みたいなもんだよ
『レールガン』を和訳っぽくしたらその漢字になるんだよ」
こいつ、あのラノベ読んでるのか。
いいセンスしてんじゃん。
お前もとうとう、こっち側に来ちゃうかぁ
歓迎するよ。
てかこの図書館、ラノベおいてんのかよ。
超優秀じゃん。
「なんでお前、見てないのに分かるんだよ」
「知ってたからな」
「へー」
だいぶ有名な作品だし、何のことを言ってるのか聞いただけで分かる。
哉は俺の行ったことに納得したのかしてないのか、またラノベを読み始めた。
見てみれば、哉の横には大量の本が積み重ねられてあった。
こいつ、今日中にそれだけ読む気でいんの?
無理だろ......
てか、この世界にその作品があるってのはおかしいじゃないか?
盗作か?
それは良くないな。
ああそうだ。
小夏に教えないとだった。
えっと、何だったっけな。
......ああそうだ。
「そこはだな―――」
俺は何とかもう一度思い出し、それをそのまま小夏に教える。
流石よんちゃんの教え方。
この小夏にもちゃんと教えられている。
結構真面目な顔をして問題を解いている。
しかし、このままだと間に合わない。
問題を絞ろう。
山を貼るってやつだ。
「小夏、テストの答案用紙あるか?」
「......?
あるわよ。何するの?」
「山を貼るんだよ
このままじゃ間に合わないからな」
「そう......」
小夏は鞄をゴソゴソしだす。
ちゃんと整理されているのだろう。
小夏の答案用紙はすぐに出てきた。
それを「はい」と言って手渡してくる。
何度見ても酷いテストだな。
まぁいいや。
明日の追試、多分このテストを基に作られると思う。
だからこれを見て予想するのだ。
「ユキちゃん山張ったことある?」
「何度かはありますよ?」
それがどうしたんですか、みたいな顔をしている。
「この中だと、どれが追試に出そうだと思う?」
「ちょっ、それは!」
小夏が何か言っているがまぁいいだろう。
今はそれどころじゃない。
時間がないんだ。
後輩に頼むのはちょっとあれだが、俺だけではちょっと不安だからな。
小夏は頭いいし、その辺の予想もそれなりに出来るだろう。
「えっとですね......
えっ......」
どうしたんですか雪音さん?
動きが止まってますよ?
電源が落ちたんですか?
「ゆ、ユキ......?」
小夏が震えている。
心なしか、小夏が小さく見える。
いつもよりもっと小さく。
「お姉ちゃん......」
「はい」
「何?この点数」
もしかして小夏、隠してたのか?
それは悪いことしたな。
「え、えっとぉ......
調子が悪かった、みたいな?」
「......」
「ごめんなさい」
「次は頑張ろうね」
ユキちゃんの声は低く落ち着いていた。
それが怖い。
俺の周りには、静かに怒る人が多いな。
怒らせると怖い人ばっかりだ。
「はぃ......」
小夏の声は、消えかかっているような小ささだった。
ドンマイ、小夏。
悪いことしたとは思うが、その点数を取ったのはお前だからな。
俺は悪くない。うん......
ちなみに、小夏は何とかギリギリ追試を乗り越えました。
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この時の俺たちは、浮かれていた。
ついさっき東の最強を倒し、あとは小夏が追試を乗り越えるだけ。
そう思っていたからだ。
その時は、そうだったのだ。その時は......
図書館で、勉強。
勉強をしない人は読書と、落ち着いたいい時間だったのだ。
しかしその中で、全員が油断していたのだ。
鹿野津に勝ちはしたが、俺には力が足りないことを知った。
強くなろうと思った。
魔法陣については知ろうと思った。
魔法陣に詳しくなれば、魔道具を使って色んなことができるのではないか。
魔法陣を知ることで、魔道具での攻撃に対して対処しやすくなるのではないか。
実際にそうだ。
魔法陣の知識を多く持つことで、できることが増える。
が、それは未来のこと。
魔法陣について詳しく知った後のこと。
未来のためにと考えすぎたことで、今が見えていなかったのだ。
それは俺たち全員のこと。
俺たち全員が、何かしらが原因で油断していたのだ。
俺たちは気づいていなかった。
どこか遠くから、俺たちを見る目があったということに。
その目が、1人ではないということに。




