第九十一話 『戦いの後』
「強いな、お前」
水の中から出たびしょ濡れの鹿野津は、寝転がる俺にそう言ってきた。
「いや、だいぶギリギリだった
お前こそスゲェよ」
俺はもう限界が近かった。
それに比べ、鹿野津は溺れさせられそうになって負けを認めただけ。
能力が無ければ、鹿野津が勝っていただろう。
今は既に、巨大な氷壁とその中の水は消してある。
あれだけ大規模で多くの能力を酷使したのだ。
いくらこの世界では魔力が無限に使えるからと言っても、一度にあれだけ使えば限界もくる。
先の戦いで、沈んだ鹿野津を水人形で監視していたが、すでに監視だけで限界だった。
浮かんできた鹿野津を再度沈める力は残っていなかった。
水人形を操るのは他の水操作とは魔力量が格段に違うのだ。
鹿野津があそこで負けを認めてくれなかった場合、負けていたのは俺だったかもしれない。
この戦い、最後の方は完全に賭けだった。
今回は何とかなったが、次やるとしたらこうはならないだろう。
できれば次なんてやりたくない。
「俺はもう帰る
お前はゆっくり休め」
未だ寝転がったままの俺に、鹿野津は平然とそう言った。
彼は体力的には問題なかったようで、こんな限界そうなやつに負けてさぞ悔しいだろう。
しかし彼は俺の心配までしてくれる。
やはりこいつは良いやつだ。
悔しさに顔を歪めながらも、俺への気遣いを忘れないでくれる。
俺があんなゴリ押しみたいな手を使わなければ、もう少しいい関係が築けたかもしれない。
しかしそんなことを思いながらも、今の俺はほっとしていた。
「勝った......」
この戦いが始まった時、正直なところ勝てる気がしていなかった。
避けられない戦いであるため、仕方なく受けて全力で足掻いたって感じだった。
その結果、何とかギリギリ勝てたという感じ。
俺とあいつは、相性が良かったのだ。
「南の最強と戦った時に切り落とされてな」
俺は戦いが始まる前、自分の義手を見ながら言った鹿野津の言葉を思い出した。
南の最強に、腕を切り落とされるような負け方をした最強と戦ってこれだ。
単純な力では確実に負けている。
てか、刀が通らない鹿野津の異常筋肉の腕を切り離したのか。
あの筋肉に、何やったら勝てるんだよ。
南の最強は、俺が思ってた以上に強いのかもしれない。
このままの俺では、仮に戦うなんてことになれば確実に負けてしまう。
陽介が言っていた、南の最強に勝てるのは北方神様だけって言葉は、あながち間違ってないのかもしれない。
強くならなければ。
今の強さでは、死ぬ。
この生活を手離したくない。
魔法陣についても勉強しよう。
あの義手、おそらくいくつもの魔法陣で作られていた。
魔法陣の使い方次第で、あんな強い魔道具だって作れるのだ。
それに、魔道具の仕組みを理解することで相手の魔道具がどのように動くのかをある程度予測することが出来る。
授業で習う魔法陣なんかじゃ足りない。
もっと多くの、もっと深くの知識が必要だ。
魔法陣以外のことだって、戦いに使えそうなものなら何でも身につけよう。
力が強い方が強いという意見もあるし、多くの知識を使った方が強いという意見もある。
両方極めれば尚強い。
強くなってやる。
力もあって知識もあって。
そんな最強になってやる。
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「やったなカケ!」
歩けるくらいまで体力が回復し、教室へと何とか帰った途端、哉にそう言われて背中を叩かれた。
これまた強く叩くのだ。
「......痛い」
勝利を褒めてくれるのはありがたいのだが、こうして何度も背中を叩かれると普通に痛い。
素面でも痛いであろう力なのに、それをこんな満身創痍ともいえるようなときにやられたんじゃたまったもんじゃない。
控えめに言ってマジ痛い。
「いやいや、ホントよくやったって!」
それでも『ドンドン』と叩いてくる。
「痛いって!」
「アハハ
悪い悪い」
哉はそう言いつつ、さらに二回叩いた。
やめろって言ってるじゃん。
これで終わりだから、みたいな感じで叩くなよ。
「いやぁ
でもスゲェよな
まさかあいつを倒してしまうなんてな」
「ハハハ......」
いやいや、そんなこと言っても哉さん。
君なら全然倒せると思うよ。
俺みたいにボロボロバテバテになる前に、勝てたんじゃないか?
それにしてもこいつ、めっちゃ褒めるじゃん。
何?
恥ずかしいんだけど。
「あなた、本当に力だけは強いのね」
哉とそうこうしていると、小夏もやってきてそう言った。
それは褒めてんの?貶してんの?
分かりにくい。
あと力だけなら鹿野津の方が断然強いよ?
「その力で押し倒されちゃ、穂香ちゃんも抵抗できないわよね
可哀想に......」
「は?」
こいつ、なんの話してんの?
俺が穂香を押し倒すって?
本望だが我慢している。
むしろ毎日と言ってもいいほど押し倒されそうなのは俺の方なんだけど。
自分から行くのはいいけど、相手から来られるのはなんか違うんだよなぁ
違う。そこじゃない。
小夏の言葉だ。
俺が穂香を押し倒したって?
そんなわけないだろ。
「隠しても無駄よ
押し倒したのがバレたから校長室に呼ばれたんでしょ?」
「ちげぇよ!」
そんな「え?違うの?」みたいな顔しても、違うものは違うんだ。
「じゃぁ、明香ちゃん?」
「だから違うって」
何が「じゃぁ」だよ。
「じゃぁ」じゃねぇよ「じゃぁ」じゃ。
まずその発想から離れろよ。
「まさかユキ?
だとしたら殺すわよ」
「違う」
ない。
お前がいるから絶対無い。
ユキちゃんだけなら全然いいけど。
むしろウェルカムだけど。
小夏を挟むとなると、とても手なんて出せない。
ちょっと待て。
今俺が考えてる事、節操なし過ぎないか?
俺は節操なしじゃない。優柔不断でもない。
てかこいつ、どうしてそれで校長室に呼ばれっと思うんだよ。
普通あのタイミングで呼ばれたんだから最強関係だろ。
こいつの頭お花畑なんじゃないか?
一面ピンクのお花畑。
そういう発想になる小夏、実は結構エッチだろ。
夜中こっそりコソコソやってんじゃねぇの?えぇ?
この辺でやめておこう。
こいつはどういう訳かめちゃくちゃ察しがいい。
正確に言うと、自分に向けられる悪意への察しが。
声に出さずに何かを思っていても、『キッ』と睨まれることがあるので怖い。
「まぁ、ユキ以外なら別に誰だっていいわ
今はそれどころじゃないの」
誰でも良くねぇよ。
誰でもないんだよ。
だって押し倒してないし。
てか、それどころじゃないってなんだ?
「早く勉強を教えてちょうだい
追試があるの」
そういえばそうだった。
こいつ、夏休みの課題テストであれだったんだ。
可哀そうに......
で、俺はそのあれだった小夏の追試のために勉強に付き合わされるのだ。
本当、可哀そうに......
まぁいいや。
「じゃぁ図書館に行くぞ」
「なんで図書館なのよ
部室でいいじゃない」
「俺が図書館に用があるんだ」
そう。
俺は魔法陣について学ぶため、図書館にある文献などを読んでみようと思うのだ。
学校においてある本ってのは、どこから仕入れたのかも分からないような真面目な本もあるからな。
そんな感じの本は書店を探してもない場合がある。
俺の通いつけ書店にもなかった気がする。
てなわけで学校の図書館だ。
「一人で行きなさいよ」
何それ辛辣。
キュッとなっちゃう。
クセになりそう。
「じゃぁ哉に教えてもらえ」
クセになりそうとは言ったが、べつに好きと言う訳ではない。
新たな扉が見えただけ。
それに、俺はこの後バイトである。
小夏が所得に有する時間にもよるが、彼女に教えて図書館に行って調べものしてからバイトなんて間に合わない。
そして、あの小夏がすぐにマスターするなんて考えられない。
てなわけで、俺が一人で図書館に行くのなら哉に教えてもらうしかない。
「......私も図書館に行くわ」
小夏は、哉を渋い目で見ながら言った。
「どういう意味だよ!」
小夏の目と言葉を受け、少しの間黙って笑っていた哉が声を上げた。
まぁあれだ。お前も小夏とそう変わらないからな。
この何でも頼れそうな男。
勉強に関しては頼れないのだ。
いや、頼れないなんてもんじゃない。
頼ってはいけない。
ヘンテコなことを教え込まれそうだ。
「どうせなら、部員みんなで図書館行こうぜ」
ナイスアイデアだ哉。
それいいね。
「じゃぁ
私はユキと穂香ちゃんを呼んでから図書館に行くわ
あなた達は先に行ってなさい」
「おっけー!
行こうぜ、カケ」
どうしてこいつ、用もない図書館に行くのにこんなにウッキウキなんだろう。
哉の目が輝いている。
「騒ぐなよ?」
「分かってるって」
本当に分かっているのだろうか。
図書館で騒いでいたら追い出すよ?
図書館は静かな場所であってほしいからな。
「俺、この学校の図書館行くの初めてなんだよ
どんな感じか、スゲェ気になる」
どうやら、図書館がどんな感じなのか楽しみらしい。
そんなに楽しみにすることじゃないと思うんだがな。
俺はたまにあの図書館に立ち寄るが、普通の図書館だと思う。
二階建てでめっちゃ本が置いてあるだけ。
強いて言うなら、ちょっとおしゃれかな。
まぁ、おしゃれとかにまったく興味のない俺が言う「おしゃれ」なので、哉がどう思うかは分からないが。
「でけぇ......」
校舎とは少し離れた位置にある図書館に到着し、図書館の外観を見て哉はそう言った。
だが、そんなに言うほど大きいか?
普通の、どこにでもあるような図書館だと思う。
もしかしてこいつ、この学校のどころかどこの図書館にも行ったことないんじゃないの?
いやまぁ、それを責めたりはしないんだけどさ。
流石に、見たこともなさそうなのはなんていうか、凄いな。
「早く入るぞ
暑い」
「えっ、中エアコン効いてんの?
早く入ろうぜ!」
この世界にエアコンなんてない。
しかし、それに似た魔道具ならある。
天井に夏用、床下に冬用の2つの石の魔道具だ。
それぞれ、暖気石と冷気石。
かなり前に、エアコンという物を知らない人が作ったためそう名付けられた。
哉は、それのことをエアコンと言っているのだ。
まぁ効果はほとんど一緒だし別にいいだろう。
除湿機能がないのが残念だが。
この図書館は、その冷気石によって快適な空間を保たれている。
俺たちは快適な空間を求め、図書館の大きな扉を押し開ける。
「涼し~ぃ!」
静かにしろって。
騒ぐなって言ったろ?
まぁ騒ぐまではいってないし、見たところ俺ら以外の人はいないから摘まみだしはしないけどさ。
司書さんはいるけど。
ちなみに、外が暑いとは言ってもめちゃくちゃ暑い訳ではない。
前世での日本の方が断然暑い。
あの異常気象的な暑さと比べ、この世界の夏は健康的な暑さだ。
冬は結構寒くなるらしいが、俺的にはそっちの方がいい。
暑いのは脱げる服に限界があるが、寒さはいくらでも着こめるからな。
この図書館はかなり涼しい。
それも、長くいても寒くならないような涼しさだ。
最高だね。
普通ならこれくらいの冷気で図書館全体を涼しくすることはできない。
弱い風魔法陣で、空気の循環を行うことによってこの快適な環境を実現しているのだ。
流石、神様が関わってる設備だね。
で、この図書館。
入って少し横に行ったところに、大きなテーブルとたくさんの椅子がある。
ここなら、小夏も勉強できるだろう。
「俺、なんか面白い本ないか探してくる」
哉は、そう言ってどこかに行ってしまった。
そっちには真面目な本が多いから哉が面白いと思うような本は無いと思うんだが......
まぁいいか。
あいつの好きに探してもらおう。
「あの方はご友人ですか?」
哉がどこかに行ってしまい、俺が一人になったところに話し掛けてきたのは、この図書館の司書さんだ。
司書さんとは言っても、この学校の図書委員長なんだが。
本を読むのがめちゃくちゃ好きで、図書委員長になったのだとか。
いつもカウンターで本を読んでいる。
ちなみに、敬語キャラの先輩だ。
大人しめの女の人という感じ。
メガネキャラだ。
「はい、静かにできない奴なんですけど大丈夫ですか?」
哉は静かにできません。
それはさっき発覚済み。
「ええ
ここには私しかいませんし、多少でしたら騒いでも大丈夫ですよ
あっ、でも他の人が来たら少し静かにしてもらいますが」
良かったな哉。
司書さんがいい人で。
この図書館には、あまり人が来ない。
校舎と離れているので、わざわざ来ようとする人が少ないのだろう。
そんななか俺がたまに来るもんだから、司書さんとそれなりに仲良くなったのだ。
とは言っても、めちゃくちゃ仲がいいって訳では無い。
軽く話すくらい。
名前も知らない。聞いてないし。
名札に橋川と書いてあるので、橋川なんたらさんなんだろう。
「今日はなんの本をお探しに?」
「魔法陣についての文献をちょっと」
そう、俺は文献を探しに来たのだ。
哉のおもりをしに来た訳では無い。
「へー魔法陣を
魔法陣に興味が?」
「まぁそうですね
魔法陣に詳しくなれば、魔道具での攻撃に対応しやすくなると思いまして」
俺はついさっきの鹿野津戦を思い出しながら言う。
「ああ
そういえば激戦でしたね
おめでとうございます」
「ありがとうございます」
こうして率直に褒められるのは嬉しい。
それにちょっと恥ずかしくもなる。
「あの消えるやつ、どうやって避けていたんですか?
もしかして、『統水』の他にも『探知』みたいな能力を持っているとか?」
やはり俺のあの動きを見た人は皆、あれが能力によって為されている技だと思うのだろう。
まぁ無理もない。
自分の予想と感じる殺気だけを信じて戦うなんてクレイジーなこと、普通じゃ思いつかない。
「あれを避けられていたのは、相手の動きを予想していたからです
ていうか、『探知』ってどんなのですか?」
単語からして、何かを探せる能力だろうか。
「あぁ
それは、私の能力です」




